第3話 ノータイム・ラスボス戦

 大きな鏡に自分の姿が映し出されている。

 ── 魔王ミルフィリアだ。


 私は作中の主要キャラのイメージが、それはもうガチガチにある。

 なので書籍化にあたっては、そこをゴリゴリに詰めた。具体的には絵師さんと担当編集さんに、各キャラのイメージを熱く熱く語り倒しまくった。


 とても面倒くさい作家だったと思う。

 反省してる。

 でもそのかいあって、思い描いていたイメージを絵師様は再現して下さった。


 その絵のままの姿が鏡に映っている。

 

 オタ友の仕組んだドッキリで、自作品の主人公のコスをさせられている…… なんてことは無いだろうなあ……。



 両手でツノを掴んだまま、鏡の中の少女の姿に見入る。


 まごうことなき、私が書いたラノベ『ゆるまお』の主人公ミルフィリア・コーデルだ。


 そこで、はたと思い当たる。


「── ああ! アリス!」

「はい?」

「元・近衛騎士団長のアリス・ホワイト!」

「…… ええ確かに、私は近衛団騎士団の団長でした……。もう2年も前のことですね。急にどうされました」


 ── うわあ、うわあ、アリスたんだよ! なんで最初に見たときに気づかなかったんだ、わたし!


 アリスは、コホン、と咳払いをする。

「いまの状況に混乱されているのでしょう。お気持ちは分かります。…… しかしミルフィリア様、時間がございません。最期のお支度を」


「…… 最期の」

「ええ」

「お支度?」

「はい。先刻、魔導障壁まどうしょうへきが破られました。勇者一行は高位転移魔法こういてんいまほうを使うつもりです。直接この城の中心へ乗り込む気なのです」

「ちょくせつ、この城に」

「はい。お召し替えをお手伝いします。どうかお支度を」


 おうむ返しにポンコツな受け答えしかできない。


 えーと、えーと…… そうだ、さっき見たアニメ第1話のイベントだ!


 魔王の城の周辺には幾重にも張られた魔導障壁があって、勇者たちがそれを強力なデバフ効果アイテム&多重魔法で破って、ついでに失われていた高位転移魔法も入手してて…… そんで一気に魔王城の中心部まで乗り込んでやるぜー!ていう。


 急に勇者たちが来るもんだから、大慌てだったんだよな。で、いつもの強キャラつよつよムキムキのスキン&ボイスつけるのに失敗して、魔王たんがヤケクソで素のまま登場するやつ。


 スキン失敗の弊害で装備まるまる消失してて、素のままどころか生まれたままの姿で出てきちゃったヤツ。


 魔王たんはドジっ子だから…… 。

 決して、物語冒頭にインパクトを持たせて、ツカミを良くしようとか、そういう、あざとい考えじゃないんだ!


「さあ、これで大丈夫です」

「て、手際が良いですね…… 」

 軽いが性能の良さそうな防具が、しっかりと装着されている。

 現実逃避でアニメ第1話に思いをはせている間に、お支度とやらが完了していた。

 しごでき過ぎるよ、アリスたん!


「よくお似合いです。── ご立派になられましたね」

「ふへ……ど、どうも?」

「仕上げに、こちらを」

 アリスが小箱を持ってくる。宝石でも入ってそうな、ベルベット地に刺繍の施された、なかなか立派な箱だ。中には赤い宝石が四つ入っている。


「これは?」

「じっとして下さい。失敗するわけに、参りませんので」

 アリスは真剣な表情で、私の額、のど、右手首と左手首の内側に宝石を押し当てる。その度に宝石は光を放ち、体の中へ吸い込まれていく。

「ひぇ……」

 体の中に入っても大丈夫なヤツ、これ?…… 害とか無い??大丈夫?!


「防御と幻影の効果がございます。御身を守り、ミルフィリア様のお姿を隠すことができますので」

「も、もしかして、声も変わる?」

「はい」

 なるほど。強キャラつよつよムキムキのスキン&ボイスになるヤツかぁ。失敗してマッパにならなくて良かったと、喜んどくべきか?


 そのとき扉がノックされた。


「ミルフィリア様、勇者一行が…… 間も無く謁見の間に辿り着きます!」

「なんだと、もう?! ── 近衛騎士団は何をしている! 」

「申し訳ございませんアリス殿…… !団長をはじめほとんどの者が、勇者たちによって…… わたくし、も…… 」


 ガシャ、とにぶい金属の音がして、鎧姿の青年が、その場にくずおれる。

 駆け寄ったアリスは、苦しそうに顔を歪める。

「行きましょう、ミルフィリア様。私が盾となり、お守りいたします。勇者を迎え討ちましょう」

「お、おう…… へ?」


 アリスは、さっきまでの泣き顔とうってかわり、元・近衛騎士団長らしいキリッとした表情だ。

 その雰囲気に気圧されて、先導する彼女の後ろをアワアワしながらついて行く。


「あ、あの、あの、勇者を迎え討つって…… ?」

「勇者達が謁見の間にたどり着くということは、それを阻むはずの者たちは全て…… ということです」

「なるほど…… ?」


 なるほど、さっぱり分からない。

 ヤバい空気が漂ってることしか分からない。

 むしろ、それが一番わかりたくないんだよ!!


 * * *


 謁見の間とやらは、とても天井が高くて、だだっ広くて、立派な玉座らしい玉座のある場所だった。レトロなRPGゲームの冒頭で、勇者が王様と会う場所というか、ラスボス戦前に魔王がふんぞりかえってそうな部屋というか。


 余計なことを考えていると、アリスに玉座に座らされる。


 そうそう、こういう風に魔王が玉座に座っててね…… って、私が魔王なんじゃん!むしろラスボスが私じゃん!!!


 ── そうこうするうちに、扉の外が騒がしくなった。

「奴らが来たようですね」

 傍にひざまずいていたアリスは、私の手をぎゅっと握った。そしてスッと立ち上がると、玉座から数段降りた位置に陣取る。

 その身体の周りが大きな魔力に包まれていくのが、目に見えて分かる。いかにも臨戦態勢って感じだ。


 時をおかず、大きな扉が重々しくきしみ、5人組のパーティが入ってきた。ああ…… どの人物も、とても見覚えがありすぎるんだよなあ…… 。

 特に先頭に立つ小柄な若者。

 ニール共和国の勇者に与えられるという、特徴的な紋章の入った装備。顔立ちを隠す兜の下から凛々しい眼差しが覗き、真っ直ぐにこちらを見ている。


「勇者アル…… 」

 思わず、その名をつぶやいた。


「そうだ、僕は勇者アル。今日ここで、お前を倒す者だ。魔王よ、観念するがいい!」

「そういう戯言は、配下の私を倒してから言うことだな!」

 アリスが勇者へと間をつめる。

 同時に、その袖口から伸びた茨のような植物が、一瞬で死神の大鎌のような形に変わる。

 ギュルン!と鎌を手の中で回転させたかと思うと、勇者アルに一閃を浴びせる。


 アリスが鎌ごと相手を振り払う。一瞬たじろいだ勇者は、しかしすぐに体勢を立て直す。横なぎに襲いかかる大鎌の下を、くぐるようにかわすと、アリスへ切りつける。


 アリスの得物は大ぶりな分、間合いを詰められると不利だ。勇者の攻撃をかわそうとする動きを見越して、勇者パーティーも連携を取ってくる。

 弓使いが矢を射り、魔法使いは攻撃魔法を放ってくる。


 逃げ場が無い!


 その瞬間、鋭く空気が震え、アリスへの攻撃が緑の檻で阻まれる。服の隙間から伸びた無数のツタが、彼女の身を守るように一瞬で幾重にも覆う。


 あの技!アリスの防御技でも、特に強力なやつ!

 でも強力だけに…… 魔力の消費も大きくて、そうそう何度も使えない。


 彼女は本来その身体能力と、大鎌の攻撃範囲を駆使した、機動力の高い戦い方が特徴のはずだ。一対多の戦闘を得意としている。攻撃特化型なのだ。

 ── その彼女がいまは、攻めあぐねて見える。理由は分かりきったことだ。


 彼女の背後に私がいるから。

 だから得意としない、防戦中心の戦闘を強いられている。勇者たちを阻み、彼らの攻撃が玉座まで届かないようにしているのだ。



 あああああ!

 私が足手まといなんじゃん!決まってるじゃん! でもだからって、どーしたらいいっての!!

 一日の平均歩数が五百歩(スマホ計測に基づく)の引きこもりに、ノータイム・ラスボス戦は荷が重いどころの話じゃないんだよおお!!


 ── どうしよう!私も何かした方がいいのかなあ?!何とかしないと、いけないのかなあ?!?!

 ミルフィリアってどーやって戦うんだっけ?!

 魔法?!剣?!…… まさかの素手?!



 私がオロオロしてる間も、勇者パーティーとアリスの激しい応酬が続く。


 ちがうちがう!魔王が素手で肉弾戦とか、そんな脳筋な設定じゃないんだよ!

 えええとえええと、ほら! …… なんかあったじゃん!


 魔王のあれ!最終奥義的なアレ!

 いつも首から下げてる、このネックレス!!


 そうだ、この飾りを両手で握って、確か祖国への祈り的なナントカを捧げて…… 。

 おおおお、手の中があったかくなってきた!よし!よし!


 ふだんは制限してる魔力が、これで全開放されるから、これをギュッってして凝縮して集めるイメージで…… 。

 おごごご、手のひらの上でボール状になっとる!すごいバチバチしてる!

 コレはいけるんでは?!


 あとは右手を頭上にかかげて、あー……、あのなんとかいう、ちょっと長い呪文…… そう!


potentia sum ポテンティア・スム, transire terminos トランジーレ・テルミノス, aperi portamアペリ・ポルタム!』


 コレだよ!!!


 その場の全員の視線が、空中に向かって右手を振り上げたポーズの私に集中している。


 しん……と静まり返る空気。



 ── 何も起こらない……だと!!



 視線が痛い。

 やめろやめろ!こっち見んな!そっちはそっちで自由に続けててくれれば、いーから!

 せめて、黙ってないで何か言ってくれさい!!

 そんな目で私を見るなー!!


「うぐぅ……」


 場の空気に耐えきれず、変な声しか出ない。

 こんなの、恥ずか死ねる!!拷問だよ!即死だよ!!!!

 意味ありげに呪文を唱えて、仰々しくポーズまで取って、どんだけ拗らせた厨二病なんだって感じだよ!うわあああああ!!! もうこうなったら土下座でもして「くっ!殺せ!」するしか……。


 それしか無いかと思った、そのとき……。


 ブォン!!!


 掲げた右手を中心に激しく空気が震える。頭上に巨大な魔法陣が現れた。

 それはまばゆい光とともに、ゆっくりと回転している。

「まさか極大魔法……! 魔王固有の禁術を?!」

 パーティーの後衛にいた魔法使いが、驚愕の声をあげる。


「うは……本当に発動した……」

 自分でやっておいてナンだけど、思った以上の光景に身震いする。

 やったよー!! コレだよ、コレ!!

 魔王の最終奥義!!


 …… が、その魔法陣は光って回るだけで、なかなか発動する気配がない。


「あっ……そういえばこの魔法、発動にちょっと時間がかかるって設定だった。そういえば」

 ラノベの中では、変な間を感じさせないよう、テンポよくなるよう書いてるから、忘れてた。だから呪文を唱えたあとも、ずいぶん時間がかかったのか。


 なるほど、実際はこんくらいのタイムラグがあるのか。べんきょうになるな〜……って…… アレ?


 頭上の魔法陣から溢れる光が、徐々に禍々しい色に変わっていく。黒い稲光のようなものが、壁に、天井に、おびただしく走る。


( ── あ、これ、ぜったいダメなやつ)


 直感でそう感じたが、裏付けるように魔法陣がすごい勢いで逆回転を始める。

 その中心に暗い色の球体が現れたかと思うと、みるみるうちに膨れ上がっていく。外縁が私の体を包み込んでなおも、膨張を止めない。

「…… フィリ…… ま!」

 アリスの必死の声もわずかにしか聞こえない。


 ── あかんヤツだ。たぶん死ぬヤツだ、これは。



 次の瞬間、手のひらに燃えるような痛みが走り、視界が闇に覆われた。

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