第15話 巣立ちの時


「──早いもんだな、忍。君が来てから二年の時が過ぎた。気まぐれで助けた君がまさかここまで成長するとは思わなかった。生涯最後の弟子はどうやら、最高の弟子だったみたいだな」


廃棄の森の最南端、つまりは森の終着点にあたる場所に三人はいた。

ピグマリオンは優しく笑い掛け右手を差し出した。


「二人とも、本当に世話になったよ。ありがとう。二人のおかげで俺の目的は果たせそうだ」


忍も右手をだし、しわくちゃで細くなった手をそっと握った。

復讐を始める条件としてピグマリオンが提示したのは主であるナクアの討伐。


国の中枢を担う人間に復讐を果たそうと言うのだ、最低限Bランク程度は倒せないと話にならない。

欲を言えばAランクだが、残念ながらこの森ではナクアが一番強い。


「修羅の道を行く覚悟は出来ているようね。貴方が思うより、その道はずっと険しいわ。せいぜい逃げ帰って来ないことを願っているわ」


相も変わらずツンケンした態度ではあるが、目的を果たす事を願っていると、そう言っているのだ。

二年もすればこの悪態も心地がいい。


平和とは違うが、忍はこの二年間無事に過ごせたのは二人のおかげだ。感謝してもしきれないほどの大恩がある。


「ああ、それをしなきゃ俺は前に進めない。サンキューなセロス」


するとピグマリオンが懐からフラスコを取り出した。中には微かに光る紫色の液体が入っていて、なんだが怪しげな雰囲気を醸し出している。


「忍、これを持っていくといい。飲めば少しの間マナが切れることはないだろう。敵は一人ではないのだ、いざと言う時に必ず役に立つ」

「そんな貴重なもん……でも、有難く使わせてもらうよ」


ここで突き返すのはかえって失礼だ。

ピグマリオンの気持ちを無下にすることないよう、遠慮せずにそれを受け取った。


「じゃあそろそろ行くよ。全部終わったら……その、またここに来てもいいか……?」


忍は照れ隠しのつもりか頭をポリポリとかいて、少し気恥ずかしそうにしていた。

不幸ばかりの異世界で、この場所だけは幸福を与えてくれた。

帰る場所が欲しい。許されるのならば、その場所は二人のいるここが良かった。


「ふん、何を今更。来るも何もここが貴方の家じゃない。遂に頭がおかしくなってしまったのね。そんな調子だとこの先心配だわ」

「いつでも帰っておいで。私と君は師弟であると同時に家族のようなものだ。勿論、セロスもな」


セロスは呆れた様にため息をつき、ピグマリオンは暖かな笑みで返した。


凍り付いていた忍の心はいつの間にか溶け始めている。それもこれも口の悪い自動人形オートマタと、どこまでも親切な老人のおかげだ。


「ありがとう……じゃあ行くよ。ケリをつけに」


二人に背を向け一歩踏み出す。

二年という月日を持ってしても、忍の心の奥底にある復讐の炎を消すことは出来なかった。


(ここからだ。この一歩から俺の復讐は始まるんだ。待ってろよクソ共、すぐにぶち殺してやるから)




「また、二人きりに戻ってしまったなセロス」


段々と小さくなる背中を見つめながらピグマリオンがポツリと呟いた。


彼もまた復讐に囚われた哀れな人間であり、忍とは違いそれを果たす体力すらない。

同じようにイリオス王国に怨みを持つ彼にとって、忍はある種の光だった。


「そうね、私は別に構わないわ。……でも本当によかったの? あの子、きっと返り討ちにあうわよ。確かに強くなったけれど、まだまだ国を相手に出来るほどではないわ」

「忍の時間をこれ以上私が止める理由はない。それに、彼を巻き込む訳にはいかないだろう?」

「それもそうね。やれやれ、これから忙しくなりそうだわ」


何が、とはあえて言わない二人だったがお互いに伝わっているようだ。

この森に住み始めて数十年。元の生活に戻るかのように思えた二人だったが、どうやらそうではないみたいだ。


◇◇◇◇◇


時は1ヶ月ほど遡る。

夜も深け満月が当たりを照らす頃、イリオス城の王の間にてシュメルは誰に向けるでもなく一人ほくそ笑んでいた。


「祝杯とはいいものだ。そうは思わないかマルクス」

「はっ、五年に及ぶ長い戦いでしたが……遂に憎きガメリオンを滅ぼすに至りました。王女が逃亡したとはいえ、捕まるのは時間の問題でしょう」


宴会に参加するでもなく、シュメルはグラスに入ったワインを一口。

隣国との戦争に打ち勝ったにしては随分と質素な祝杯である。


「だが余は一つ、気にかかっていることがある。何かわかるか?」

「廃棄の森に住む老人の事でしょうか」

「そうだ。お前に心当たりはないのか」


まるで、わかっているんだぞと言いたげなシュメル。

マルクスは王座の前に跪いたまま、


「恐らく……ではありますが、亡国の魔導師ピグマリオンかと……」

「ピグマリオンとは随分古い名が出たものだな。もう数十年前に滅びたエタンドルの者か」


その時は彼は王として君臨してはいなかったが、シュメルの記憶にエタンドルは鮮明に刻み込まれていた。


エタンドルは当時、小国でありながらも人材に関してはピカイチだった。

魔法では世界でも名の知れたピグマリオンを筆頭に、強者が集まり大国イリオスをもってしても随分と手を焼いた。


しかし、それよりも厄介だったのがエタンドル独自の剣術である天明流剣術だ。

当時の四代目剣聖グラム・ニーベルゲンは、エザフォースでも最も優れた剣士と呼ばれており、剣の道を歩むものなら知らない者はいないほど有名な存在だった。


天明流では剣聖の地位にいるが、他流派からは剣神と恐れられたその技量は、ほかの剣士の追随を許さない圧倒的な境地に到達していた。


そんなグラムとピグマリオンがいるエタンドルがなぜ滅んだのか。

イリオスとの戦争が始まる少し前に、グラムは忽然と姿を消したのだ。世界最強の剣士が行方不明となれば、混乱は避けられない。


イリオスはそのタイミングで奇襲をしかけ攻め込んだのだ。その数年後、ピグマリオンの奮闘虚しくエタンドルは滅ぼされることになった。

だがイリオス側の被害も甚大となり、大国に大きな傷跡を残した。


「マルクスよ。然るべき人員を廃棄の森に向かわせるのだ。亡国は滅んでこその亡国。生き残りなど……ましてやそれが宮廷魔導師となれば見逃す訳には行かぬな。たかが兵士と言えど我が国に敗北は許されぬのだ」


一年と少し前に王国軍の小隊がピグマリオンに敗北にしたが、当時は戦争の真っ只中。

極小数と言えど宮廷魔導師を相手に戦力を割く訳にはいかない。 だが、その戦争も先日カタがついた。


自国の兵がやられてやり返さない道理はない。


「過剰かと思いますが念の為、玲瓏騎士れいろうきしを……更に騎士団と国軍、合わせて千の兵を送ります」


マルクスは不敵な笑みを浮かべながらそう言った。

ピグマリオンとセロスのたった二人に千の兵と、更にはイリオス王国の最強の矛である玲瓏騎士を送るのだ。

シュメルも納得の表情で頷いた。


「良い報告を期待している。下がってよいぞマルクス」

「はっ、必ずやご期待に応えてみせます」



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