第29話 赤髪の女騎士
並々ならぬ存在感。派手な甲冑と胸の紋章から、グランツ同様に彼女も玲瓏騎士なのだろう。
が、グランツとは比較にならないほど実力者である事はすぐにわかった。
剣を抜き歩いているだけだと言うのに、全身に重くのしかかる圧は尋常ではない。
刃を喉元に突き付けられているような鋭い殺気。
気を抜ける相手ではない。
しかし、忍にとってそんな事はどうでもよかった。
赤髪がどれだけ強かろうがまるで関係がない。
ユキの首を斬って落としたのが彼女ならば、死を与える以外にない。
自分に向けられた悪意なら幾らかは耐えられる。
計画を立て、力をつけ、万全を期すまでは耐えられよう。
そうではないのだ。今回は。
「お前が……やったのか」
眼は血走り、極度の興奮で呼吸も荒い。忍は今にも飛びかかりそうになる衝動を堪え、絞るように喉を鳴らした。
「何故、そうまで怒っているのだ……?その罪人は獣の先導者。最早人にあらず。害獣は切って捨てるのが人の世の摂理だ」
煽ったのではない。本当に彼女は理解出来なかったのだ。忍の怒る理由を、彼女の死に対する感情を。
こてんと首を傾げ、悪意のない言葉のナイフを投げつける。
悪意のない言葉程タチの悪いものはない。
「救いようがないなてめぇは」
ユキの亡骸を抱え広場の端にそっと寝かせ、羽織っていたローブを掛ける。
(ユキ、安らかに。仇はとってやる)
「禁忌魔法・
忍がボソリと呟くと、まだ日が出ていたはずの王都に闇が広がり始める。
そして忍のすぐ後ろには暗黒が広がり、多くの骸で形成された門が現れた。
それはあまりに禍々しく、死を連想させる代物だった。
「ふむ、古代魔法か。そんなものを王都ここで使うとは……人を斬るのは好まないが、秩序の為の犠牲ならそれも已む無し。玲瓏騎士序列第四位、ヴェーラ……貴様の処刑を執行する」
序列第四位という事はグランツよりも三つ上だ。
だがどうだろう。剣を構えた彼女に隙らしい隙はない。
奈落ノ扉を古代魔法と理解して尚、焦る様子もない。寧ろ、忍を斬る理由が出来たとさえ思っている。
「残り短い命、せいぜい大切にするんだな」
殺意の眼光と共に親指を噛み、数滴の血液を垂らす。
「奈落の門番よ、我、古き盟約に則りここに請い願わん。黒の眷属よ、我ここに骸の贄と血の印を以って呼びかけん──」
忍が
「そう易くはいかないか」
が、刃は忍に触れる事はなかった。
普段は無詠唱か詠唱破棄で魔法を発動する忍が、詠唱を必要としている。
それが隙になる事は十分理解していた。
だからユキの亡骸にローブを被せた時、予め防護結界を纏っていたのだ。
そこまでの強度はない。だが、数秒の時を稼げればそれでいい。
「我に仇なす敵に永久の死を。永劫の呪縛を与えたまえ。顕現せよ──代行者ティシフォーネ」
詠唱が済むと奈落の門は軋む音の代わりに亡者の声を呼び声を上げ、ゆっくりと開き始めた。
まず姿を見せたのは黒い腕。異様に細長く、不自然な方向に折れ曲がっている。地に触れ、身体を引っ張りだそうと力み始める。
次に出てきたのは首だった。目も口も鼻も、何一つなく黒で塗りつぶされた顔面。ただ何故か、ヴェーラは見られているような気がした。
背に生えた巨大な黒翼は美しく、ある種の魔力を秘めている。
身の丈は3メートル程だろうか。
扉から完全に出てきたティシフォーネは、関節の壊れた人形のように見えた。
そしてコキコキと首を180度回転させ、忍の方に顔を向けた。
「狩れ」
下したのは二文字の命令。単純明快であり、この場においてそれ以外の言葉は必要ない。
ティシフォーネは異様に爪の伸びた人差し指をヴェーラに向けた。
直後、指先からは漆黒の波動が放たれる。
額に向けて放たれた波動を間一髪回避し、直撃は免れたが頬から一筋の赤。
「ッ!! ……なるほど、長々と詠唱するだけの事はある」
ティシフォーネは初撃で仕留めるつもりだったのか、再びコキコキと首を回した。
これが驚きから来る動作なのか、狩りを楽しむ動作なのかはわからない。
彼女は右手に先程の波動を集約させ、今度は短い槍のような形状に留めた。
そして音もなく瞬時に背後を取り、狙いは首。
だがヴェーラもそう易々と殺られてはくれない。
体勢を低くしてそれを躱すと、振り向きざまに一閃。
しかしながらティシフォーネはそれを回避しようとも、防ごうともせずに次の攻撃に移っている。
ヴェーラの刃は、生命の急所である頭部を捉えた。
「ッ……異形に似合う能力だな」
が、その刃は何を斬る訳でもなくただ黒をすり抜けていった。
同時にティシフォーネの黒槍は脇腹を掠め、鎧を粉砕し一部肉を抉った。
一度体勢を立て直すべく、バックステップで大きく距離をとった。
忍は動かず傍観しているだけで、ティシフォーネは相変わらずコキコキと首を鳴らしている。
(こちらは触れられないが、向こうは触れられるのか……少々やり方を変える必要があるな。それに奴が大人しくしているのも気にかかる)
チラと忍を見るがやはり動こうとはしない。
それならばと再び異形へと視線を向け、切っ先を向ける。
「──七星剣」
ヴェーラの剣が輝き帯び、同時に彼女自身も白いオーラも纏い始めた。練気だ。
練気は天明流独自の技術ではない。ただやはり、そこに到れる者はごく一部あり、相当の実力がなければ扱う事も出来ない。
彼女は未だ距離があるティシフォーネに向け、軽く剣を突いた。
すると練気を帯びた斬撃……弾丸にも似たそれは紅く光り放たれる。
かなりの速度ではあるが距離がある分対処は容易い。
ティシフォーネは素手でいとも簡単に弾き飛ばした。
それを見たヴェーラは満足気にニヤリと笑い、
「触れたな、確かに。触れるなら斬れる。斬れるなら屠れる。異形の者よ、覚悟はいいか?」
その問いに対しティシフォーネは刃を振るう事で応えた。
十重二十重、二つの刃が荒れ狂い激しく火花を散らす。常人にはこの二人の超速戦闘を視る事は出来ないだろう。
実力は拮抗している。互いに致命打がないまま時間だけが過ぎていく。
ティシフォーネの関節の可動域は人のそれではない。
変則的な動きだというのに、ヴェーラはよく対応している。
互いにかすり傷が増え、ヴェーラは赤い血を流しティシフォーネは黒い血を流した。
忍は両者の戦闘をよく観察していた。
激情は変わらず渦巻いているが、どこか冷静な自分もいた。
感情のまま斬り殺すのは簡単だ。だが、そうではない。そうすべきではない。
ヴェーラにとどめを刺すのは、自分であってはならないのだ。
(本来なら俺がアイツとやり合うべきなんだろうな。でも多分、そうすれば俺はアイツをこの場で殺しちまう。加減できる自信はねぇ)
「そろそろか」
ポツリと呟き、剣を抜き一瞬の隙をついて忍はヴェーラの背後をとり、
「お前、俺の事忘れてねぇか?」
「くッ──」
前からはティシフォーネの黒槍の切っ先が顔面を狙い、背後からは忍の刃が迫っている。
ヴェーラは突如戦闘に参加した忍に不意をつかれ、ゼロコンマ一秒、反応が遅れた。
一秒にも満たない僅かな時間だが、戦闘においては致命的だ。
黒槍は弾いたが、忍の刃は背から腹へと貫通した。
「かはッ」
鮮血が散る王都の空は、依然闇に包まれたままだった。
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