第7話 お師匠様


それから三日後、忍は時間さえあればピグマリオンの教えの通りマナを操作する為の訓練に没頭していた。

座禅を組み、目を閉じて不要な情報を全て遮断している。


あの日はピグマリオンのおかげもあって、一時的にマナを枝に込めることが出来たが、自力で行うのは思っていたよりもずっと難しかった。

ちなみに今日までの三日間、義手はピクリとも動いていない。


マナを感じる所までは出来るが、その先の操作という点で難航していた。


(くそ、全然出来ない。この三日間まるで進歩がねぇ)


バタリとそのまま後ろに倒れ大の字に寝転がる。


「集中力がまるでないのね貴方。どうせ大して進歩してないんでしょう?」


上から覗き込む……いや、この場合見下すが正しい表現だろうか。とにかく、大の字に寝転がっている忍の痛い所をついてきたのは他でもないセロスだった。


「本当にいついかなる時も容赦ないよなお前。一周回って嫌いじゃないぜ」

「……貴方、そういう性癖だったのね。私ったら知らぬ間に貴方を快楽漬けにしてしまっていたのね。そこは謝罪するわ。ごめんなさい」


と、無表情でまくし立てペコリと頭を下げようとして結局やめた。

理由はどうであれ、忍に頭を下げるという行為が許せないらしい。


「色々歪みすぎじゃねぇ!? はぁ……で? 三日間進歩のない無様な俺に、完璧美少女さんが一体なんの用だよ」


忍は皮肉たっぷりに言ったつもりだが、どうやらそのままの意味で受け取ったらしいセロスはご満悦だった。


「ふふ、貴方みたいな人にでもそこまで言われると気持ちがいいわ」

「多分俺の精神はいつか滅びるぞ」

「ああ、それと無様な貴方に助言をしにきてあげたのよ」

「……助言?」


怪しい。どうにもおかしい。セロスがわざわざ自分に助言をしに来るなど信じられない、と言った失礼極まりない表情で聞き返した。


「貴方、何を意識してるのかしら。どうせ腕を動かす事しか頭にないのでしょう?」

「ぎくぅ!? な、なんでそれを……でも、腕動かすのに逆にそれ以外何を意識するんだよ」


当然と言えば当然の反論だ。腕を動かしたいのに、脚を意識する人間などいない。


「馬鹿ね、貴方が操作するのはマナよ。最初から普通に腕を動かそうとして出来る訳ないじゃない。マナは血液と一緒で心臓から全身に伝達されるものよ。貴方が意識するべきは腕じゃなくて、心臓よ。わかったら試しにやってごらんなさい」

「心臓……」


珍しく、というより初めてまともなアドバイスを貰った気がした。

確かに彼女の言うとおり、良く考えればマナの操作をするに辺り腕はあまり関係ない。


ばっと起き上がって再び座禅を組み、目を瞑った。


(腕じゃなくて心臓……心臓から肩に送るイメージか)


心臓を意識し始めて数分が経過した時だった。

ピクリと、微かに肩が動いた。そこからの進歩は早かった。


肩が動き、肘が曲がり、そして自在に指を動かした。この時、忍は完全に義手を操る事に成功した。


「で、出来た! 動いた!」


信じられないと言った様子で、手を握っては開きを繰り返しそれを嬉しそうに見ている。


「ふん、これくらい初日にできて当然よ。後はそれを無意識に出来るようにしなさい」


尖った口調ではあるが何処か嬉しそうなセロス。

確かに彼女の言う通り、意識的に出来たとしても日常生活を以前と同じレベルでは送れない。

無意識で、それこそ本当の腕と同じように動かせるまで練度を上げる必要がある。


しかしそれは一朝一夕で出来ることではない。後は時間をかけ日々の訓練を行うしかないのだ。


それは忍とてわかっている。だがそれを考慮したとしても今は飛び跳ねたいくらいに嬉しかった。


「セロスありがとう、お前のおかげだ! はは、腕が動く! ほら、見ろよこれ!」


無邪気な笑みを浮かべてブンブンと腕を振る姿を見て、セロスは呆れた顔で、


「嬉しそうで何よりね。ピグマリオンを呼んでくるから少し待っていなさい。あと……しれっと呼び捨てにしないで貰えるかしら。そこまで気を許した覚えはないわ。様をつけなさい」

「いやそれはさすがに大袈裟なんじゃ……って聞いてないし。でも、まじでサンキューな」


スタスタと美しい姿勢で歩くセロスの背に、改めて礼を言った。


すると、セロスはすぐにピグマリオンを連れて戻ってきた。

話は聞いているのだろうがピグマリオンに驚きの表情はなく、寧ろやっと出来たのかと言った表情だ。


「改めて、どうだその腕は」

「ああ、生まれ変わった気分だよ。最高だ! 義手なのに全然違和感がねぇ……本当にすげぇよこれ」

「そうか、これで私も少しは報われたよ。さて忍くん、早速だが君は──その腕で何を成すつもりだ」

「え? なにって……それは……」


あまりにも真剣な彼の問いかけに、即答する事が出来なかった。


イリオス王国でのあの時の事が脳裏を過ぎる。

忘れていた訳ではない。心の奥の更に奥で復讐の炎は息を潜めていただけだ。


訳も分からず連れてこられ、気付けば両腕はねじ切れていた。監禁までされた挙句、失敗作だと罵られゴミのようにここに捨てられた。

あの時の無機質な人間の目を忘れられるはずがなかった。


しかし、それをこの二人に伝えてもいいのか迷っていた。

二人は大恩人であり、ピグマリオンに至っては大切な自動人形オートマタの一部を授けてくれたのだ。

その腕で復讐を果たすなど、軽々しく言えるものではない。


そしてそれをピグマリオンは勘づいているようにも思えた。


「俺は……」


復讐を果たす。たった一言。

それなのに忍の喉はそれ以上を許さなかった。


「私はね、復讐は何も生まないなんて綺麗事を言うつもりはない」

「え──?」


心の内を読まれているとは思わなかった忍は、間の抜けた声を出した。


「寝言で恨み言を言っていたの知らなかったのかしら? でもまあ貴方の境遇を考えれば、復讐を考えるのも当然ね」

「まじかよ……なんか、悪かったな」


他人の恨み言を聞くなどいい気分はしないだろう。それを半強制的に聞かせていたなんてとんだ迷惑行為だ。


「罰と言うのは罪を犯した者の為にある。復讐とはある種の断罪だ。臆することはない。恥じることもない。他人に何を言われたとて気にする必要はない。もう一度聞こうか忍くん。君はその腕で何を成す」


ピグマリオンは真剣な眼差しで忍を見据えた。

ふと、彼の目の奥に小さな炎を見た気がした。


(ああ、そうか。ピグマリオンも俺と同じで理不尽な運命を呪ってるんだ)


彼の受けた理不尽は、ある意味では忍よりも遥かに重く、残酷なものだ。

何十年経とうが、復讐の炎は消えていなかった。


ピグマリオンはもしかすると、ガラティアを失ったその時から彼の時間は止まっているのかもしれない。

そしてそれはきっと、生涯動き出すことなどないのだろう。


重みのあるピグマリオンの言葉に忍は怯むどころか、背中を押された気がした。

真っ直ぐ彼の目を見て、


「アイツらが許せない。俺がこんな目に合ってるのに、平気な面して生きているのが許せない。ゴミを見るような目が、毒を吐く口が頭から離れない。放っておけばきっと次の犠牲者だって……いや、それは嘘だ。どうでもいい。俺は俺のために、この復讐をやり遂げたい」


思い返すだけで頭がおかしくなりそうだ。

あの時の苦痛はきっと死んでも忘れられない。魂に刻まれた苦痛だ。

解放される為には、根源を絶たなければならない。


「そうか、なら次は君に力を。少々時間はかかるが、きっと君の復讐の役に立つ」


ピグマリオンは忍の答えに満足したのか少し微笑んでいた。


「力……? 」

「君に魔法を教えようと、そう言っているんだ。こんな老いぼれだが、元宮廷魔導師だ。力は衰えたとて知識は寧ろ増えている。魔法の師としては申し分ないと思うがね。どうだろうか」


確かに、元とはいえ国随一の実力を誇った彼ならば、全くの素人でもそれなりの仕上がりにする事は出来そうだ。

ピグマリオンがそう提案すると、セロスが一歩前に出て、


「申し分ない所か、世の人間が羨む事だわ。これは貴方には勿体ない位の幸運よ。さっさと返事なさい」

「お、お願いします!」


決してセロスの勢いに圧された訳ではない。魔法を教えてくれるというその事実が嬉しかったのだ。


復讐は復讐として、他は他。随分切りかえが早いが、人間などこんなものだろう。

こうして忍はピグマリオンに弟子入りしたのだった。

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