第16話 恐怖の神託
「緊張しなくても大丈夫ですよ。まずは、あなたに聖女としての役割を押し付けてしまっていることをお詫びします。突然のことで気持ちの整理もつかないままだったでしょうに」
聖皇の穏やかな声が、少しずつ緊張を解していく。
女神教で一番偉い人なのに、謝罪してくれるのも素直に好感が持てた。
「どうかお気になさらないでください。何不自由なく過ごさせていただいています。それに……もとは死んだ身です。こうして生きているだけでもありがたいんです」
「そのように言っていただけてありがたいです」
立場は聖皇のほうが上なのに、あくまで低姿勢なので戸惑ってしまう。
「もし可能なら、あと数年は聖女オリヴィアとして神殿に協力していただけないでしょうか。その後あなたが自由になりたいというのなら、こちらも環境や金銭面でできる限りのことはさせていただきます」
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
そう答えると、彼はほっとしたような表情を見せた。
私は一人で生きていく
聖女としての役割を終えた後のことはまだ考えていないけど、選択肢を与えてくれるのはありがたい。
「ルシアンのことで何か困ったことなどはありませんか? 彼は誰よりも神殿のことを考えてくれている分、少々強引なところがありますから」
たしかに強引だよね。
秘密を話したら死ぬ呪いみたいな魔法もかけられたし。
他人に話して困るのは私も同じだから話すつもりもないんだけど、今考えてもやっぱりひどい。
でも。
「いいえ、特に。気を遣ってくれています」
告げ口するのも気が引けて、なんとなくそう言ってしまう。
彼が、穏やかな微笑を浮かべた。
「心を凍りつかせてしまった彼も、あなたには少し心を開いているようですね」
「えっ? そうでしょうか」
色々と配慮してくれるし、少しずつ優しさを見せてくれるようになった気はするけど、心を開いていると言われるとそれもまた違う気がする。
「彼は……つらい出来事ですべてを失いました。そのときに神官として並ぶ者がないほどの力に目覚めたのですが、情動の少ない人間になってしまったようです」
そうだったんだ。
ルシアン、つらい過去があってあんな感じの性格になっちゃったのか。
そう考えるとなんだか気の毒だなぁ……。
「ですが、あなたといるときのルシアンの表情は、どことなく人間らしさがあります」
ふふ、と彼が笑う。
その瞳は優しくて、父性すら感じられた。
「そうだといいのですが」
「あなたは優しい方ですね。さすが聖女です」
どう答えていいかわからず、曖昧に笑う。
理由はわからないけど、聖皇は元のオリヴィアが戻ってくることではなく、私がこのままオリヴィアでいることを望んでいる。それだけははっきりと感じた。
「さて、あなたにここに残っていただいたのには理由があります。――あなたに対する神託を女神様からお預かりしたからです」
「えっ……」
私に対する、神託?
「対象を特定した神託が下されるのは非常に珍しいことです」
心臓がどくどくと激しく動く。
神託ってどんなことなの。もし偽物聖女に対する怒りだったら……。
「では、お伝えします」
聖皇が私の目をまっすぐに見つめる。
先ほどまでの穏やかな雰囲気は消え、厳かで、神々しささえ感じる表情だった。
『それぞれが、あるべき場所へと導かれるであろう』
「……?」
『歪んだ運命は正される』
その言葉にぎくりとする。
まさか歪んだ運命というのは、私がこの体に入り込んだこと?
それが正されてあるべき場所へ、ということは、オリヴィアの魂が戻ってきて私は……死ぬ?
体が小刻みに震えだす。
「聖皇猊下。この神託の意味は……」
彼はゆるゆると首を振った。
「私はただ女神様のお言葉を伝える者。特に個人に下された神託に関して、歪めて伝えることや私の解釈をお話しすることは決して許されないのです」
「……」
「私も女神様の制約を受ける身。どうかお許しください」
今度は私が首を振る。
わざわざ私宛に神託が下ったということは、私に伝えないという選択肢もなかったんだろうし。
女神もせめてもう少しわかりやすいように言ってくれたらいいのに。「お前は死んでオリヴィアが戻る」とか。それはそれで絶望するけど。
もしかして女神もまた制約を受けているのかな。
ああ、もうわからない。
私は……どうしたらいいんだろう。
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