第5話 亡国の宮廷魔導師と自動人形


「なんだって?」


そう声を裏返して聞き返したのはほかでもない忍だ。

目の前のどうしようもないくら位美しい少女が、人ではないとピグマリオンは確かにそう言った。


チラと改めてセロスを見ても、やはりそれが事実だとは思えない。

赤い瞳も陶器のように傷一つない肌も、繊細な髪もそのどれもが彼女を人間たらしめている。


これが人形なら、自分だって人形かもしれないと思うのも不自然ではなかった。


「おかしいわね。取れているのは腕だけなはずだけれど……その耳は飾りなのかしら」


忍の視線に気付き、呆れ顔でそういうセロスだがそれさえも人間らしい。


「いやだって、人形? お前が? んなばかな」

「本当だよ、正確には自動人形と言ってマナを動力源にして動いているんだよ。確かに見た目は人と変わらないから君の気持ちも十分に分かるがね」


このピグマリオンという男が嘘をついているようにはとても見えない。

これが地球ならば、そういう設定なのだと割り切って話に乗れるが残念ながらそうではない。


ここは忍の知る世界ではない。アニメや漫画の世界と酷似して世界ならあるいは、そういう技術もあるのかもしれない。


とりあえずはそういう事にして、呑み込んでおいた。

するとピグマリオンは「そろそろ」と付け足して話を続けた。


「君の名前を教えてくれないかな」


その言葉を聞いて、忍は自分が自己紹介すらしていない事に気付いた。

恩人にそれは失礼だと思い、慌てて口を開く。


「あ、悪い。俺は片野忍だ。気付いたらこの世界に召喚されちまって……その時に腕も……なあ、身体欠損リバウンドってなんなんだ? なんで俺がこんな目に」

「キャンキャン喚かないで。順に説明するわ。ピグマリオンが」


言いかけた忍の言葉を遮ったのはセロスだった。

二人ともどうやら召喚魔法や身体欠損については知識があるようで、丸投げされたピグマリオンはコーヒーを啜るとため息をついて、


「やはり使徒だったか。そこら辺も踏まえて説明するとしよう──」


ピグマリオンが始めたこの世界や召喚魔法の話は、よくあるファンタジー過ぎて最早どこかで聞いた事がある内容だった。


要約するとこうだ。

まず、この世界はエザフォースと呼ばれている。

数十年前から大小様々な国で戦争が勃発し、戦争で勝つため異世界からの使徒を召喚する国もあるとの事。忍の召喚されたイリオス王国がまさにそれだ。


異世界から召喚された者を使徒と呼び、召喚に成功した使徒は絶大な力を誇ると言われている。

更には面倒な言語の違いや文字の理解などの術式も組み込まれており、忍がそこら辺で躓かなかったのもそのおかげだ。

しかしながら召喚の成功率は低く、十パーセント程だ。

忍を含むほとんどの使徒は召喚に失敗している。


次元の移動に肉体が耐えきれずに消滅してしまうのが身体欠損と言われているが、これも推測の域をでない。

ただ、それでも忍は運がいい方で腕だけではなく召喚の際に肉塊と成り果てる使徒も少なくない。

戦争の為とはいえ、非人道的行いだ。


身体欠損リバウンドした大半の使徒は天恵を発現する事がないと言われている。

ほとんどがすぐに廃棄されてしまう事からそう言われているが、実の所この情報はなんの確証もない。


そしてこの廃棄の森は、イリオス王国の領土ではあるが極めて危険な魔獣や魔物が闊歩する禁足地なのだ。


「ならなんで、ピグマリオン達はこんな所にいるんだ?」


当然の疑問だ。そんな超危険地帯にわざわざ身を置くなんて正気の沙汰ではない。


「……六十年前の話だが、私はある王国で宮廷魔導師として生活していたんだ。もうその国は滅んでしまっているがな」


宮廷魔導師と言えば、あまり知識のない忍でもそれが如何に高い地位なのかは理解出来た。

忍は驚きながらも口を挟むことなく、そのまま聞く姿勢を保った。


「当時、私には婚約者がいてな。ガラティアと言う名の美しく聡明な女性だった。誰にでも優しく、貧しき民の為に私財を投げ、私などには勿体ない本当によく出来た婚約者だった……」


ピグマリオンは優しい顔つきで最愛の女性、ガラティアの事を語り始めるがその目の端には薄らと涙が浮かんでいた。


それなりの貴族だったガラティアは国民からの支持は絶大だった。民を重んじ貧しきを救う、まさに貴族の鏡だ。

そんなガラティアに不運が訪れたのは、隣国との戦時中だ。


侵入してきた隣国の魔術師から拷問を受けた。駆けつけたに入ったピグマリオンのおかげで命は助かったものの、四肢を失ってしまったのだ。


それを嘆いたピグマリオンは義肢を制作するにあたり、マナを動力源としている自動人形オートマタの分野に没頭し十年の歳月を費やした。

負傷などの多くは治癒魔法で解決できるエザフォースでは、神経や筋繊維などの結合技術など皆無。切断程度なら治癒魔法で何とかなるが、消滅してしまった部位を復元する事は条件が揃わない限り難しいのだ。


自動人形オートマタを造り、その一部を義肢として付けるしか方法はない。


やっとの事で自動人形オートマタを完成させたピグマリオンは、急いでガラティアの元へと向かったが、ガラティアはそれを見届けるとそっと息を引き取った。


心の支えを失ったピグマリオンの精神は簡単に崩壊し、あろう事か今度はガラティアの遺体を元に自動人形オートマタを造る事にしたのだ。

この時にはもう彼は狂っていたのかもしれない。あるいはガラティアが亡くなるずっと前から──


当時、王はピグマリオンを哀れみ擁護し続けたが数年後その王国は戦争に負け滅んでしまった。

以来、行くあてをなくした二人は誰にも邪魔されない禁足地である、廃棄の森でひっそりと暮らしているのだ。


「……」


あまりにも悲惨すぎる話に忍はかける言葉を失っていた。

訳あり位には思っていたが、想像を絶するような話であり、そんな事をズケズケと聞いてしまった自分に腹が立った。


だが当の本人は全く気にしている様子もなく、コーヒーを飲んでいた。


「さて、私のつまらない話などこれくらいにして君に提案があるんだが」


コーヒーを飲み終えカップを置くと、ピグマリオンは真剣な表情で忍を見てそう言った。


「提案?」

「ああ。セロス、悪いがアレを持ってきてくれないか」


セロスは返事もせずに、外へと出ていくと少しして戻ってきた。

それも布に包まれた大きなものを抱えて。


テーブルの上にそれを置くと、そっと被せてある布を捲った。


「これは……」

「ガラティアのために造られた自動人形オートマタよ。見ての通り起動はしていないわ。頭の悪い貴方でも、これから何を言われるかわかるわよね」


そこにはセロスとは全く異なる自動人形の姿。

髪もなく、まるでマネキンのようだ。

目を開いてはいるが動く気配はなく、どことなく不気味な印象を受ける。


人間と間違えるような事はないだろうが、限りなく近い代物だ。


「私なら──君に腕を授ける事が出来る」


横たわる自動人形を懐かしそうな表情で見てそっと頭を撫でた。

若き日の苦悩と努力の結晶を忍に譲ると、確かに彼は言った。


「でも俺なんかに……? わかんねぇけど、コレはきっとあんたの大切なものだろう? だってこれは──」


亡き婚約者のために造ったもの。忍が口にするには重すぎる言葉だった。

義手とはいえ、彼の提案は忍にとって非常に有難い話だ。

しかし、あんな話を聞いた後ですぐに頷ける程忍は浅ましい人間ではない。



「私はね、間違ったのだよ忍くん。こんなものを造るより、彼女との時間を大切にするべきだった。わかっていたのだ、彼女の命が長くない事は。私が本当に作るべきものは、自動人形オートマタではなく彼女との時間だったのだよ」


一筋の涙を零したピグマリオンの後悔は、忍程度が共感できるほど軽くはない。

ピグマリオンはきっとガラティアを失くしたその日から今日まで、その後悔を胸に生きてきたのだろう


「それに、これに愛着がない訳じゃない。だが私の寿命もそう長くはないだろう。あと数年……いや、もっと短いかもしれない。寿命が尽きる前に、あの十年は無駄じゃなかった事を証明したいのだ。哀れな老人のわがままだが……忍くん、どうか付き合って貰えないだろうか」


いつの間にかピグマリオンの提案は、懇願に形を変えていた。

この話を受ければ自分もピグマリオンも報われる。それは忍も分かっている。


それをこうして目上の人間が頭を下げているのだ。

断る理由など何処にもない。


「俺でよかったら……いや、違うな。ピグマリオン、よろしくお願いします」


忍はピグマリオンの前に立ち深く頭を下げた。


「ふん、残念だわ、言い直さなかったら貴方の粗末な物を蹴り上げてやろうと思ったのに」


それを見ていたセロスはつまらなそうに足をプラプラさせて遊んでいた。

それを聞いた忍はハッと股間を抑え何が、とは言わないがヒュッと上がったような気がした。

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