第16話 アルマールを目指して
忍の目指す王都イリオスは廃棄の森から東の方角だ。
王都までのルートは大きくわけて二つある。
まず一つは山を超える直線的なルートで、単純な距離ならばこちらの方が断然近い。
しかし山を超えるとなるとそれなりの準備が必要だ。更には当然のように魔物も生息しているので、そこら辺も含めて考えるとあまり得策ではない。
もう一つは迂回する事にはなるが、その途中には二つの街を経由するので旅の疲れを緩和しながら王都を目指すことができる。
山越えはどんなに早くても五日は必要になる。
それに対し街を経由すれば、金さえ払えば馬車などで時間の短縮も可能だ。
徒歩なら七日はかかるが、馬車を使えば二日程で王都に着くのではないだろうか。
総合的に考えれば迂回してでも街を経由した方が比較的安全且つ快適である。そして勿論忍もその選択をした。
森から比較的近いアルマールはイリオス王国最西端の町だ。港町という事もあり漁業や貿易で栄えている。
忍はまずアルマールへと向かうべく歩き出し、やっとこさ先程森を抜けた所だ。
森を抜けるまでに何体かの魔物と遭遇したが、もどれも問題なく討伐している。
本来なら素材を換金するべく剥ぎ取りなどをするのだが、敢えてそれはしなかった。
知っての通り廃棄の森は一般人は立ち入りが禁止されている。そんな中そこに住む魔物の素材を持っていけば少なからず疑惑の目が向けられてしまう。
わざわざリスクを背負う必要などどこにもないのだ。
森を抜けると辺り一面草原が続いていた。アルマールまでの道は整備などされているはずもなく、この後はひたすらに草原を歩いて行くことになる。
セロスから貰ったボロいローブを羽織り、腰にはそこら辺に売っているであろう平凡な長剣。見方によってはド貧乏の旅人に見えなくもない。
セロス曰く、この格好が一番都合がいいとの事。
全くもってどこら辺が都合がいいのか分からない忍だが、元々ファッションなどには余り興味が無いのでとりあえずは言われた通りの格好をしている。
「二年越しになっちまったけど、なんとか森は抜けれたな。後は日が沈む前にアルマールに着ければいいんだけど……」
野営の知識も経験もセロスから学んだが、出来ることならしたくはなかった。
ボソリと呟くと忍は気を引き締めなおし、ひたすら東へと歩を進めた。
◇◇◇◇◇
それから数時間、辺りが茜色に染まり出した頃、微かに鼻に潮の香りが届く。
同時に、緑一色だった景色の先には幾つかの家々が見え始めていた。アルマールだ。
「よかった、やっと見えてきた。……ん? なんだありゃ」
アルマールとは少し離れた地点に何やら土煙がたっている。この場から見れば小さく見えるが、距離などを考慮するとかなり大規模なものではないだろうか。
目を細めよく見てみるが、さすがに何か分かるはずもなく、「まぁ俺には関係ないしいっか」という結論に至り目的地へと急いだ。
「……なるほど。港町とはいえさすがに警備はあるのか」
アルマールの入口は魔物対策なのか、簡易的だが木製の策が作られており警備兵らしき人物が三人ほど配置されていた。
(身分証なんかねぇし、どうすりゃいいんだ……?)
当然ながらエザフォースでの身分証とは、各国の都市で発行されるものであり、二年間森にこもっていた忍にそんなものはない。
そんな事を考えている忍を不審に思ったのか、髭面の警備兵が声を掛けてきた。
「おいおい、どうしたんだよその格好……追い剥ぎにでもあったのか?」
「お、追い剥ぎ!? ……ま、まぁ、そんな所かな」
なるほど、セロスが言っていたのはこういう事だったのだ。
警備兵にここまで言わせるとはやはり相当よろしくない格好なのだろう。
忍は釈然としないまま髭面に話を合わせた。
「身分証……なんか残ってないわな。アルマールに入りたいんだろ? あんたなんの仕事してんだ? ハンター……にしてはひ弱そうだしなぁ」
「え……あー……と」
はははと人懐っこい笑みを浮かべる髭面は、なんとなく憎めない奴だった。
(まさか職業を聞かれるとは思わなかった。適当に答えても後でボロが出るだろうし……)
因みに髭面の言うハンターとは、魔物を討伐して生計を立てている者達だ。
魔物の素材は様々な分野で非常に高い需要があり、高級素材一つで家が建つ事も珍しくはない。
そのため危険を承知でハンターになる者達は多い。
が、基本的にはやはり魔物相手という事もあり腕っ節がものをいう世界だ。
追い剥ぎ程度に遅れを取ったとなると、それこそ笑いものだ。
「その、駆け出しなもんで……あはは」
自信なさげに苦笑いをして頭をポリポリとかく忍を見て、
「駆け出しか……おまえさん、運がないなぁ。漢ガルド、なんもかんも盗られた若者から通行料は取れねぇ! ここは俺が出しとくから、出世したら酒でも奢ってくれや! 通っていいぞ」
ガルドと名乗る髭面は忍の方をポンと叩くと、キラリと光る歯を見せた思ったら親指を立てグッジョブ。
よく言えば人が良く、悪く言えば間抜けだ。
「あ、ああ、恩にきるよガルド」
ぼろを出す前にと、そそくさとその場を離れようとする忍に後ろからガルドは手を振り、
「強く生きろよ! ……へっ、またアルエに怒られちまうなぁ」
こうして忍は無事にアルマールへと入る事が出来たのだ。セロスには感謝する他ない。
町はあまり大きくはなかったが、中々賑わっていた。
アルマールは港町と言うだけあって、他国からの訪れる人間も珍しくはなく、それ故に町の人口以上にの賑わいを見せているのだ。。
とりあえず町を一周してみようとぶらついているとどうやら市場に辿り着いたようで、先程までとは違った賑わいを見せている。
角の生えた巨大魚や異様に目が大きい魚、リンゴに似た果実や肉類など市場には沢山のものが売られていた。
(腹減ったけど、まずは宿を探さないとな)
目の前に並んだ食欲を掻き立てる食材達に別れを告げ、忍は宿屋を探すため散策を再開した。
なんだかよくわからない飲食店や、怪しげな雰囲気の店が並ぶ繁華街を通り過ぎる間に何回か声を掛けられたが全て無視した。
それから歩く事数分、町の外れに宿屋らしきものを見つけた。
木造の質素な作りをしている。港町という事もあり、旅人や漁師等が泊まるせいか無駄な装飾などは一切ない。
《宿 ユウナギ》と書かれた看板がなければ少し大きめの一軒家と言っても疑うものはいないだろう。
「とりあえずあそこでいいかな。そんなに高くなさそうだし、飯と寝床がありゃ十分だわな」
長くいる訳でもないし、と付け足しスタスタと宿屋へと向かった。
扉を開くと思った通り、中も質素な作りでロビーには受付と木製のテーブル一式があるだけだった。
「あら、いらっしゃい! 見ない顔だね、一人かい?」
受付にいた40代程の女性は気さくな感じで声をかけた。
小太りだが目鼻立ちはくっきりとしていて、笑顔が印象的な女性だ。
「ああ、一泊したいんだけど部屋は空いてるか?」
「勿論さね。まだ時間も早いし……それに最近は盗賊のせいか客足が遠のいててねぇ……今なら夕食付きで銀貨三枚でいいよ」
(盗賊……?)
おばちゃんはそのままニカッと笑い、「ウチの飯は評判いいんだよ」と付け足した。
因みにだが、エザフォースで流通している硬貨は銅貨、銀貨、金貨、そして聖金貨の四種類だ。
日本円で換算すると、銅貨は百円。銀貨は千円、金貨が一万円、一番高い聖金貨は十万円と言ったところか。
一泊して朝食、夕食がついて銀貨三枚なら破格の値段と言ってもいいだろう。
「それじゃあ頼むよ」
「毎度あり。部屋は二階の右角だよ」
忍は銀貨を三枚渡すとおばちゃんは少しだけ錆た鍵を差し出した。
「ありがとう」
「夕食は時間になったら部屋まで届けるよ。そうだね……あと一時間と少しくらいかね」
「ああ、楽しみにしてるよ。あと一つ聞きたいんだけど、王都行きの馬車はいつ出てるかわかるか?」
受付のおばちゃんはそれを聞くと、少し間を置いて、
「ウチを出て右に行くと乗り場があるけど……確か次は明日の早朝だったかねぇ。それに乗るなら早く寝た方がいいね」
「そっか、ありがとう」
忍はそう言って鍵を受け取り奥にある階段を上ると、右角の部屋には201と書いてあった。
鍵を差し込みガチャリとドアを開けると、思ったよりも部屋はずっと広かった。
「おお……安いのに案外広いんだな」
大きめのベッドにテーブルとイスがあるだけだが、窮屈な感じは一切なく、快適に過ごせそうな気がした。
浴室はボチボチといった広さで、シャワーは勿論ないがそれに近しいものはあった。
水魔法で貯水庫を満たし、蛇口らしきものを捻ると水が出る仕組みだ。残念ながら温水は出ないが、火魔法で微調整ができる忍にとっては全く問題にならなかった。
「飯まで時間もあるし軽くシャワーでも浴びるか」
軽く汗を流した忍は身体を拭き、着替え終えるとどさりとベッドに寝転んだ。
するとタイミングよくコンコン、とノックの音が響いた。さっき言っていた夕食だろうか。
「どうぞ」
本当は少しゴロゴロしたかったが、来てしまったものは仕方ない。諦めて扉を開けると、そこには先程の受付のおばちゃんとは全くの別人が夕食をもって微笑んでいた。
胸まで伸びた美しいブロンドの髪。緑がかった大きな瞳はちょっぴりたれ目で、人懐っこい印象を受ける。
美少女なのは間違いなく、夕食を運んできたのでここの従業員なのだろう。
「お待たせしました! ユウナギ特製プレートです!」
「えっと……誰?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます