第17話 フラグは回収されるもの
「えっと……誰?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれましたぁ! 私はユウナギの看板娘ユキです! よろしくね、おにーさん!」
「自分で言う事なのかそれ……」
自信満々にそういったユキだが、なんというか少し天然なのかもしれない。そうでなければ自分で看板娘などと言うはずがない。
それは別としてテンションが高い。何かいい事があった後ならまだしも、これが通常運転となると中々に喧しい娘だ。
「細かい事は気にするなですよ! それより早く食べないと冷めちゃいます」
「あ、ああ……ありがとう。それじゃあ」
「ちょっとまっ──」
バタン。地雷臭がしたのでプレートを受け取り早々にドアを閉めた。
ユキが何か言っていた気もするがきっと気のせいだろう。
「ふぅ……あれは話始めると長そうだったし、仕方ない……さて、冷めないうちに飯にするか」
そこそこ分厚いステーキに、色とりどりのサラダ。米にスープと馴染みのある食材も多い。もっとも、見た目が似ているだけで完全に別物ではあるのだが。
だとしても、銀貨三枚に含まれる食事にしては随分豪勢だ。
「う、うまい……! なんだこれめちゃくちゃうめぇ」
早速肉を口に放り込むと、噛む度に肉汁が口いっぱいに広がる。硬すぎず柔らかすぎず歯ごたえのある丁度いい食感。
サラダも瑞々しく野菜の旨味が炸裂し、忍はあっという間に食べ終えてしまった。
「げふ……食った食った。確か、馬車は早朝だっけか。早いけど少しでも寝ておくか」
そう思いベッドにダイブすると、中々にいい代物だった。
フカフカなベッドは太陽の香りが心地よく、あまり眠くなかったのだがすぐに睡魔に襲われた。
早朝、日が出るか出ないとい言う時間に自然を目が覚めた。
ボケボケしている時間もないので、さっさと身支度を済ませロビーに出てみると、こんな時間だと言うのにおばちゃんはニッコリと笑顔で迎えてくれた。
「あんまり遅かったら起こしに行こうと思ってたけど、その心配はないようだね」
「ありがとう。そこまで気を使ってもらったのに、なんか悪いな。でもおかげでいい気分だよ」
誰かに見送りしてくれるとは思わなかったので、何となく気分がいい。それが昨日会ったばかりの気さくなおばちゃんとなれば、尚更だ。
忍の中でおばちゃんの好感度は爆上がりしている。
「そうかい? そう言ってくれるとあたしも嬉しいねぇ。あたしはアルエ、せっかくだしあんたの名前も教えておくれ」
アルエと名乗ったおばちゃんは、やはり気さくな笑みを浮かべていた。
「俺は忍だ、飯めちゃくちゃうまかった!いつかまた寄らせてもらうよ」
「忍ね、いい名前じゃないか。それはそうと一つ頼みがあるんだけど聞いてくれるかい?」
アルエは少し申し訳なさそうにこちらを見つめた。
「頼み?」
ほぼほぼ初対面の人間に何を頼むというのだろうか。疑問に思ったが、とりあえず聞いてみる事にした。
「ユキ、出ておいで」
「え」
ユキ、というのは勿論、昨日夕食を運んでくれた女の子だ。
呼ばれたユキは後ろの方から少し気まづそうにひょっこりと顔を出した。
「お、おにーさん、おはようございます……」
大荷物を背負っており、これから何を言われるかは何となく想像がついた。
「おいまさか──」
「ユキも王都にいくんだ。悪いけど、面倒見てやって欲しいだよ。この子ちょっと抜けてる所があるからねぇ……ああ勿論ちゃんと報酬は出すからさ。ね、頼むよ」
と、まだ受けてもいないのに銀貨三枚を忍に差し出すと、反射的に受け取ってしまった。
それはつまり、
「悪いねぇ忍ちゃん。頼んだよ!」
ここまでの流れは恐らく昨日の時点で計算していたのだろう。夕食を持ってきたユキが言いかけたのもこれだったのかもしれない。
アルエは先程までの申し訳なさそうな表情が嘘だったかのように、ニヤリと勝ち誇った表情をしていた。
(くそ、完全にやられたな。条件反射で受け取っちまったよ)
忍は後悔しながら「はあ」と大きなため息をついて、
「わかったよ。宿代の代わりだ……ったく、人がいいと思ったらとんだ曲者だった訳だ」
「ははは! 伊達に歳食ってる訳じゃないんだよ! それじゃ頼むよ! ほれ、アンタも挨拶しなさいな」
バシバシとやや強めにユキの背中を叩くアルエは、実は豪快な女性なのではと認識を改めた。
ユキは昨日の事をなかったことにしたのか、開き直ったのか定かではないが、満面の笑みで、
「という事でよろしくです!」
◇◇◇◇◇
「ねぇ忍くん、聞いてます?」
「お前少し黙れないのか? こっちは眠くて仕方ねぇんだよ」
時刻は正午。アルマールを出てから既に数時間が経過していた。
馬車には忍とユキ以外にも、母娘が一組と初老の男性が乗っているが、どちらも朝が早いせいかぐっすりと眠っている。
そんな中、忍は苛立ちからか眉間に皺を寄せてギロリとユキを睨んでいた。
と、言うのもユキはこの数時間ほぼ休まずに喋り続けているのだ。周りが寝ているので多少ボリュームを落としてはいるが、聞いている側からしたらやかましいとか言う次元ではない。
「だから、私はね! みんなが笑って暮らして行ければいいと思うわけで──あぅぅぅ、いひゃいれすぅ……!」
「人の話を聞けよお前は!! 少なくともお前が黙れば俺は笑ってられんだよ!!」
忍は強制的に黙らせる為に両頬を引っ張ると、涙目になったユキはポカポカと忍の頭を叩いた。
「……いい加減に──くッ!?」
その時だった。
微かに風を切る音が聞こえ、直後、忍の顔面のすぐ横に矢が突き刺さった。
ギリギリ反応した忍は咄嗟に首を捻り回避したが、ほんの少しでも遅れていれば脳漿をぶちまけていたのは確実だ。
同時にガタンと大きく揺れたかと思うと馬車が止まった。そして何やら外が騒がしくなり怒号が飛び交い始める。
「んおっ!? な、なんだ!?」
「ママ……?」
「大丈夫よ。ちょっとお馬さんが疲れちゃっただけよ。そのまま寝ていなさい」
寝ていた他の乗客も異変に気付き始めた。
どうみても全員戦闘経験があるとは思えない。騒ぎ出したら被害は拡大してしまうだろう。
(アルエの言ってた盗賊か……? 要らんフラグ立てやがって)
アルエは全く悪くないのだが、フラグを立てたという点では間違いではない。
「ユキ、お前はここで……おい、どうした」
動くなよと伝えようとした矢先、彼女の様子がおかしい事に気が付いた。
「──ぇ……あ、だ、大丈夫……です」
さっきまでやかましかったはずだが、小刻みに震え顔色も悪い。この騒動と全くの無関係だとは思えない。
何か心当たりがあるのだろうか。
(コイツ……なんか隠してやがるな)
「俺が確認してくる。そこで待ってろ」
そう言って外に出ようとした忍の袖をユキが掴んで離さなかった。
「行かないで……ください」
(まずはこっちが先か。やれやれ、手が焼ける奴だな)
この怯え方は尋常ではない。外の確認の前に彼女を落ち着かせるのが先と判断した忍は、ユキの右手を取り、小指を絡ませる。
「……忍、くん?」
「これは俺の国に伝わる誓いの形式だ。これで俺は嘘が付けなくなっちまった。嘘ついたら針を千本も飲まなきゃならねぇからな……」
「せ、千本……!?」
俗に言う指切り、と言うやつだ。子供相手にするものだが、使い所としては悪くない。
さっきまで怯えきっていたユキも、少し平常心を取り戻したようだ。
「お前が何を怖がってんのか知らねぇけど、俺といる限りは必ず守ってやる。約束だ」
固く指を絡ませ、真っ直ぐユキを見つめた。
するとユキは震えながらも力強く頷いて見せた。
「ユキは他の乗客が外に出ないようにしてくれ。そして出来れば中央に固まらせてくれ。端の方だとさっきみたいに矢が来るかもしれねぇ」
「わ、わかりました!」
「ああ、頼むぞ。心配すんな、すぐに戻ってくるさ」
それだけ言い残して忍は外に飛び出して行った。
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