第10話 ギャル美少女・長岡ルルの場合(その4)

「あそこに、ホテルがあるよ」


ルルがまるでコンビニがあるかのような口調でそう言った。

彼女も気づいていたのだろう。

俺の目の焦点が、十字路の先にある看板『ご休憩(2時間) 3900円』に合わせられる。


(3900円なら、持っているよな……)


サイフの中はMA-1を買うかもしれないので、一応3万円は入っている。


(で、でも、誘うにしても、どう言えばいいんだ? まさか『ホテルがあるから、あそこで雨宿りしよう』なんて、下心が見え見えじゃないか)


「休んでいっちゃう?」


ルルの微妙に熱を帯びたような声を聞いた時……

俺の心臓が一拍、いや二拍くらいすっ飛ぶのを感じた。


 ……休んでいっちゃう?

   ……休んでいっちゃう?

     ……休んでいっちゃう?


ルルの先の言葉が、頭の中で反芻している。

そして……彼女に掴まれた右手が、さらに強く握られるのを感じた。


(これって……誘われているよな?)


(どうする俺、どうする俺、どうする俺、どうする俺、どうする俺)


(ここで彼女と……初体験???)


俺は横目でルルを見た。

フードを被った彼女の表情はわからない。

だが微妙に開かれた胸元のチャックから、彼女の透けたハーフカップのブラジャーと、盛り上がった肌色の双丘が見えた。


(お、俺が、ここでOKすれば、俺はあの胸を……)


喉の奥がゴクリと鳴る。

普段から三浦や小田原が話している女性との体験。

俺だってその話に興味がない訳じゃない。

正常な十代男子なら、関心があるのは当然だ。

そして今日、俺は、彼女と一緒にいて魅力を感じている。


(よ、よし、行こう! 俺が彼女の手を引いてあの十字路に向かう。それだけでいいんだ。きっと彼女はついてくる)


そう思って足を踏み出そうとした時、俺はハタと気づいた。


(待て、ホテルに入るってどうやるんだ? ビジネスホテルならフロントがあって、そこでチェックインをすればいいんだけど、ラブホテルにチェックインなんてあるんだろうか?)


(人目につきたくないカップルだっているよな? だとしたらフロントなんて無いんじゃ……でもだとしたら、部屋の鍵とかどうやって受け取るんだ?)


俺の想像はさらに先に進む。


(部屋に入ったら、どうすればいいんだ? まずはテレビを見るのか? いや、休憩2時間って書いてあるし、そんな事をしていたら時間が無くなるだろう。え、でも、部屋に入ったらいきなり女の子を押し倒すとか、あまりにガッツキ過ぎだろ。女の子に嫌がられるんじゃないか?)


(待てよ。彼女は俺を誘った。と言う事は、彼女はそれなりに経験者じゃないのか? だとしたら俺は以前の男と比べられて『だらしない、頼りない』って思われるんじゃないか? 彼女はギャルだし……)


(でもここで『俺、実は初めてなんだよね』なんて死んでも言えない。だけど俺の醜態が彼女の口から学校のみんなに知られたら……)


……俺の頭の中で三浦や小田原や川崎の顔が浮かんだ。

脳内の三浦が笑う。


「え、ショウ。オマエ、童貞だったの? 今までずっと経験者みてーな顔して、それはねーだろ」


続いて脳内の小田原が軽蔑したような顔をした。


「童貞のクセして、さも経験者みたいなフリをしていたなんて、ダサ過ぎだろ。見損なったわ」


最後の川崎が憐れむ様な顔をした。


「ショウ……実は俺より遅れていたんだな」


……極度の緊張のため、脇の下から汗が流れ出る。


「や、やっぱり……それはマズイんじゃないかな?」


そう口に出すのが精一杯だった。

隣にいたルルの身体が硬直するのを感じる。

そ~っと俺は彼女の様子を覗き見た。

彼女は俯いていた。

怒っているのだろうか?

握られた手に、微かな震えを感じる。


だが彼女はパッと顔を上げると、明るい笑顔を俺に見せた。


「もしかして誤解させちゃった? やだなぁ~、ホテルに行くからって変な事する訳じゃないよ。ただ雨宿りして冷えた身体を暖めた方がいいかなって、そんな話! あ~、でもそうだよね。ホテルで休みって、なんか誤解されちゃいそうだもんね! アハハ、ウチ、変なこと言っちゃった! ゴメンね!」


そう言うと彼女はパーカーを脱いで「返す」と言って俺に差し出した。

俺は何も言う事が出来ず、黙ってそれを受け取った。


「ここじゃ雨宿りにならないから走って行くよ。それとウチ、友達と約束をしていたから。じゃあ、また学校でね!」


ルルはそう早口で言うと、俺の返事を待たずに雨の中を駆け出していった。


(俺、もしかしてルルを傷つけてしまったのかな?)


雨にかすむ彼女の姿を見ながら、そんな事をボンヤリと思っていた。



…………

長岡ルルは自分の部屋に入るとベッドに身を投げ出した。

それまで堪えていた涙が溢れ出る。


(ううっ、ウチのバカバカバカ! せっかく途中でも憧れのショウ君といい雰囲気だったのに……全てブチ壊してしまった!)


ベッドの上で手足をジタバタとさせた。


(しかもウチからホテルに誘っておいて、それを断られるなんて……もう死にたいよぉ~)


公園で雨宿りしていた時のワンシーン。

隣に立つ長身の美形男子から言われた一言。


……や、やっぱり……それはマズイんじゃないかな?……


「うぎゃあ~~~!」


ルルは叫ぶ声を上げながら両手で枕を握りしめ、身を捩って身悶えた。

彼女の頭の中にあったは、先だってのアンリとの会話だった。


「まぁ逆に言えば、それを武器に迫るって事もできるんじゃない? 男なんてヤレルと思ったら、そのチャンスは逃さないでしょ。それでルルが実は初めてだったって知ったら、ショウ君も感激して彼女にしてくれるんじゃない?」


それが念頭にあったため、ルルはその気になってしまっていたのだ。

それに彼女は自分の魅力に、ある程度の自信があった。

小学校の時から男子に人気があり、中学時代から何人もに告白されてきたからだ。

ギャルに恰好をし始めたのは中二からだが、その頃から同級生から上は大人まで、何人もに誘われていたのだ。

それは全てキッパリと拒絶したが、ルルは「自分は男から見て、十分に魅力がある」という事を疑ってはいなかった。


ルルは涙に濡れた顔を上げた。


(ウチの事、軽い女、誰とでも寝る女って、そうショウ君に思われちゃったかな?)


それだけは嫌だった。

彼にだけは「自分は本当にショウが好きで、彼にしかそんな事は言わない」と言うのを知って欲しかった。


(嫌だ、ショウ君に軽蔑されるなんて……そんなの絶対に嫌だ!)


ルルは起き上がると、袖口でグイと涙を拭き、鏡を見つめた。


(こうなったらウチは絶対にショウ君とHする。そしてウチが初めてだって事を、実際に彼に知って貰うんだ! ウチのバージンを捧げるのはショウ君だけなんだから!)


彼女は鏡に写る自分を見つめ、そう固く心に誓うのであった。



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この続きは、明日の正午過ぎに公開予定です。

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