第14話 廃棄の森の主
「──さすがに楽には倒せねぇか。森の主は伊達じゃねぇってか」
あれから更に一年の時が過ぎ、その間もほとんどの時間を修行に費やしてきた忍は今、廃棄の森の主である魔物と対峙していた。
そこかしこに張り巡らされた放射状に広がる縦糸と螺旋状の横糸。
森の主は、一際大きい糸の上でじっとこちらを見つめている。
漆黒の体毛に包まれた巨躯とそれを支える不自然なまでに長細い八本の手足。
宝石の様な深紅の眼は全部で八つ。
大きい主眼が二つ、その左右に三つずつある複眼はその不気味さを一層際立たせる。
Bランク指定の魔物ではあるが、その実力は限りなくAランクに近い。
優に五メートルはあろうかというこの大蜘蛛こそが森の主、魔喰い蜘蛛ナクアだ。
その名の通りどんな魔物でも捕食し、時に格上であっても罠にはめて食料とする程に狡猾で怖いもの知らずの魔物だ。
ピグマリオンの情報によると、全身を覆う体毛はマナを阻害するためそれなりの威力でないと魔法は通らないとの事。
また、毒属性の魔物で前足にあたる二本の鎌は常に毒液が分泌されているため細心の注意が必要らしい。
そんなナクアに奇襲をしかけた忍だが、脚を一本切り落とすだけに終わった。
本来なら初撃で仕留めたかった所ではあるが、ナクアは張り巡らせた蜘蛛糸の微細な振動を感じ取ったのか、致命傷には至らなかった。
切断された後脚からは紫色の液体がドロリと垂れており、それを気にもとめずガチガチと牙を鳴らし威嚇する大蜘蛛は中々にグロテスクだ。
(初撃で仕留められなかった以上、まずは敵のアドバンテージを奪うのが最善か)
「
忍が唱えると足元に魔法が展開され、直後に四方八方に向け火炎の礫が放たれる。
目標はナクアではなく、張り巡らされた蜘蛛糸だ。
糸は火に弱く、触れた瞬間からパチパチと音を立てて燃え上がる。
自身の仕掛けた罠が燃えているというのに、ナクアはじっと忍を観察していた。
「気持ち悪ぃ奴だ──ッ!」
ボヤいた直後に、ナクアの口からは紫色の液体が射出され、それをギリギリの所でバックステップで回避。
代わりに地面に当たるとシュゥゥと煙を立てて草木を溶かした。
「酸性の毒か!」
それと同時に七本の脚を器用に上下させ忍に迫り、毒鎌を振り上げる。
「そっちから来てくれるなんて好都合だな」
着地と共に剣を構え、切っ先を深紅の主眼に定める。
すぅと息を吸い完璧な間合いを見極め──
「──天明流、
ナクアが間合いに足を踏み入れる直前、脱力し身体は重力に従い前方に傾く。
倒れる寸前に一歩を踏み込み、同時に真下から高速で切り上げる天明流初級に該当する技だ。
横薙ぎの鎌は空を切り、忍の刃は顎に食い込むとそのまま頭部までを斬り裂いた。
真上に向かう剣の軌道をなぞるように血飛沫が舞う。
(浅い……!)
「ぐッ!! あっぶねぇ!」
手応えから仕留め切れていないと確信した忍は、ナクアの鎌による攻撃に反応し剣で受けるもその衝撃は凄まじく、吹っ飛ばされる。
空中で旋回し体勢を整えるも、ナクアは口を開き魔法陣を展開。即座に毒のブレスを放つ。
木々に触れた瞬間ドロリと溶け始め、くらえばタダでは済まないのは明白。
「うげ、エゲツねぇな!? だけど……その程度なら問題ねぇ──
負けじと忍も即座に特大火炎放射を放つ。火の上級魔法とだけあって威力は申し分ないが、マナの消耗も少なくはない。
毒と炎がぶつかり合い辺り一面を衝撃波が襲う。
ナクア側の大地はボコボコと溶け、忍側は焦土と化している。
威力は互角だったのか両者の魔法は相殺された。
つまりこの魔物は、上級に匹敵する威力の魔法を軽々と使えるという事だ。
マナ総量があまり多くない忍にとっては、長期戦は避けたいところ。
勿論、忍もそんな事は百も承知。最初から高火力の技での短期決戦を狙っている。
(あの体毛……魔法耐性だけじゃなくて物理耐性も高い。
作戦と言うには雑だが方向性は定まった。
迫るナクアの鎌を弾きながら勝機を探る。
弾く度に金属音のような音が鳴り響き、激しく火花を散らす。他の脚とは比べ物にならない硬度だ。
鎌による左右からの高速の斬撃は、ほんの少しでも掠ってしまえば毒により一気に勝負が着いてしまう。
真上からの鎌を受け流すと、ナクアはガチガチと牙を鳴らし口から糸を放った。
「口から吐くのかよッ!?
間一髪、巨大な土の壁で魔法で遮りバク転し距離をとる。
ナクアは壁を強引に突破せずに、そこかしこに糸を撒き散らしながら迂回し始めた。
(逃げ場が……こりゃ本格的にケリをつけた方が良さそうだな)
撒き散らされた糸により回避範囲はかなら限定されてしまった。
「おら、逃げねぇからかかって来いよ」
ニヤリと笑い、忍はあろう事か自身の左右と後方に高温の
忍を攻撃するには前から攻めるしかなくなった。
だがこれは、忍自身を追い詰めてしまうのと同義。
ナクアはグルグルと周り穴を探すもそんなものはあるはずもない。
やがて諦めたのか正面に回り込むと糸を放ち、その凶悪な鎌を振り回し突っ込んでくる。
「こんな見え見えの罠にかかるかね普通……まあいいや。わざわざご苦労さん」
半ば呆れた顔でそう言うと忍は右手で剣を縦に構え、左手を峰の先端に添えた。
そして刃に薄らと極高温の紅炎を纏わせた。マナの消費量は最低限に抑えると共に、通常の斬撃に比べると威力は数倍にもはね上がる。
「焔ノ型二式改・一刀夜叉──」
ナクアが間合いに入ったその刹那、右手で剣を振り下ろす。
添えた左手は柄に向け滑らせて刃を加速を促し、更に左手で柄の先端を一気に引き込み速度を最大限高める。
先端がナクアの頭部に触れた瞬間、紅炎を纏った刃は簡単に頭部を切り裂いていく。。だがそれでも刃は止まることなく、胴を斬り臀部を焼いた。
ナクアはいとも簡単に両断され、紫色の体液を垂れ流しながらその命を散らした。
ナクアの死体を眺め軽くため息をつくと、剣に付着した体液を払い納刀。
「ふぅ……これで外に出る条件はクリアした。次は……アイツらの番だ。待ってろよクソ共、必ず俺の手でブチ殺してやる」
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