第12話 紅炎ノ大槍
それから三つの季節が過ぎ去り、忍がエザフォースに召喚されてから一年が経過した。
変わらず修行に明け暮れている忍は随分と力をつけた。
魔法に関しては幾つかの上級魔法を習得し、剣術の方は中級で三ヶ月程止まっているがそれでも成果としては十分過ぎる内容だろう。
通常、どの流派の剣術も上級に至るまでには三年と言われていて一年の時点で中級まで上り詰めた忍は、セロスの言う通り才能がある。
時刻は昼過ぎ、いつもならこれくらいの時間から魔法の修行に入るのだが今日は違った。
昼間から帯刀し腰少し緊張した面構えで森を睨んでいる。
「あら、怖気付いたの忍。恐いなら辞めてもいいのよ?」
と、そんな忍を嘲笑うセロス。いつも通りメイド服のような格好だが、彼女も剣を持ち武装していた。
「ば、ばか! んなわけあるか! ただちょっと緊張しただけだし。恐い訳ないだろ」
慌てて取り繕うも、やはりある程度の恐怖心はあるらしい。
なぜなら、今日は忍の腕試しと言うことで廃棄の森の魔物を討伐する日だからだ。
この一年間力をつけた忍だが、ただの一度も森の中に入ったことはない。
家の周りには魔よけの結界が張られており、人の行き来は問題ないが魔物は入って来れない。
つまり、実の所魔物を見るのはこの森に強制転移されたあの日以来なのだ。
あの日見た三つ首の虎は忍の中で神格化されており、どれだけ強くなろうが植え付けられた恐怖が払拭される事はかった。
「何度も言うけれどここの魔物はレートCとB、決して弱いとは言えないわ。気を抜いたら死ぬわよ」
再三の忠告に忍は「わかってるよ」とうんざりした表情で返した。
エザフォースの魔物は基本的に危険度レートが指定されている。
下からE、D、C、B、A、Sとあり、廃棄の森に生息する魔物は中間程度の危険度という事になる。
しかしながらS指定の魔物は人前に現れることはほぼないので、実際の所Bランクと言うのは上位に入る危険度なのである。
それを今から討伐しに行くとなると、恐怖を感じるのは人間として正しい感情なのだ。
「忍、あまり奥に行くんじゃないぞ。森の主と会うにはまだ早い。生涯最後の弟子をそんな事でなくしたくはないからな」
二人を見送るため玄関に出てきたピグマリオンが、更に釘を刺した。
森の主とは文字通り廃棄の森の主であり、Aランクに匹敵する程の力を持つ魔物なのだ。
セロスならともかく、忍程度では胃の中で溶けるのは目に見えている。
「ああ、大丈夫だよピグマリオン。そんじゃ、行ってくる」
親指を立てて笑うと、忍はセロスと共に森の中へと向かって行った。
姿が見えなくなるまでその背中を見ていたピグマリオンは、少し微笑んで、
「いつの間にか逞しくなったな、忍」
弟子の成長を心から喜ぶと自然と口から言葉が零れた。
◇◇◇◇◇◇
「なあセロス。前から思ってたんだけど廃棄の森って、どこら辺が廃棄なんだ?」
森の中を進みながら、以前から抱いていた疑問を口にした。イリオス王国に召喚された忍は、失敗作として廃棄されたが、どこを見ても他に何があるようには見えない。
「貴方が今ここにいるのだから、名前の通りになっていると思うのだけれど……それじゃあご不満かしら?」
と、セロスは何食わぬ顔をして辛辣過ぎる言葉で返した。
「廃棄物じゃねぇから俺!?」
「ふふ、冗談よ。言わばこの森はイリオスの負の部分、とでも言うのかしらね」
「負の部分?」
辺りの警戒を怠る事なく会話を続けた。
「ええ、貴方のように
嫌悪感丸出しな顔でそういう辺り、彼女もイリオスに対していい感情は持ち合わせてはいないのだろう。
確かにそれが事実であるならば、イリオス王国と言うのは腐敗した国だ。
死刑囚や重罪人ならまだ理解出来なくもないが、人をゴミのように扱う国家にまともな国などありはしない。
身体欠損してしまった忍も、捨てられるべくして捨てられてしまったということだ。
一年前の事を思い出し苛立ちを募らせていると、ふとセロスが立ち止まった。
「おしゃべりはここまでよ。貴方にとっては因縁のある魔物のお出ましね」
ニヤリと笑った彼女の視線を辿ると、まだ少し距離はあるが見覚えのある巨大な獣が見えた。
オレンジと黒の縞模様と、三つの頭。あの日、忍を追い詰めた魔物だ。
剣を握る手に力が入る。
「あいつは……」
今も鮮明に覚えている。両腕を失い、この森に飛ばされた忍が最初に出会った魔物。
たまたまピグマリオンらが助けてくれたおかげで、今この場にいるが、それがなかったらあの虎の食料になりこの世から消えていたのは間違いない。
セロスの言う通り、忍にとっては因縁のある魔物だ。
「イビルファング、Cランクよ。今の貴方なら問題なさそうね」
Cランクという事はこの森においては弱い部類に入るらしい。記憶補正があるが、それがなかったとしてもあの巨獣が弱いとは到底思えない。
「落ち着いて、相手の動きをよく見るのよ。安心なさい。もしもの時は、気が向いたら助けてあげるわ」
「ん? 今気が向いたらって……」
聞き間違いなどでは決してない。気が向かなければ助けないと、そう言われたのも同然だ。
逆に考えれば、ある種の信頼とも取れるが……?
「ぼさっとしてないで構えなさい。わざわざ先手を譲ってあげる必要なんてないわ」
正論だ。これは騎士同士の決闘ではない。
先手の圧倒的優位性を捨てるのは愚か以外の何物でもない。
目標まで約八メートル。イビルファングはまだこちらに気付いておらず、背を向けている。絶好のチャンスだ。
(初撃で決めてやる。今一番火力が高いのは……アレだな)
「セロス、少し下がっててくれ」
目標に右手を向けマナを集中させる。
圧縮されたマナはやがて炎へと姿を変え、更に巨大な槍を形成していく。
それを見たセロスは少し驚いたように目を見開いた。
(この魔法は……既存のものとは違う……?)
忍の作り出した炎の槍は、赤というには淡い。紅色が最も近いかもしれない。
更にやや透けているのか槍を通しても向こう側が薄らと見える。
「貴方、一体なにを──」
「──
その瞬間、炎の槍は目標へと放たれた。
軌道上の枝葉は一瞬で灰となり、極高温のそれは周囲の木々を焼き尽くしていく。
背後からとてつもない熱を感じ咄嗟に振り向いたイビルファング。その直後には命を散らしていた。
大槍が触れる直前に、眼球の水分は蒸発し身体を覆う鎧のような体毛は引火し燃え上がる。
触れた瞬間、ジュッと音がなったかと思うと額から
それでも大槍は留まることを知らず、数十メートルにわたり破壊の限りを尽くし、その威力を知らしめた。
イビルファングは恐らく、何があったのかも分からなかっただろう。
「……」
(ああ……早くこれをアイツらにぶち込んでやりたい。でもまだだ。もっと力をつけないと……楽しみだなァ)
狂気すら感じさせる歪んだ笑みを浮かべていることに、忍は自分でも気付いていなかった。
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