第14話 ただ生きたい


 神力が、回復?

 どうしてわかったの……って、そういえばさっき馬車に乗るときに彼の手に触れた。

 彼は触れることで私の神力がわかるんだった。


「その程度の神力があれば鑑定くらいはできているでしょう」


 その言葉にぎくりと体が強張る。

 できるでしょう、ではなくできているでしょう、と言ったよね、今。


「時折不自然に他人の顔の横に視線をやっていますし」


 うっ!


「鑑定の話をしたときも『あー!!』といった顔をしていましたし」


 ううっ!


「私に隠し事をするとは、ひどい方ですね。ましてや神力にかかわることを」


 口元は笑っているけれど、目は笑っていない。

 怖い怖い怖い。


「す、すみません……言おうと思ったんですけど、なんというかその……」


「まあいいです。もう隠し事はしないでくださいね」


 にっこりと彼が笑う。

 私はひきつった顔でうなずくしかなかった。

 

「その調子で神力を取り戻していってくれるといいのですが。やはり神力はあるに越したことはないので」


「ルシアンは、“私が”この体に留まることを望んでいるのですか?」


「ええ」


「あ、扱いやすいからですか」


「それもあります」


 クスッと彼が笑う。

 トラブルばかり起こす聖女よりは、自分の言うことを聞く聖女のほうがそりゃいいんだろうけど。

 理由はどうあれ、私がオリヴィアであることを彼が望んでいるというのなら。


「あの、ルシアン」


「はい」


「それなら、オリヴィアを――変えていってはいけませんか?」


「変えていく、とは?」


 彼が私と目をしっかりと合わせる。

 アイスブルーの瞳がきれいだな、と場違いなことを思った。


「言動をオリヴィアに合わせようとすると、どうしてもボロが出てしまいます。私とオリヴィアはあまりに違うので」


「それはそうですね」


「だから、例えば眠っていた間に女神の意思に触れたとか、死に似た経験をしたことで人生観が変わったとか……そんな感じの理由で、オリヴィアは変わったのだと徐々に周囲に知らせていっては駄目でしょうか」


「……」


 彼が自分の口元を手で覆う。

 考え込むときの彼の癖。迷っているようだった。


「いつまで私がオリヴィアでいられるのか、正直なところわかりません。でも、この体が寿命を迎えるまでずっと私がオリヴィアのままなのかもしれない。それなら、ずっと作った性格ではいられません」


「……ずっとオリヴィアとして生きていく覚悟ができている、と思っていいのでしょうか」


「はい」


「なぜ?」


 なぜ、と聞かれるとは思わなかった。

 私の心の奥底まで見抜こうというような彼の視線を息苦しく感じて、視線を下げる。


「私は……ただ生きたいんです」


「生きたい?」


「自分が生まれ育ったのとは違う世界でも、体が他人でも、ただ生きてみたい。百まで生きたいなんて言いません。でも、いい人生だったなって少しは思えるようになるまでは、生きたい。でも、ずうっと他の誰かのように振る舞っていたら、“私”は生きていないのと同じかなって」


「……」


「そんな個人的なレベルの話をしている場合じゃないってわかってます。他人の体で自分の人生を生きたいなんて浅ましいことなのかもしれません。それでも……」


 私は何を言ってるんだろうと思う。

 ルシアンは、私がオリヴィアでいることを何よりも望んでいるのに。

 私は、オリヴィアの代役に過ぎないのに。

 彼がどういう顔をしているのか、怖くて隣を見られない。


「……短命だったゆえですか」


「そうだと思います。私……健康に生まれた人の人生を、うらやむばかりでした。私にも幸せな日はあったんだと思います。でも、いつまで生きられるのかなっていう思いがいつもあって」


 同じ境遇でも強く生きている人はたくさんいる。幸せを感じている人もいる。それはすごいことだと思う。

 でも私は弱い人間だった。

 健康に生まれたかった。

 普通に学校に通って、友達や彼氏を作りたかった。

 興味本位に覗いた他人のSNSは、あまりにも自分と世界が違っていてすぐに見なくなった。

 読んだ漫画や遊んだゲームに異世界が多かったのは、つらい現実から目をそらしたかったから。

 両親には感謝している。最期まで治療させてくれたんだから。

 でも、お父さんやお母さんを笑顔にするのは明るく元気な妹で、私はいつもつらい顔や悲しい顔ばかりさせていた。

 きっと私に愛情があったからだよね? でも……。


「生きたいというのは自然な気持ちです。特に、死に瀕すれば、何がなんでも生きたいと思う人は多いでしょう。そして若くして散ってしまったあなたの人生のその先を、この第二の人生で生きてみたいという思いも、決して悪いことではありません」


 予想外の優しい言葉に、胸が痛む。

 こらえきれず、うるんでいた目からぽたりと涙が落ちた。 

 彼が、無言でハンカチを差し出す。


「ごめんなさい、また泣いてしまって」


 ルシアンらしい飾り気のない白いハンカチ。

 あまりにきれいで使うのをためらっていると、彼がそれを私の頬にそっと押し当てた。

 驚いて彼を見る。

 相変わらず感情に乏しい表情をしているけれど、冷たい表情だとは感じなかった。


「別に謝る必要はありません。ただ、先ほどのあなたの提案は少し保留にさせてください。まずは聖皇の意向を確認しなくてはなりません」


「はい」


 もし、聖皇が私の魂を追い出してオリヴィアの魂を戻そうと言ったら。

 彼は、それに従うのかな?

 そんな考えが浮かんで、苦い笑みが浮かぶ。


 それでも、私の手の中になかば押し込まれたハンカチが彼の不器用な優しさの表れような気がして、胸が温かくなった。

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