第19話 ガメリオンの王女


それからギンは洗いざらい話した。

まずこの盗賊団はイリオスの兵である事。

まともな武具を身に付けている理由はこれだったのだ。


なんでも、先日終戦した戦争で王女を逃がしてしまったらしく、各方面に兵が配置されているらしい。

ただ兵士が待機していると知れ渡れば、王女はそこを通ることは絶対にない。それ故に盗賊に扮していたのだ。


ちなみに褒められた事ではないが、エザフォースでは盗賊の存在は珍しくはないので、カモフラージュとしては悪くない。

王女を殺す為なら民を殺す事も厭わない。恐らくこの御者は全くの無関係なはずだ。


理不尽に殺されたのだ。


それを知った忍は心の底から歓喜し、気付けば自然とニヤケていた。


「お前ら運が良かったなァ? 俺はイリオスに借りがあるんだ」


それを聞いたギンはほっと胸を撫で下ろす。

言葉の意味を、笑顔の意味を履き違えているとも知らずに。


「ほ、本当か!? だったら見逃してくれよ! 上にも報告はしないか──え?」


言いかけた所で突然、ギンの右腕は宙を舞った。

放物線を描いて重力に従う右腕は、やがてボトリと鈍い音を立てて地に落ちる。


ドバドバと血液が流れる様を見て、忍は変わらず笑っている。


「くく、はははは! あー……まさかこんな所で会えるとは思わなかった。アイツに感謝しなきゃなァ?」

「おま……俺の腕、つ、付かねぇ! くっ付かねぇよ! なんで、腕……」


あまりに唐突な出来事に脳の処理が追いついていないのか、痛みを感じている様子はない。

斬り落とされた右腕を掴み、必死に肩に付けては落としを繰り返していた。


「おいおい、片方あるだけマシだろ? まあ、その片方ももうなくなるんだけどよ」


一歩、また一歩と歩み寄る修羅にギンが気が付いていない。

そして下から剣を軽く振った。

刃は簡単に肉を裂き、残った左腕も斬り落とした。


「──ぎゃあああぁぁぁぁッ!!」


すると今度は脳が理解してしまったのか、身の毛もよ立つような叫びを上げた。

ギンは両腕を斬り落とされ、あの時の忍と同じ状態になった。


この激痛は身体も心もよく覚えていた。忘れられる訳がない。


「痛いだろ? 俺も痛かったんだ。すげぇよなその痛み。あ、でもちゃんとお前は殺してやるから安心してくれよ?」


何がちゃんとなのか、どこら辺が安心なのかは分からないがとにかく忍は楽しそうだった。

ギンは叫び続け、のたうち回りながらも1ミリでも忍から離れようとミミズのように地を這った。


「ひっ……に、逃げないと! はぁ、ハァ……イカれてる! お前はイカれてる……! くぶぉッ」

「どこ行くんだ? 俺がイカれたのもお前らの主人のせいなんだ。連帯責任って言葉知ってるか?」


忍は容赦なく地を這うギンの背に剣を突き立てた。

ぐりゅっと変な音がなりギンは口から大量に吐血し、痙攣しはじめた。


もうギンの命は風前の灯火だと忍も理解している。

だが忍は追い討ちをかけるように、突き刺さった剣でぐりぐりと体内を掻き回した。


少し動く度に吐血するギンが面白かったのか、少しの間それをしていたがやがて動かなくなってしまった。


「あーあ、死んじまった。やっぱりアイツらじゃねぇと駄目か……」


つまらなそうに空を見上げ呟いた。

アイツらと言うのは恐らく、シュメルとマルクスの事だろう。


ふと、血塗れの忍は槍で貫かれた御者の遺体の方へ歩き出した。

この男は馬車に乗る際、ほんの少し話した程度であり関係性は皆無だ。悲しいという感情はなかった。


「仇は討ったぞ。……安らかに」


盗賊に驚き目を開けたまま絶命した御者の瞼をそっと閉じて、手を合わせた。

そこには先程までの復讐に囚われた修羅の姿はなく、心優しい好青年の姿があった。


(さて、ユキには色々と聞かせてもらわないとな)


名も知らぬ御者の弔いを終えた忍は、返り血を拭うこともせずにそのまま荷台に戻ると、ユキを含め全員が無事だった。


「ひっ──」


突然血塗れの忍が入ってくれば怯えるのも無理はない。子の母は小さな悲鳴をあげ、子供の目を隠した。


「し、忍……くん? ちょ、血が!」

「心配すんな、俺の血じゃない。ただ……御者が殺られちまった。誰か馬を扱える奴はいるか?」


狼狽えるユキを制し、御者の代わりを探した。

すると恐る恐る初老の男性が手を挙げ、


「昔だが御者をしてた」


それだけ言うと血で汚れた忍の手を両手で包み込み、


「おい、なにすん」

「兄ちゃん、あんたは命の恩人だ。俺だけじゃねぇ、ここにいる全員のだ。本当にありがとうな」

「あ、ああ」


あまりに予想外だった言葉に呆気にとられ、ポカンと口を開けた。


(そんなんじゃない。途中から俺は……)


復讐を楽しんでいた。ギンや他の兵達と面識はないが、イリオス兵ならば連帯責任というものだ。

心が晴れることはなかったが乾いた心にほんの一滴、雫が落ちた気がした。


そんな後ろめたい気持ちを押し殺し、心の底に封じ込んだ。


「次の街まで最短で連れてってやるぜ」


男はそう意気込むと荷台を出て馬を引いた。

ガタガタと直ぐに馬が進むだのがわかった。


「ユキ、話してもらうぞ」


親子がまだ中にいるが、ギンとの会話は丸聞こえだったはずであり、今更隠す必要はなかった。


「隠してた事は謝ります。ごめんなさい……確かに私は、敗戦国ガメリオンの第二王女……ユキ・レオノール・フォン・ガメリオンです」


先程の怯えきった印象とは違う。気高い王族の姿がそこにはあった。

丁寧に頭を下げるとユキは、


「先程は救って下さりありがとうございます。今はなんの力もありませんが、必ずこの御恩は──むぐっ」


忍は礼を言うユキの頬を右手で挟み、強制的に黙らせた。


「その話し方は辞めてくれ。なんか気持ち悪いわ」


と、敗戦国と言えど王族相手に通常運転で接するのは彼くらいなものだろう。

見る人が見れば不敬罪として処罰されてもおかしくはない。


が、先程までの喧しかったのがユキの素であり、そんな事を言い出すとは思えなかった。


「むぅ……! 気持ち悪いとは失礼ですね! 私これでも王族なんですけどーっ!」


忍が手を離すとぷくっと頬を膨らませてはいるが、何だかどこか嬉しそうに笑っている。


「みたいだな。俺はてっきりアルエの娘だとばかり思ってたぜ」

「え? アルエさんですか? 違いますよ。あの人は行倒れてた私を助けてくれたんです。だからユウナギをお手伝いさせてもらってて……アルエさんは優しい人でした。また、会えるかな」


それで看板娘と自分で言うのは中々ぶっ飛んでる気もするが、この際それは置いておこう。

緩んだ空気の中、忍は少し悩んだ末に真剣な表情で口を開いた。


「ユキ、お前は何のために王都を目指す。さっきの奴らはイリオス兵だ。お前はもう狙われてんだよ」


隠しもせずに事実を伝えると、ユキは困ったように笑った。


「忍くん、私ね、小さな頃からの夢があるんです」

「夢?」


なんの事だろうと思いながらも、とりあえず黙って聞いてみることにした。


「世界中の皆が笑って暮らせるような、そんな世界を作りたいんです。あのね、ガメリオンに住む人は亜人が多くて……でも、皆仲良く暮らしてたんですよ」


亜人。それは人ならざるもの。人の形をしているが、本質は別の生き物に近い。

代表的なのは獣人だ。猫の獣人なら猫の特性を、犬なら犬の特性を持つ。

他にも亜人の種類はあるが、語り出すとキリがないので割愛する。


とにかく、エザフォースではそれらを総称して亜人と呼んだ。

そしてその亜人は、ほとんど迫害されて生きてきた。

単体の戦闘能力は平均して亜人の方が圧倒的に高い。しかし、人間の数には勝てなかった。


数百年前に長く続いた亜人戦争は人間が勝利を収め、そこから今に至るまで亜人は迫害を受けてきた。


そんな亜人に救いの手を差し伸べたのがガメリオンだったのだ。

最初こそ警戒されたものの、ガメリオンでは種族に関係なく皆が公平であり、笑顔に溢れた国だった。


ただそれも、イリオス王国に滅ぼされる前までの話だ。


「戦争なんてしたくない。きっと私以外にも逃げ延びた人はいるはずです。私はもう何もないけど、それでも王族だから皆を守らないと……」

「ユキ……」

「だからね、直接話しをしに行く事にしたんだ!」

「……」


満面の笑みでそういったユキ。

それがどういう結果になるか、分からない彼女ではないはずだ。それなのに何故こうも笑っていられるのだろう。

忍はなんて返せばいいのか分からず、沈黙で返した。


(それは無理だ。話をした所で結局は……)


結局夢は叶わない。そう結論付けようとした時に、ふとあることに気がついた。

確かにユキの成そうとしている事は限りなく不可能に近い。


では自分は? たった一人で強国イリオスの王と宮廷魔導師を殺すのとどちらが無謀なのだろう。

忍自身、絶対に諦める事がないそれと、ユキの夢も同じなのだ。


客観視した時に、どちらも笑われるのがオチだ。

その事に気がついた忍は、ふっと笑って、


「そっか。叶うといいな、その夢」


それは自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

ユキは忍がそんな事を言ったのが意外だったのか、少し驚いた後に微笑んだ。


「ふふ、ありがとうございます忍くん」


するとトテトテと母にくっついていた女の子がユキの袖を引っ張り、


「お姉ちゃん、お姫さまなの?」

「おおおひめさまァ!? 間違ってはないけど……うーん、お姫様かぁ……うへへ」

「こらミリア! ごめんなさいお話中に」


申し訳なさそうに頭を下げる女性だが、ユキも忍もそんなことはまるで気にしていなかった。


「いいんですよ、お嬢さんお名前は? 私はね、ユキっていうの! よろしくね」


ニヤケ面で頭を撫でながら聞くと、少女は花が開いたような笑顔で、


「ユキお姉ちゃん! わたしね、シアンっていうの! あれ……お兄ちゃんは……?」


和気あいあいとしている中、忍はそっと外に出て初老の男性の隣に腰掛けた。

男は口を開こうとしたが、忍の表情を見て口を閉ざした。


(血に汚れた俺があそこにいるのは場違いだな)


忍は淀んだ目で自身の両手を見ていた。

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