第6話 神様の皮肉


それからピグマリオンはすぐに準備をして行動に移った。

ベッドに忍を寝かせると魔法で強制的に眠らせた。

一線を退いて数十年経っているはずだが、元宮廷魔導師の魔法の腕は衰えていなかった。

そんな時突然


パチィン!と、乾いた音が響いた。


忍が眠っているか確認のため、セロスが割と強めに頬を叩いたのだ。

まるで起きる気配はないが、もっと他にやり方はあったのではないだろうか。

強烈なビンタを受けてもすやすやと眠っている忍を見てセロスは満足気に頷き、


「大丈夫そうね。しっかり寝ているわ」

「……そうだな」


若干引いているピグマリオンだが、魔法の効き目を確認出来た事は間違いないので良しとした。


「ピグマリオン、本当に良かったのかしら。貴方のこの五十年……」

「いいんだ、これで。私はもうこの世界に復讐する時間も、力もない。この世界の住人ならばこんな事はしないが彼は違う。何も悪くないのだ。それこそガラティアと同じようにな。死にゆく老いぼれの気まぐれというやつだ。あまり気にしないでくれないかセロス。さあ、忍くんが起きる前に始めるぞ──」


ピグマリオンはセロスの言葉を遮って、どこか悲しそうな目をしていた。

この動かない自動人形オートマタは、ピグマリオンにとって思い出であると共にある種の呪いでもある。


半生を共にしてきたソレを今断ち切ると、暗にそう言っていたのだ。


◇◇◇◇◇◇◇


数時間後、目を覚ますと同時に違和感を覚えた。不本意ながらに軽くなってしまったはずの両肩に、確かな重みを感じる。


神に祈るような気持ちでそっと肩を見ると──


「う、腕が……ついてる。はは、ははは……すげぇ、まじでついてる!」


もう二度とこのような景色を見ることは叶わないと思っていた忍は、自然と口角が上がっていた。


ねじ切れた傷口も塞がれていて、義手はその上から被さるように着いている。

元々女性用に造られた腕という事もあり見た目は少し細いが、一見しただけで人間のソレと見分ける事は難しい。


が、ここで問題が一つ。


「あれ、これどうやって動かせば……?」


腕を動かそうと思っても残念な事に義手はピクリとも動かずにダラリと垂れたままだ。

その後も少しの間四苦八苦していたが、一向に動く気配がない為諦めてベッドから降りた。


全く動かせない新しい腕は、歩く度に前後にプラプラと揺れている。

今は動かないとはいえ、それでも心からピグマリオンに感謝していた。この喜びを少しでも早く伝えたかった忍はドタドタの音を立てて居間へ向かった。


「ピグマリオン!」


居間へ行くと、二人はテーブルに古びた地図を広げて眺めていた。よく見ると七箇所程赤い点で目印がついており、どうやらソレについて話していたみたいだ。


「おお、目が覚めたか忍くん。どうだい、義手の感想は……と、言ってもまだわからないか」

「まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供ね。もう少し静かに歩けないのかしら」


義手を扱えない事を見抜いていたピグマリオンと、いつも通り呆れ顔で文句を言うセロス。だが二人とも目が覚めた忍を見てどこか嬉しそうだった。


「うるさくて悪かったな! お前にはこの気持ちは分からないだろうよ! って違う! こんな事言いに来たんじゃねぇや。二人とも、改めてありがとう。なんか、夢みたいだ」

「あら、珍しく素直ね気持ち悪い」

「お前は一言余計なんだよ!」


息を吐くように毒を吐くセロスだが、忍も段々それに慣れてきて最初ほど気にならなくなってきた。


「こちらこそだよ忍くん。それに、その言葉は腕を動かせるようになったらもう一度聞かせてくれ。まだ動かせないのだろう?」


そう言ってニヤリと笑ったピグマリオンは、ついてきてくれと言って外へと向かった。

クエスチョンマークを頭に浮かべながらもとりあえずついていくと、家の周りには当たり前のように木々が広がっていた。


(外に出て何するんだ? リハビリにしたって家の中で出来そうなもんだけど)


ピグマリオンはそのまま家を半周すると、裏庭にある一本の大木の前で立ち止まった。


「その義手だが、実は動かすのにマナの操作が必要なんだ。まず、マナがなにかわかるかい?」

「うーん、なんとなくは……多分、魔法とかの元になる力みたいな? 魔力みたいな?」


かなりふわっとした回答だが、どうやら正解に近いらしくピグマリオンは満足気に頷いた。


「うむ、まあ大体そのような認識であっているよ。マナは人間なら誰でも持っているし、異世界の使徒とて例外ではない」

「……じゃ、じゃあ俺も魔法とか使えるってことか!?」

「訓練すれば勿論使えるようになる。だがその前にマナについてもう少し深く説明しておこう」


ピグマリオンはそう言うと、驚くことに人差し指で空中に白く輝く文字を書きはじめた。

唖然としている忍をさしおいて、どんどん文字を書いていく。


火水風土光闇とそれぞれ違う色で書かれたそれは、ファンタジー系のアニメでお馴染みの属性というやつだ。


(すげえ、空中に文字が……まじでファンタジーだ)


ピグマリオンはおほん、と咳払いをして、


「まず基本属性はこの六つと無属性だ。他にも特殊な属性はあるがそれは一先ず置いておこう」


淡々と説明会を始めたが、時折用語に合わせた魔法を実演し、忍の集中が切れないように粋な計らいをして見せた。


属性の説明を纏めるとこうだ。

火は風に強く水に弱い。

水は火に強く土に弱い。

風は土に強く火に弱い。

土は水に強く風に弱い。

光と闇は全ての属性に有効だが互いが弱点でもある。

一度に言われるとややこしいが、各属性に有利不利があると認識していれば問題ない。


無属性に関しては攻撃や防御に使えなくもないが、今のピグマリオンがしているような日常のちょっとした事や転移などに使われている。

このように大体は忍の知っているアニメ等でのテンプレと一致していた。


肝心の魔法を扱うにはまずマナを感知する所から始めなければならない。

そして感知するにあたり手っ取り早いのが、他人のマナを体内に入れる事だ。


他人のマナを入れる事によってその感覚を覚え、自身のマナを感じ取る。

言葉にすると簡単だが、実際はかなりの危険も伴う行為だ。

マナの操作が覚束無い人間が他人にマナを入れると、両者のマナが反発しあい暴発する恐れがあるのだ。


故にそれなりの実力者がいないとこの方法はできない。

幸いこの場には元宮廷魔導師のピグマリオンがいるので忍は運がいいとも言える。


「さて、早速マナの感知に入ろうと思うが心の準備はいいかな」


空中に浮かばせていた文字達を霧散させ、目を輝かせている忍に聞くと二つ返事で了承した。


「ああ! いつでもいいぜ!」

「ではそこでじっとしてなさい。動くんじゃないぞ」


忍はゴクリと生唾を飲み込み頷くいた。

ピグマリオンはゆっくりと忍の左胸──心臓の部分に右手を当てると、ピグマリオンの体が青白いオーラのようなものに包まれた。


そしてそれは右手へと集約されていき、徐々に忍の体へと伝っていく。


(これがマナ……温かくて、なんだろうすごい落ち着く)


ピグマリオンは数分間マナを送り続けた後に忍の胸から手を離すと、


「ふぅ、これくらいで十分だろう。もう動いてもいいぞ」


余程繊細な作業なのか、額にはじんわりと汗が滲んでいる。

対する忍はそんな事はなく、生まれて初めて触れたマナに感動している様子だった。


「なんか力が湧き上がってくる感じだ」


忍は万能感に近いものを感じていて今ならなんて出来るような気がした。


「それがマナだ。慣れればその感覚も当たり前になる。さて、私のマナが消える前に適性検査をしよう。専用の器具はないが……この木の枝があれば問題ない──風刃ウィンドカッター


ピグマリオンは大木の枝に手をかざしそう唱えると、手のひらから具現化した緑色の風の刃が放たれた。

シュッと風切り音を鳴らすと、いとも簡単に枝を切り落とした。


「す、すっげぇ……」


なんとも幼稚な感想ではあるが、人間本気で驚いた時にはペラペラと喋れないものだ。

ピグマリオンはその枝を拾うと、忍に差し出した。


「この木はマナの影響を受けやすくてね。ざっくりとだがマナに含まれるほんの僅かな属性を感じ取るんだ。さあマナを……力を込めるように念じてみなさい。それで得意属性がわかる。例えば風なら──このようになる」

「うわっ、切り傷……?」


ピグマリオンが木の枝にマナを込めると、一瞬にしてナイフで切りつけたような複数の傷がついた。

それを見た忍は、どうしようもないくらいの期待感に胸を膨らませながら枝を受け取った。と、言っても腕が動かないので座り込み、足の裏で枝を挟むような形になってはいるが。


少々アホくさい体勢だが、これはもう仕方ないとしか言えない。


(よし、俺もやってやる! 何が得意属性なんだろ。出来れば火とか水がいいな)


何故か、と言われれば地球で日常的に触れていてイメージがしやすいからだ。風土光闇も勿論日常で触れてはいるが、どうもイメージがしずらい。


(えっと、力を込める……? 血を集めるみたいな感覚か……? あ、なんかいけそう)


目を瞑り木の枝を挟む両足の先端に、全身の血液を集中させる感覚。すると、何となくだが手応えあった。


「……これは?」


目を開けてみると枝の右側は焦げ付いている。

そして左側は、なんと折れた先から新たに木が成長し、ほんの少しだが葉が生え始めている。


ピグマリオンはそれを見ると少し驚いたように目を開き、


「二属性とは珍しいな。どうやら君の得意属性は火と治癒らしい」

「火は分かるけど……治癒って?」


先程の説明になかった単語が早速出てくるとは思わなかったのか、条件反射で聞き返した。


「うむ、それなりに貴重だが特殊属性の中では数が多いが治癒魔法というのはかなり便利な属性だ。需要も高いし何より役に立つ」

「治癒属性……俺が……」

(神様も随分皮肉を効かせてくれるもんだな。この腕は治らないのに治癒属性だなんて)


本来なら二つの得意属性を喜ぶ場面だが、あまり素直には喜べなかった。治ることのない腕を見て小さくため息をついた。

そんな複雑な心境を察してかピグマリオンは、明るい口調で、


「ん? 私の授けた腕が気に入らないのか?」


覗き込むようにそう言うと、忍は慌ててそれを否定した。


「──ッ! ち、違う! そんな事ない。ただ、ちょっと複雑なだけさ。俺はこの腕が気に入ってるんだ」

「まだ動きもしないのにか? くく、冗談だ。そろそろマナの操作に入るとしよう。いつまでもぶら下げているだけでは勿体ないからな」




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