第22話 下水道を抜けて


「なるほど。──復讐、か」

「……なんでそれを」


自分の身の上を知っているのはかなり限定された一部の人間だけだ。

何をどう間違ってもジバルがそれを知る術はないはず。


だが、彼の口ぶりは確信しているようで下手に誤魔化した所で意味はないと感じた。

情報屋は伊達じゃないと、そういう事なのだろうか。


「ふぉふぉふぉ、そう気を張るでないぞ。君の腕から微かにマナを感じる。義手だろう? それで……ある事を思い出してな」


警戒を強めた忍に対し人懐っこい笑みを浮かべたジバルに、思わず警戒を解いた。なんだか馬鹿馬鹿しく感じたからだ。

目の前の老人にも、隣のケイトにも敵意はない。


もしあるなら、とっくに仕掛けているだろう。


「なんでもお見通しって訳か。それで何を思い出したって?」

「あれは確か二年程前になるのかのぅ。この国で使徒の召喚がなされた。だがその使徒は不幸にも身体欠損リバウンドで両腕がない状態だった。監禁された後、森へと捨てられたんじゃ」


この老人は一体どこからそんな情報を手に入れたのだろう。詳しくは分からないが、召喚は公にされていないはずだ。

目を丸くする忍に対しジバルはニヤリと笑い、


「君じゃろ? あの森には亡霊が住んでおるからの。上手いこと助けられたんじゃな。そんな君が王都に来る理由なんて、一つしかないのとか思うのじゃが……どうだろうか、私の推理は」


森の亡霊というのは恐らくピグマリオンの事だろう。

そこまで言われると忍は「ふぅ」と小さくため息をつき、両手を上げた。


「お手上げだ……全部合ってるよ。全く、とんでもない情報力だな」

「そして君はあわよくば城内の構造を知りたいとさえ思っているのではないか?」


ジバルは眼鏡の位置をクイッと直すと、今度は真剣な顔付きでそう言った。

ここまで彼の推理はほぼ完璧にあっている。


「……教えて、くれるのか?」

「勿論構わんよ。条件付きだがの」


◇◇◇◇◇


ピチャピチャと歩く度に水が鳴り、まともに明かりもない暗い道を二人はせっせと歩いていた。


「ったくあのたぬき爺……何考えてんだか分かりゃしねぇ」

「そう言うな。結果的に俺もお前も目的に近ずいてるだろ?」

「そりゃそうだけどよ……ケイトも苦労してんだな。てか臭ぇ。鼻が曲がりそう」


漂う悪臭はかなり強烈であり、人間の忍でさえ油断すると嗚咽する程だ。

口に布を当てているとはいえ、獣人のケイトはその数倍はキツイだろう。


ローブを羽織っているものの、その下にはケイトは元騎士らしく手入れされた蒼い甲冑と、腰には獅子の紋章の施された剣を下げている。

確かユキの首飾りにも同じ紋章があったはずだ。


「ただまぁ、下水道が城への侵入口になるとは思わなかったな」


そう、二人が今歩いているここは下水道だ。

なんでも、この下水道は建国当初に王族の脱出経路として作られた抜け道と繋がっているんだとか。


そんな超極秘情報を掴んでいるジバルとは一体何者なのか。

ただ一つ言えるのは、確実に復讐に近付いたということだ。


内部構造が変わっていなければ、辿り着く先は王族のみ立ち入りの許された書庫だ。

つまり、城の中でもかなり入りにくい場所となっており、偶然王族が中に居ない限りは誰かと出会う可能性もかなり低い。


そして時刻は深夜2時。見回りの兵以外は今頃夢の中だろう。


迷路のような下水道を完全に把握しているのか、ケイトの足取りに迷いはない。

忍は悪臭に耐えながらただ着いていくだけだ。


ふと、ケイトが立ち止まると雑貨屋の裏口と同じように、何の変哲もない壁の数箇所を叩いた。


「ここが入口だ」


ゴゴゴと音を立てながら、石積みの壁が動きそれはやがて一つの通路の入口となった。


「なぁ、さっきのってここを真似て作ったのか?」

「さぁ? 俺がジルバさんと会った時からああだったからな」


いつの間にか主からジルバさんと呼称を変えていたケイト。主、と言うのは誰かに聞かれた時に怪しまれないための外向きの呼び方なのかもしれない。


「さて、俺たちが行動できる時間はそう長くはない。この抜け道は迷路のようになっているが、実は単純なんだ。分かれ道があったら全て右に進めば城に入れるようになっている」


つまり、戻る時は全て左に進めばいいと言うわけだ。

緊急時の退路なので複雑すぎてもよろしくない。かといって直線だと追手に追いつかれてしまうこともある。

単純と言えばそれまでだが、これくらいがちょうどいいのかもしれない。


その後埃っぽい道を右に曲がりながら進み続けると、やがて行き止まりについた。だが壁の一箇所は明らかに材質が違い木でできているように見える。

そしてご丁寧に取っ手まで。

どうやらここから先は城内のようだ。


「一時間だ。それまでに俺はユキ様を見つけ出す。王都に来たのなら間違いなく警備兵に捕らえられているはずだ。そしてその後は恐らく城のどこかに……」


歯を食いしばるケイトの姿は忠臣そのもの。

ユキはあんな性格だからきっと誰からも好かれていたのだろう。


「了解。一時間後にここでいいか? それと、どっちかが来なくても撤収しよう。共倒れはごめんだろ?」

「……そうだな。無事戻って来られる事を祈るよ」


二人は拳を合わせると、取っ手を引き遂に城内に侵入を果たした。


◇◇◇◇◇


悪臭の漂う暗い部屋でユキは一人天井を眺めていた。

窓も何もないこの部屋ではそれくらいしかすることがない。

赤色の蜘蛛が巣に絡まった小虫を捕食していた。

小虫はジタバタと抗うが余計に糸が絡まり、ただ死を待つのみ。


それを見ながらユキは一筋の涙を流した。


「お父さん、お母さん……ケイト、すぐ……逢いに行くからね」


地下牢で独り呟いた。

彼女は何を想い王都まで足を運んだのだろう。


敵地の中枢。閉鎖された空間で、あの小虫のように無力なユキは助けを待つこともしなかった。

ただ、両親や姉妹、母国の友人達の笑顔を思い浮かべていた。


ふと、先日会ったばかりの忍の顔が浮かんだ。

自分は死なないと、夢は叶うとそう励ましてくれた。

命を救ってもらい、本音をさらけ出した。


願わくばもう一度、彼に会いたいとさえ思っていたが、それは叶わないと知っている。

もし、叶うのだとしても自分にはそんな資格がないと、そう思っていた。


「忍くん、ごめんね」

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