第31話 復讐の幕開け
時刻は昼過ぎ。真昼だというのに闇に包まれた王都では、今しがた城の一部で小規模爆発が発生した。
言うまでもなく忍が起こしたものだ。
あの後忍はユキの亡骸をケイトに託し、ティシフォーネを連れて上階を目指した。
彼女を召喚するに辺りそれなりのマナを使用したので、それが尽きるまでは活動出来るはずだ。
シュメルの寝室は最上階にあるとの事だが、この時間は恐らくいないだろう。
しかしながら基本的にシュメルやマルクスは上階にいる事が多く、どの道上に行く必要があった。
最後にヴェーラはそれらを教えたが、彼女のした事を到底許すことの出来ない忍は、殺意を抑え地下牢に置き去りにした。
運が良ければ助かるだろうが、最悪誰にも見つけて貰えずに餓死する可能性まである。
複雑な心境だった。ケイトが決めたのならばそれでいいのかもしれないが、本音を言えば殺してやりたかった。
やり切れない思いを剣に乗せ、ひたすらに襲い来る兵士を斬り伏せ進んでいく。
すると見覚えのある扉が見えてきた。王の間に繋がるものだろう。
扉の前には二人の兵がいるが、先程までの兵士とは違い完全武装している。近衛兵といったところか。
忍に気付くと二人は長槍を構える。
「止まれ! この先へは」
「──うるせぇよ」
瞬殺。突きを躱し懐に潜り込み、横一閃で二人の胴を裂いた。
溜まりに溜まった激情は、最早数度剣を振るった所では治まりそうにない。
そのまま閉ざされた扉を蹴破った。
扉の先を見た忍は予想外だったのか瞳孔を開き、ニヤリと笑った。
「よぉ、久しぶりだな」
ドクンと心臓の高鳴りを感じた。
この時をどれだけ待ちわびたろうか。
(ようやくだ。この時をどれ程心待ちしていたか……)
小さく体が震えた。雪辱を果たすこの時を、全ての細胞が感じ取ったみたいだった。
2年前と変わらない長い髭と人を人だと思わぬような冷たい目。
間違えようがない。目の前に居るのはシュメルだ。
王座に腰掛けるシュメルの隣にいる刺繍入りのローブを羽織り、フードを深く被っているのはマルクスだろう。
右手には身長程の長さの杖。先端には紫色の玉が嵌め込まれている。
そしてもう一人、玲瓏騎士とは違うが歴戦の強者を思わせる風格。
2メートルはあろうかという体格に、白銀の鎧を着た大男。背には身の丈程の大剣を背負っている。
厳格そうな顔付きで坊主頭の彼は、忍に気が付くと剣に手をかけた。
「何者だ!」
が、それをシュメルが制した。
「よい、ガイズ。して、久しぶりとは……我は貴様のような……いや、見た事があるな」
言いかけた所で思い出したのか、シュメルは不敵に笑った。
「その目だ。猛獣のようなその目……思い出したぞ、貴様あの時の使徒だな?」
「想定していたより早いな。獣人を利用したか」
マルクスはケイトの記憶を覗き見た事から、夜に奇襲を掛けてくると踏んでいたのだろう。
が、現に今目の前に忍はいる。王の護衛も二人のみ。
復讐を果たす絶好の機会と言える。
「その通り。あの時言っただろ? 必ず戻ってくるってよ」
未だ夢に見るあの日の出来事。2年の歳月が経っても風化することのない怒りと憎しみ。
力をつけるためとはいえ、それらを堪えるのは容易ではない。
「妙だな、貴様腕がなかったはずだが……?」
「そんな事はどうでもいい。自分の命だけ気にしとけよ──!」
忍はシュメルへと一直線に距離を詰め抜刀。
が、両者の間にガイズが割って入り大剣でそれを受け止める。
「やらせると思ったか?」
「いや、当然止めると思ってたさ。ティシフォーネ、消える前にコイツを片付けろ」
それとほぼ同時に、ティシフォーネはガイズの顔面を鷲掴みにして叩き付けた。
「ぐッ、なんだコイツの力は!?」
その衝撃は凄まじく、堅固な城の床を易々と突き破り下の階へと押し込んだ。
(古代魔法……闇の眷属か。随分と厄介な者を連れているな)
さすがは宮廷魔導師と言うだけありマルクスは、ティシフォーネの存在にも心当たりがあるようだった。
「王よ、念の為避難してください。あの小僧は私が始末します」
「そうか。良い知らせを待っているぞ」
シュメルはそう言うと奥にある扉へと姿を消した。
それを許した忍を意外に思ったのかマルクスはニヤリと笑い、
「気付いていたのか?」
「当たり前だろ。杖先にマナが集中してて気付かねぇ訳ねぇだろうが。舐めてんのかお前」
薄らと、だが確かに紫色の石が光っている。
あの時シュメルを追っていたら何らかの攻撃をくらっていた事は間違いない。
「ふん、どうやら少しは力を付けたらしいな。よかろう、身の程というのを教えてやろう」
マルクスはトンと杖で床を小突いた。
すると周囲に並んでいた甲冑達がガチャガチャと音を立てて動き始めた。
(魔導兵か……一、二……十体、多いな)
魔導兵とはマナを動力に機能する兵の総称であり、土塊出できたゴーレムなどもこれに含まれる。
魔導兵の戦闘能力は、術者本人に依存する。
込めるマナの量や質が高ければ高いほど、戦闘能力も比例して上がっていく。
その術者であるマルクスは強国イリオスの宮廷魔導師。質も量も最高峰。
そんな最高品質の魔導兵が十体ともなれば、相当の戦力になる。
「一つ、いい事を教えてやろう。この甲冑は最高硬度を誇るミスリルを混ぜた特別製だ。貴様の攻撃などでは傷一つ付けられはしない。残念だったな、わざわざ命を捨てる結果になって」
マルクスが手をかざすと、剣を構えた十体の魔導兵は見た目にそぐわぬ俊敏さで忍を殺すべく距離を詰める。
しかし、忍は焦ることなく納刀状態の剣に手を掛け腰を落とし、異様なまでに剣を引く。
腰の横に位置していた剣は、後ろにまで位置を変えた。
その剣には薄らとだが、ユラユラと白いオーラを纏っている。
そして忍は限界までに腰を捻り、
「
魔導兵の刃が触れる直前にそれは起きた。
爆発的な勢いで旋回し、納刀されていた剣を引き抜く。
通常の居合の倍以上の加速をみせ、振るった刃からは白銀に輝く斬撃が放たれる。
目の前の魔導兵に触れると、一瞬で粉々に砕け散る。斬ると言うよりは破壊に特化した斬撃だ。
それでも尚勢いを止めない横一閃の斬撃は、全ての魔導兵を破壊し、マルクスへと迫る。
「くッ!!」
咄嗟に三重の障壁を展開させたが、一枚、二枚と破壊し三枚目にヒビを入れると斬撃は霧散した。
間一髪防ぎきったマルクスは顔を上げるが、
(いない!? 奴は何処に──)
その時だった。
背後に気配を感じ、即座に振り返ると剣を担いだ忍がニヤリと笑っていた。
「傷一つ、なんだって?」
「──なッ!」
そして復讐の刃は振り下ろされた。
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