第13話 思い上がり
イビルファングを一瞬で葬り去った忍の成長は、セロスにとって予想外のものとなった。
ある程度手こずりはするだろうと考えていたのだが、初撃で仕留めるなど誰が想像するのだろうか。
如何に使徒とはいえ、忍に特別な才能などはない。
人よりも少し優れた魔法適正と、そこそこの剣の才能はあるが、そのどちらを取ってもその程度ならこの世界には掃いて捨てるほどある才能だ。
だと言うのに、目の前のこれは一体なんだろう。
半分は黒焦げになったイビルファングと、その後ろで煌々と燃え上がる大火。
(マナが三分の一も……やっぱ連発は出来ねぇな)
どっと疲労感が忍を襲った。
忍のマナ総量は一般人よりは多いが、元宮廷魔導師のピグマリオンと比べれば半分にも満たない。
せいぜい中の上から上の下と言った所だろうか。
高火力の魔法を使う事は出来るが、今の所このレベルの魔法だと三発も使えばマナは尽きてしまう。
「説明なさい。あんな魔法見たことがないわ。火属性なのは分かるけど、既存の魔法と比べると異常なまでに温度が高いわ。まさか、オリジナルだとでも?」
褒める事も貶すこともせず、セロスはただ頭に浮かんだ疑問を解消するべく口を開いた。
「え、あー……オリジナルになるのかな? 火でも良かったんだけど、火力を上げたかったからそれよりも温度の高い太陽をイメージしたんだよ。その分燃費はクソ悪いけどな」
通常の火属性魔法ならば、高温とはいえ温度はイメージの元である火に依存する。
ならばそれを太陽に変えたらどうだろうか。
プロミネンスと言えば、温度が五千から一万度のプラズマガスである。
完璧に再現出来たかと言われればそれは違うが、火力を高めるのには十分だった。
ある程度の知識と想像力さえあれば、マナ操作の技術次第でどうにかなってしまうのが魔法の恐ろしい所でもあり、いい所でもある。
実際、オリジナル魔法は特別難しい訳ではないのだ。ただそれよりも周知されている魔法の方が汎用性があり優れていると言うだけのこと。
それに、科学があまり発展していないこのエザフォースでは、そう言った細かい知識などはほとんど知られていない。
召喚された使徒ならではのオリジナル魔法という事だ。
「太陽を……? ふん、寄生虫にしては悪くない発想ね。ただ、大量のマナを消費する魔法は貴方には向いていないわ。 大方、打ててあと二、三発ってとこかしらね」
セロスには全てお見通しだった。図星を突かれた忍はつまらなそうな顔で、
「う……おっしゃる通りで。あの魔法は三発が限界だ。それ以上打つと腕も動かせなくなっちまうよ」
「それならよく考えて使う事ね。もういいわ、現状の力は分かったもの。帰るわよ」
それだけ言うとセロスは踵を返し、森の中をスタスタと歩いていってしまった。
「んー……とりあえず合格ってことでいいのか?」
◇◇◇◇◇◇
思いのほか短時間で終わってしまった腕試しだったが、忍の魔法を見たセロスがピグマリオンに報告したらしく、直接指導をしてくれる事になった。
「ピグマリオン、もう若くないのだからあまり無理してはダメよ」
「わかっているさ。だが、この歳になっても弟子の役に立てるとは、私もまだまだ捨てたもんじゃないだろう?」
そう言って高らかに笑うピグマリオンは、御歳七十九である。
勿論それ込みでも師としての実力は申し分ない。
しかし、数ヶ月前のイリオス兵との一件を知らない忍にとっては、なんだか少し不安な気持ちがあった。
ある程度力を手に入れた忍にとって、ピグマリオンは歳が行き過ぎている。もしかしたら、既に彼よりも強いのではないかという幻想を抱いていた。
セロスに関しては例の一撃や日々の稽古からまだまだ勝てるとは思えないが、この老体よりも劣っているとはどうも思えなかった。
「なあピグマリオン。俺、今結構強いぜ? 元宮廷魔導師っつったって……もう歳だろ?」
ついつい口に出てしまった本音に、セロスはポカンとしたかと思うとクスクスと笑いだした。
「ふふ、無知とは恐ろしいものね」
「なら試してみようか。殺すつもりでかかって来なさい」
やれやれと言った様子でため息をつくピグマリオンだが、どこか楽しそうでもある。
庭へ出ると早速セロスが剣を渡してきたが、
「そんなもん使ったらピグマリオン死んじまうだろ……」
と、半ば呆れた顔で剣を押し返した。
忍は無謀にも元宮廷魔導師に魔法合戦を挑もうとしていた。
「貴方、本当に相手の力量も分からないのね。呆れた……」
セロスはため息をついて定位置の丸太の上に座った。そんな彼女にはこの挑戦の結末が容易に想像出来ているのだろう。
「魔法のみとな……随分甘く見られたものだな。まあいい、いつでもきなさい」
後ろで手を組み余裕たっぷりにそう言った。
「はっ、それはこっちのセリフだよ! 修行の成果見せてやる──」
◇◇◇◇◇
「さっきの事、まだ引き摺っているのかしら。女々しい男ね」
真夜中、明かりもない丸太の上に座り、忍はぼんやりと空を眺めていた。
ピグマリオンとの稽古から数時間、あれから忍は眠れずにいた。脳裏にはずっと先程の戦いがこびり付いている。
どんな高火力の魔法も、広範囲に及ぶ殲滅魔法も何も通用しなかった。剣があればとか、そう言った次元ではない。
最初から最後までピグマリオンはただの一歩も動いてはいない。
完全なる敗北だ。なまじ力をつけた分、そのショックは大きかった。
「あー、なんだセロスか」
横目でチラと見るがすぐにまた星を眺めぼんやりとし始めた。
「なんだとは失礼ね。貴方、まさか本気で勝つつもりだったの? 私に手も足も出ないのに、ピグマリオンに勝つなんて不可能だわ」
「ピグマリオンってそんなに強いのか……?」
「当然でしょう? 私を造り上げた人よ。生半可なわけがないわ」
「おぉ、なんかそう言われると説得力あるな」
確かにこの化け物じみた強さを持つ自動人形の製作者であるのならそれも頷ける。
そして老いたとはいえ腐っても国随一の魔導師だ。
一年修行して勝てるなら誰も苦労しない。
「そもそも思い上がりすぎなのよ。馬鹿なことをしでかす前にいい事を教えてあげる。イリオスの宮廷魔導師はピグマリオン程ではないけど、近い実力を持っているわ。他にも特記戦力は何人かいる。今の貴方では逆立ちしたって復讐なんて出来やしないわ。諦めるか、それが嫌ならもっと力をつける事ね」
セロスは星を見ながら淡々と、忍にとっては酷な現実を口にした。厳しい内容ではあるが、その口調は忍を煽っているのか挑発的だ。
不器用な彼女なりに気を使っているのかもしれない。
「……そっか、俺はまだまだ弱いのか。本当はさ、ピグマリオンに勝ったら、アイツらに借りを返そうと思ってたんだ。だから何がなんでも勝ちたかったんだ。ま、結果はぼろ負けだけどな。……なあセロス、お前どうせ暇だろ? 少し付き合ってくれよ」
丸太からタンと跳ね、剣に手をかけてそう言った。
先程までの気の抜けた表情から一変し、なんだか少し嬉しそうだ。この男中々単純である。
「貴方程暇ではないけれど、丁度溜まったストレスを発散したかった所だわ」
セロスはそう言うと悪い顔をしてニヤリと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます