第18話 日記再び
大神殿から帰ってきて以降、私は怠惰な日々を過ごしていた。
なんだかもう気が抜けちゃって。
ごはんもおやつも美味しいし、神殿内は自由に過ごせるし、この世界の本も読み放題だし、身の回りのこともやってもらえるし、快適。
だけど、ちょっと退屈なんだよねえ。
オリヴィアの気持ちがわかるとは言わないけど、暇だから刺激を求めてろくでもないことをしていた部分もあったのかなと思う。
ああ、スマホが欲しい……。
少し早いけれど、もそもそとベッドにもぐりこむ。今日も何もせず終わった……。
ナイトテーブルに手を伸ばして、そこに置いてある球体に触れる。灯かりがふっと消えた。
このタッチセンサーライトは大神殿でもらったお土産で、聖なる力が宿った聖具。安眠ももたらしてくれるのだとか。
ほかにも扉のところに掛けてある魔除けのお守りに、私が今身に着けている双子石の聖石。これはルシアンがもう一つ同じものを持っていて、私の体調に急激な変化が起きたらわかるのだとか。
ある日突然魂が抜けちゃったりするかもしれないしね……。
ルシアンも聖皇から大量にお土産をもらっていたようだし、遊びに来た孫に大量のプレゼントを渡すおじいちゃんみたいだと密かに思った。
そういえば、ルシアン。
私にかけた誓約魔法は、死ぬ魔法じゃないって教えてくれた。
少しの間しゃべれなくなるだけだって。
抗議したら、聖女が死ぬような魔法をかけるわけないでしょう、私が困るだけですから、と笑顔で言い放った。
腹立つわぁ……。
でもそれ以上抗議できない小心者な私。
もう寝てしまおうと目をつむったけれど、ふっと部屋が明るくなった気がして目を開ける。
チェストに目をやると、その引き出しから青い光が漏れていた。
って、あー! 忘れてた!
オリヴィアと交換日記してたんだった!
そうだ、ルシアンに言おうとした途端にこのことを忘れて……これが制約魔法の効果だったのかぁ、ぐぬぬ。
みんな私に好き放題魔法かけすぎじゃない?
とはいえ、日記は気になる。
私は日記を手に取ってソファに掛け、おそるおそる開いた。
『ご機嫌よう、桜井織江さん。
元気に過ごしているかしら?
退屈で仕方がないんじゃない?
そうそう、あなたはアナイノのプレイヤーだったのね。驚いたわ。
実はあのゲームの製作者の一人が私なの。
体の持ち主がもともとそういう仕事をしていたのよ。
私一人で作ったわけじゃないし、キャラデザはあまり似ていないでしょうけど。』
えー!?
オリヴィアがこの世界をもとにアナイノを作ったの!?
どうりで……。
つまり、ここは異世界ではあるけれど仮想の世界ではなかったということ。
ただ、私が憑依したこととアナイノは無関係なんだろうか? 出来すぎているよね。
『ところで、そちらと日本には、次元的につながりがあるようなの。
私が日本に逃げて来られたのもそのためよ。
思いがけない事態で日本人に憑依することになったけど、私は自由を満喫しているわ。
こちらは本当に楽しくて、絶対に戻りたくないわね。』
日本に逃げた?
『ルシアンを信用するなということだけど。
あいつが、私を殺したのよ。
もしかしたら、あなたには自殺とか都合のいいように言っているかもしれないけど。』
……えっ。
どういう、こと?
ルシアンが……オリヴィアを殺した?
『危機を感じていた私は、少しずつ体から魂に神力を移していったの。
ごめんなさいね、そのせいで体の神力はほぼ空よね。
でも、生き延びるにはそうするしかなかったのよ。
ごめんなさい、今回はここまで。』
日記はそこで終わっていた。
心臓がどくどくと嫌な音を立てる。
ルシアンが、オリヴィアを殺した? そんな馬鹿な……。
ああもう、もうちょっと肝心なところをしっかり書いてよ。これじゃあ何も判断できない。
ルシアンの言っていることが本当だった場合。
理由は不明だけどオリヴィアは自殺し、その空になった体に私がなぜか入り込んだ。
オリヴィアの言っていることが本当だった場合。
ルシアンに狙われていると悟ったオリヴィアが、肉体から魂に神力を少しずつ移し替えていた。そして彼に殺されたときに魂だけ日本へと逃げた。私が体に入り込んだ経緯はまだ不明。
オリヴィアの言っていることのほうが具体的だけど……。
でも、本当にルシアンはそんなに悪い人だろうか。
いくらオリヴィアを嫌っていたとしても、彼が聖女を殺す?
神殿のことを誰よりも考えていると聖皇が言っていたのに。
それに……あくまで主観だけど、どうしても彼のことを悪い人だとは思えない。
一方のオリヴィアは、嫌われまくっていたことを考えると素直に信用するのは難しそうな性格。
だとしたら、私に嘘をついているの? なぜ?
ルシアンに相談できれば早いんだろうけど、制約魔法を受けているからそれもできない。
別の人にオリヴィア死亡の経緯を聞こうにも、ルシアン以上に知っている人がいるとは思えないし、また制約が発動してしまうかもしれない。
仕方がない……もう少しオリヴィアから詳しい話を教えてもらおう。
『どうしてルシアンは聖女であるあなたを殺したのですか?
そして、私はどうして聖女オリヴィアの体に憑依してしまったのですか?
アナイノをプレイしたこととは無関係なのでしょうか』
質問を多くしすぎると肝心の部分への返信が薄くなりそうだから、今回はこれだけにしておいた。
文字数が少ないせいか、前回よりも疲労感が少ない。
とりあえず、返信を待とう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます