第18話 盗賊の狙い


「下衆が……なんて事しやがる」


酷い有様だった。馬車は十人程の盗賊に囲まれいて、御者は槍で胸を貫かれ地に落ちている。

確認するまでもなく絶命しているのがわかる。


「わざわざ殺されに来ると馬鹿なヤツだなァおい」


荷台から出てきた忍に気が付いた頭領らしきガタイの良い男は、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながらそういった。


(これが盗賊……? エザフォースの盗賊はみんなこうなのか?)


盗賊団というからもっとチンケな集団だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

使い込まれ古びてはいるが、全員が赤い甲冑に身を包んでおり、剣や槍もそう悪い物ではなさそうだ。


「ギンさん、さっさとやっちまおうぜ!」

「くくく、そうだなァ……お前らに譲ってやるからたっぷり遊んでやれよ」


頭領はギンという名前らしい。

ギンの許可が降りると9人の下っ端はニヤリと笑いながらそれぞれの武器を構えた。


(こいつら、マジか)


剣が四人に槍が三人と、弓が二人。バランスとしては悪くない。だが、構えを見ればどれだけの強さなのかある程度は理解出来る。

目の前の盗賊達のソレはお粗末すぎた。構えていると言うよりは、ただ武器を持っているだけのように思えた。


もっと簡単に言えば、隙だらけなのだ。


忍はそれを見ると笑いを堪え切れず吹き出した。


「ぶっ……あははは、お前マジかよ! 面白すぎるぜ」


取り囲まれ圧倒的に不利な状況なのにも関わらず、剣すら抜かずに腹を抱えて笑っている。


「何がおかしい。くくく、死を前に気でも狂ったのか餓鬼ィ」


ギンがそう思うのも無理はない。と、言うよりも普通なら気が狂ったと思うだろう。


「あー……悪いな。お前らがあまりにも間抜けだったからよ、つい吹き出しちまった。失敬失敬……んじゃ、閻魔様によろしく頼むぜ」


そう言ってパチンと指を鳴らした。


「なにを……」


その時、口を開きかけた盗賊の一人が突然発火した。


「──ぐッぎゃあああぁぁぁッ!! あつ、あつ”いいぃぃ!」

「な、なんだ!? なんで燃えてんだ! み、水! 誰か水!」


慌てふためく盗賊達。水魔法が使えないのか大多数はおろおろとするだけで何か行動する気配はない。


「み、水よ!」


するとその中の一人が手のひらから水を放出させ鎮火をはかる。

ジュッと言う音をたて炎は消えたものの、手遅れだったみたいだ。

そこにあるのは炭化した人だったものであり、忍の魔法が如何に高温かを伝える道具に成り下がっていた。


「さて、俺は優しいからここでお前らに救済措置を設けよう。このまま手を引くなら俺はこれ以上何もしない。逆にまだやるなら……言わなくてもわかるよな?」


睨む訳でも凄む訳でもなく、まるでお前達など眼中にないとでも言うように淡々と話した。

実際、無詠唱魔法とすら見抜けない盗賊達がいくら束になろうと、忍にかすり傷一つつけられやしない。


力の差は歴然だった。

しかし、ギンや他の盗賊達の表情はとても大人しく手を引く人間のそれではない。


(何でそこまで執着する……? さっきのユキの態度と何か関係あるのか?)


一般的な感覚なら、これだけ力の差が浮き彫りになった状態で歯向かう事はしない。それでも諦めないと言うのなら、救いようのない阿呆か、何か引けない理由があるかのどちらかだ。


そして盗賊達の表情を見るからに、恐らく後者だろう。


「こんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ! くそ、てめぇら全員でかかれ! どれだけ強い魔法使いだろうが、こんだけの数が同時に飛び込めば何も出来ねぇはずだ!」

「お、おう!!」


ギンの指示通り再び忍を取り囲むように陣形を取った。忍が魔法しか使えないのならある程度有効かもしれないが──


「なっ!? コイツ、剣も使えるのか!?」

「一々うろたえんじゃねぇ! ハッタリに決まってんだろうが!」


剣を抜きニヤリと笑う忍は、どうみても素人ではなかった。

もしかしたら自分達は大きな間違いをしてしまったのではないか、という考えがそれぞれの脳裏をよぎる。


しかし、御者を殺してしまった以上後には引けない。


「おらどうした。魔法は使わないでやるからかかってこいよ」

「な、なめやがって……! てめぇら一斉にかかれ!」


頭領であるギンの号令により、囲んでいた盗賊達は一斉に飛びかかってきた。


まず前後から飛んでくる矢を姿勢を低くして躱すと、標的を失った矢の一本は行く場を失うどころか仲間の右肩に深々と突き刺さる。


「ぐあッ!」


全方位同時攻撃だからこそ意味があったのだが、矢を受けたせいで突破口が出来た。

それを忍が見逃すはずもなく、瞬時に間合いを詰める。


「一匹目……あ、さっきも殺したから二匹目か?」


ごめんごめんと、軽い口調で謝るがその眼は深い闇を感じさせた。

忍はそのまま剣を横薙ぎに振るう。

刃は甲冑に触れたが豆腐のように斬り裂いた。


皮膚を撫で臓物を裂き、そして骨を断つ。

一振で腹部を切断されると、面白いくらいに血飛沫が舞った。


「こ、こいつッ!」


直ぐに他の盗賊が襲いかかるが、今度は頭部を貫かれ即死。

多くの返り血を浴び赤く染った忍はまるで鬼のようだった。


実際、人を殺したのは今日が初めてだ。

魔法で焼き殺し、剣で刺し殺した。だが忍の心に変化はなかった。


復讐に囚われた忍の眼は何も映らない修羅の眼だ。

ただ復讐の為だけに力をつけた。深く昏い心は殺人程度では何も響かない。


片野忍は二年前のあの日から壊れてしまったのかもしれない。


「自分の手でやってもこんなもんか。問題にもならねぇな」


血の滴る剣を見てつまらなそうに呟いた。

刃が肉にめり込む感触も、硬い骨を貫く感触も確かにあった。ただ、全くと言っていいほど気にならない。それだけだ。




それから数分もしない内に、馬車の周りは地獄絵図と化していた。

そこかしこに盗賊だったものが転がり、血の池の面積を増やそうと液体を垂れ流している。

その真ん中で忍は退屈そうな顔で、最後の一人であるギンに切っ先を向けていた。


「おい、後はお前だけだぞ。目的はなんだ? この期に及んで偶然通りかかった馬車を襲ったなんて言わせねぇぞ」


偶然でないのは明らかだ。

圧倒的戦力差を前に全滅目前まで粘るのはそれなりの理由があるからだ。


それに先程ギンは”こんな化け物がいるなんて聞いてない”と言った。

それはつまり、何者かから依頼か脅迫を受けている事を指す。


「た、助けてくれッ! なんでも話す、だから……見逃してくれ! 命だけは──ひっ」


大の男が跪き懇願する様はなんとも情けないものだ。

そんなギンの頬からは一筋の赤い線が浮かび上がる。斬られたのだ。


「質問の答えになってないな」

「ま、待ってくれ! わかった、わかったから……まず俺達は、盗賊じゃない! 盗賊に成り済ましてある人物を殺せって言われてんだ」

「回りくどいな。で? ある人物ってのは?」


ここまで来ると大方予想がついてくる。

完全に怯えきっているギンが嘘をついているよう見えない。

この男の本性は小心者だ。そんな度胸もないだろう。


「──が、ガメリオンの王女だ。その馬車に乗ってるだろう? 金髪の女が」


荷台を指差して言うが、そこに金髪の女など一人しかいない。


(王女だと?……ユキのやつ、とんでもねぇ事隠してやがったな)



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