第17話 やっぱり美人に弱いらしい


 大神殿の夜は、静かだ。

 会話の少ない重苦しい晩餐の時間も終わり、今日泊まる立派な部屋に案内された。

 ソファに座ってボーッとするけれど、落ち着かない。

 慣れない場所とあの神託のせいだろう。

 考えれば考えるほど息が詰まりそうで、少し外の空気を吸いたくなる。

 扉を開けると、少し離れた場所に立っていたアルバートが駆け寄ってきた。


「聖女様。何かありましたか」


「……外の空気を吸いたくて。少し散歩することはできませんか?」


「承知いたしました。お供いたします」


 案外あっさりと認められた。

 不思議そうな顔をしていたのか、彼が少し笑う。


「大神殿の敷地内ならどこよりも安全なので、聖女様が散歩することを望んだ場合はそれに従えとルシアン大神官様が仰っていました」


 ルシアンが?

 もしかして沈んだ顔をしていたのがばれてたのかな。恥ずかしい……。


 外に出て、ひんやりとした空気を肺いっぱいに吸い込む。

 聞こえてくるのは、私と後ろを歩くアルバートの足音、チャプチャプという湖の波の音。

 少し、心が落ち着いた。

 美しく整えられた石畳の上を、ゆっくりと歩く。

 中央神殿と違ってここの庭園は花壇がわずかにある程度で、花や木が少ない庭園というのは寂しいものだと思った。

 計算し尽くされたように整ってはいるんだけど、無機質な印象を受ける。

 昼間はきれいだと感じた湖も、夜だと真っ黒で不気味。でも、やけに惹かれる。

 なんだか吸い込まれてしまいそう――。


「聖女様」


 後ろから声をかけられて、足を止める。

 振り返ると、アルバートが心配そうな顔をしていた。


「あまり湖に近づかれませぬよう。危険です」


「ええ」


 湖から少し離れて、ベンチに腰掛ける。アルバートがベンチの脇に立った。

 夜空を見上げたけれど、今日は雲がかかっていて星はあまり見えない。

 ぼんやりと月がにじんでいて、泣いているみたい。


「……聖女様」


「はい?」


「ヴィンセントの件、大変申し訳ありませんでした。そして、聖女様のご恩情に心よりお礼申し上げます」


「礼など不要です。罪にふさわしい罰を科しただけですから」


「私自身も団長としてあるまじき振る舞いでした。私含め、二度とあのようなことがないよう徹底いたします」


「ありがとう」


 口元に浮かぶのは、少し苦い笑み。

 この人もまた、おそらく私を嫌っていた。

 でも、それも仕方がない。聖騎士だって人間だもの。事情を知れば、その感情は理解できた。


 彼から顔をそらして、正面を向く。

 何か言いたげな気配を感じて、再度彼の方を向いた。


「他にも何か話したいことが?」


「……大変失礼いたしました。私のような者に対してそのように丁寧に話していただくのが申し訳なくて」


 申し訳ないというか、不思議に思っているんだろうなと思う。

 私が今までのオリヴィアとあまりに違うから。

 でも、彼がそれをはっきりと言うことはない。控え目なのはもともとの性格か、聖騎士団長という立場にあるからなのか。

 じっと彼を見つめていると、彼が戸惑ったように視線を下げた。


「私が以前とは違うと言いたいのですね」


「……それは……」


「人は死に瀕すると変わると言います。私が仮死状態だったことをあなたは知っているでしょう」


「……はい」


「この世に甦り、思ったのです。この人生を大切に生きようと。そのためにも、子供のようにわがままに振る舞うのはやめることにしたのです」


「聖女様……」


「話し方もその決意の表れです。あなたたち聖騎士とは心の距離を置くという意味もあります。以前のようなことはもうありませんので、安心してください」


 もう二度と、聖騎士を物色しに行ったりしません。誘惑したりもしません。

 私は聖女、あなたたちは聖騎士。ただそれだけの関係。

 それを伝えたんだけど……なんでちょっと落ち込んだ顔をしてるの!?


「聖女様がそれをお望みならば」


「ええ。それを望んでいます」


 言い方が冷たいかな、と思うけど、聖女に可能性はもうないのだと伝えたかった。

 それに、彼は攻略対象だけど攻略を目指すつもりはない。

 できれば良好な関係でいたいけど、好意を持たれる必要はない。今は恋愛どころじゃないし。

 そもそも、秘密を抱えながら人と深く関わるのは危険すぎる。

 

「聖女様のお気持ちはわかりました。ですが、私は聖騎士団長。聖女様をお傍近くでお守りすることだけはお許しください」


「もちろんです。これからもよろしくお願いします」


 そろそろ部屋に戻ろうと腰を浮かせると、彼が手を差し出してくれた。少し躊躇ったけど、自分の手をのせて立ち上がる。

 肉刺まめだらけの大きな手。きっと彼が聖騎士団長という地位を手に入れるまでには、たくさんの努力や苦労をしてきたんだろう。

 それはヴィンセントも追放されたレンもきっと同じ。

 私の行動や言葉一つで、彼らは簡単にその人生を変えられてしまう。

 少なくとも私がオリヴィアでいる間は、気をつけていかなきゃ。


 オリヴィアで、いる間は――


 先ほどの神託を思い出して、恐怖にとらわれそうになる。

 それを心の中で振り払って、彼から手を離そうとした。

 けれど、彼が私の手を軽く握ってそれを止める。


「アルバート卿?」


「お顔の色が悪いです。それに、少しふらついていらっしゃいます。ご迷惑でなければ少しの間、エスコートさせてください」


 エスコートだなんて。貴族の令嬢にでもなった気分。

 そういえば彼だけ姓があるし、貴族出身だったりするのかな?

 どことなく品があるし。


「ありがとう」


 断るのも申し訳ないので、そう言っておとなしく彼に手を引かれる。

 ルシアンやアルバートにすぐに気づかれるくらい、落ち込んだ顔をしてたんだ。だめだなあ。

 はっきりと死の宣告をされたわけじゃないんだから、あまり落ち込まないようにしなきゃ。

 それに、冷静になって考えてみれば、聖皇は私が死ぬという神託だとは思っていないのかもしれない。

 もしそうだったら、オリヴィアは戻らない、私に他人にふりをする必要はないなんて言うはずがないよね?

 すぐ死ぬ私へのただの慰めだった可能性もないわけじゃないけど、神託には別の意味があるのかもしれない。

 でも、考えたって答えは出ない。

 きっとその時になって「あの神託はあれだったのか」と気づくんだろう。

 それなら、健康な体で生きていることを楽しまなきゃもったいないよね。

 元気を出して生きていこう。

 

 神殿の入り口について、足を止める。

 今度こそ彼は手を離すのを止めなかった。


「もう大丈夫です。ありがとう、アルバート卿」


「……私で力になれることがありましたら、いつでも頼ってください」


 彼が真摯な瞳で見つめてくる。

 心配してくれたんだろうな、と思うと、素直にうれしかった。


「ふふ、わかりました。ありがとう」


 微笑を浮かべると、彼が赤くなってうつむいた。

 あれ?

 ふっと、彼の横にウィンドウが現れる。


 名前:アルバート・ホーガン

 年齢:二十七歳

 職業:中央神殿聖騎士団長

 性格:真面目

 好みのタイプ:守ってあげたくなるような美人


 何かいらない情報が追加された。

 彼が美人に弱いのは前回の反応でも気づいてたけど、それにしてもちょっと惚れっぽそうな人だなぁ……。

 そういえばアナイノのアルバートって、攻略が最も簡単なキャラだった気がする。

 危ない危ない……彼の前では弱さを見せないようにしよう。


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