第13話 大神殿へ
いよいよ今日、聖皇がいる神殿へと向かう。
早朝からメイド三人がかりで入浴や着替え、化粧を手伝ってもらい、それが終わる頃には出発前なのにクタクタになっていた。
メイ以外の二人は黙ってされるがままの私を訝しんでる様子だったので、申し訳程度に「時間がかかりすぎよ、疲れたわまったく」と言ってみたけど、謝罪をする二人はやっぱり不思議そうな様子だった。
準備の間じゅう文句を言っておいたほうがよかったのかな。まだオリヴィアらしさが足りていないらしい。
メイド二人は出ていき、私とメイだけになる。
仕上がりを確認するため大きな鏡の前に立つと、思わず声を上げそうになった。
「お美しいです、聖女様」
感嘆のため息をつきながら、支度を手伝ってくれたメイが言う。
鏡に映る自分を見ながら、何度もうなずきたくなるのをこらえた。
複雑に編み込まれたサイドの髪に、いつも以上に丁寧に手入れされたゆるく波打つ輝く金色の髪。
その上にごく薄い生地のヴェールを被り、繊細なつくりの額飾りで留めている。
白い衣装は、長いスカートの裾や袖口などに金糸の刺繍が施されていて、聖女の身分にふさわしく上質かつ上品。
細い首はサファイアらしき青い宝石のネックレスで彩られ、胸のすぐ下で結ばれた帯にも同じ宝石があしらわれている。
スタイルも完璧だし、本当に美人だなあと思う。
わずかに色づく程度に口紅を塗った唇を少し開くと、それだけでもう色っぽい。
鏡の中の姿に見とれていると、ノックの音が響いた。
メイが扉を開け、ルシアンが一歩部屋に入る。
「支度ができたようですね。よくお似合いです」
無感動に彼が言う。
美人が着飾ってもまったく心を動かされていない様子。
いや、頬を染めて見つめられても怖いけど。
「では行きますよ」
「ええ」
あ、そういえば神殿の外に出るの、これが初めてだ。
わー、楽しみ!
異世界モノのヒロインみたいに見知らぬ世界で自立して生きていこう! という度胸はないけど、外の景色は見てみたいもんね。
ルシアンに案内されるまま神殿の長い廊下を歩く。
ちなみにどこをどう歩いているのかすでにわからなくなっている。
やがて広いホールのような場所にたどり着いた。目の前には巨大な扉と、その扉を守るように立っている聖騎士。
その聖騎士たちは私の姿を見ると、頬を染めて目をそらした。
オリヴィアを見慣れていても、男好きの嫌われ聖女でも、上品に着飾って薄く化粧をした姿はやっぱり魅力的らしい。美人恐るべし。
彼らが開けてくれた扉の外に目をやると、美しい庭園とそれらを分断するように門へと伸びる石畳の道が目に入った。
「こちらへ」
ルシアンとともに外に出て、立派な馬車の前に立つ。
馬車の脇に立っていたアルバートが頭を下げた。
おそらく護衛をするのであろう聖騎士は彼を入れて五人。
ヴィンセントは……さすがにいない。まだ謹慎中だもんね。ちょっと安心。
「近くで護衛するのは我々五名ですが、別の聖騎士たちも少し離れてついてくるのでどうかご安心ください」
アルバートの言葉に、うなずく。
ちらりと彼を見上げると、彼もまた頬を染めて視線を伏せた。
なるほど。アルバートは美人に弱い、と。
差し出されたルシアンの手を取り、馬車に乗り込む。彼は少し距離をあけて隣に座った。
アルバートの掛け声で馬車が動き出す。思ったほどガタガタしない。
門を出ると、馬車の窓から見える景色は木ばかりになった。林のようなところを走っているようだけど、道は舗装されているらしい。
木々の間に、時折街並みのようなものが見える。
「そういえば、中央神殿はどういう場所にあるんですか?」
「この国の首都――王都の外れにあります。王城にも近い位置です」
あ、そういえば王都の街でデートイベントとかあったなあ。
アナイノの内容、だいぶ忘れてる。
じゃああのチラチラ見えているのが王都の街並みか。
いいなー、行ってみたいな。
「目的地の神殿は遠いんですか? 聖皇猊下がいらっしゃる場所ですよね」
「はい。王都からそう離れていない場所にある、リディーア大神殿に向かっています。リディーア女神教を統括する場所ですね」
「女神様を崇める宗教だから、聖女が重視されるのでしょうか」
「そうですね。聖女は女神の娘とも言われています。性格が悪くても聖女になれるようですから、それも疑わしいところですが」
彼が鼻で笑う。
どこまでもオリヴィアが嫌いだったんだな、と思う。
「ただ、聖女は女神がこの世に遣わすという部分に関しては否定できません。なぜアレを聖女に選んだのか理解できませんが、性格と能力は関係ないと考えるほかないのでしょうね。我々神官や聖騎士の聖力も、信仰心や性格には関係ありませんし」
「そうなんですね。あ、私にかけたあの呪いみたいな魔法とかお祈り以外に、聖魔法ってどんなものがあるんですか?」
彼に冷たい視線を寄越され、はっと口をつぐむ。
呪いとか言っちゃった。
それに関しては何も言わず、彼は前を向く。一応罪悪感はあるのかな。
「使える神官は稀ですが、魔獣に特効のある攻撃魔法などがあります」
「へー、すごいですね。聖騎士も魔法を使うんですか?」
「いいえ。ですが、聖騎士は聖力を剣にまとわせて戦うことで、やはり魔獣に大きなダメージを与えることができます。聖力が一定以上の者は神官になり、少ないながらも聖力がありなおかつ身体的に恵まれている者が聖騎士になる場合が多いですね。聖力のない聖騎士もいます」
「魔獣ってこのあたりでも出るんですか?」
「王都付近では祈りの力が強いので魔獣はめったに出現しません。地方に行くほど出現率は上がります。特に北の山脈は魔獣の住処となっているので、北方の町などでは……」
どこか遠い目をして、ルシアンが黙り込む。
私から見える横顔は、いつも通り無表情。そのはずなのに、どうしてか悲しそうに見える。
「……出現する魔獣から長いあいだ民を守ってきたのは、リディーア女神教の聖騎士団でした。だからこそ、神殿は民に支持され力を持っていた。しかし、オリヴィアの前の聖女が五十年ほど前に亡くなってしばらくのち、王家は聖力を持った人間を金で大量に囲い込んで対魔獣騎士団を作り、魔獣退治にあたらせました。当然聖騎士は減り、魔獣退治の名声は王家のものとなりました」
そっか……だから神殿は力を失ったんだ。
象徴である聖女もいない上に、聖騎士不足で魔獣退治もあまりできなくなったから。
「ただ神殿も黙ってはいません。聖力を生まれ持ったのは女神の思し召しと、信仰心頼みで神官や聖騎士を募りました。女神教は国教なので、神殿が力を失ったとしても信仰心は人々に根付いています」
「聖力を持つ人間の奪い合いになった、ということですか?」
「ええ。その結果、どちらの勢力も中途半端になってしまいました。その間、いくつかの村や町が滅ぼされています。特に先王の時代がひどかった」
「今も、そんな危険な状態なんですか……?」
彼がこちらを見てふっと笑う。
やっぱりどこか悲しそうに見える。
「聖皇と現在の国王の対話により、魔獣退治の権限と聖騎士たちはリディーア女神教に戻りつつあります。代わりに、聖皇および女神教は政治的なことからは完全に離れることで合意しています」
「そうだったんですね」
平和になったようでよかったです、とは言えなかった。
言ってはいけない気がしたから。
「色々と教えてくださってありがとうございます」
「いいえ。むしろこの国のことを知ろうとするあなたの姿勢を好ましく思っています」
おおー、珍しく褒められた。
「あなたがオリヴィアでいてくれたほうが、いいのかもしれません」
彼が笑みを浮かべる。
何を考えているのかわからない笑み。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ」
いやわからない。
「でも私には、神力が……」
彼がふっと真顔になる。
「それについてですが。あなたの体に宿る神力が、わずかですが回復しているようです」
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