第9話 ギャル美少女・長岡ルルの場合(その3)

俺たちは二人並んで渋谷駅方面に戻った。

空はさっきよりもさらに暗くなっている。

もういつ雨が降り出してもおかしくない。


「今日は本当にありがとう、ショウ君」


彼女が歩きながら礼を言った。


「別にお礼を言われるような事はしてないよ。それにルルさんがお礼を言う必要はないし」


「ううん、ウチがお礼を言う事だよ。本当はあの駐車場で「どうしたらいいか」って悩んでいた所だったんだ」


そりゃあの状況なら、誰だって悩むだろう。


「でもウチの家には連れて帰れないし……もしショウ君があそこで声をかけてくれなかったら、ウチはきっとあの子猫を置いて立ち去るしかなかったと思う。そうしたらあの子は……」


その先は言わなくても想像できる。


「それは仕方がなかったんじゃないかな。でももしそうだったら、可哀そうだけどあの子猫の運命だったんだよ。他の子猫は事実そうなっていたんだし」


「それは頭では分かっているけど……でも子猫を見捨てた事は、ウチの中ではずっと心の傷になっていたと思うんだ。誰にも言わないとは思うけど、何年経っても忘れられないような心の傷に……」


彼女は優しい人だ……改めてそう感じる。


「だからやっぱり、ショウ君はウチの心を救ってくれたんだよ。ありがとう」


そう言った後で彼女は立ち止まると、両手で俺の手を握った。


「ウチら、今まであんまり絡みがなかったけど、これを機会に友達になってくれないかな」


「え?」


唐突な彼女の言い方に、俺は一瞬戸惑った。


「ダメ、かな?」


彼女が悲しそうな目をする。

女の子に少しでもそんな表情をさせた事を俺は後悔した。


「ダメなんかじゃないよ。って言うか、そんな風に改まって言わなくたって、俺とルルさんは友達だろ。同じ学校なんだし、こうやって一緒に子猫の里親探しもしたんだし」


ルルの顔がパァッと明るくなる。


「良かった! じゃあ友達記念に一緒に何か食べに行こ!」


「ああ、いいね。戻る途中で適当なお店に入ろうか?」


そう言っていたら、顔にポツリと冷たいものが当たる感触があった。

彼女も同じ事を感じたのだろう。


「あ、雨が降って来た?」


そう言ってルルは確認するように左手を差し出した。

そう思っていたら、見る見るうちに雨粒が大きくなっていく。


「けっこう本降りになりそうだ。早くどこかの店に入ろう」


俺たちが今いる所は、古いオフィスビルと昔からの住宅が混在している場所だ。

すぐに入れそうな店はない。

俺とルルは降り出した雨の中を走り出した。



しかし雨はかなり強くなって来た。

今いる所で入れそうなお店は見当たらない。

俺もルルさんも上半身がかなり濡れて来ていた。


(このまま走っても、ずぶ濡れにお店に入るのはマズイよな。どっかに雨宿りできる場所は?)


すると少し先に小さな公園があり、そこに大きな木が植えられているのが見えた。


「ルルさん、まだしばらくは店が見つかりそうにない。あそこで少し雨が収まるのを待とう」


俺はそう言って公園の木を指さした。


「うん、ウチもその方がいいと思っていた」


俺とルルは公園の木の下に駆け込んだ。


「だいぶ濡れちゃったね」


「そうだな。この雨、すぐに止んでくれるといいんだけど」


ふと見るとルルは寒そうに自分の両腕を抱くようにしていた。

彼女は胸の所だけ伸縮性のある、肩が出るタイプの白いシャツを着ている。

ギャルらしくけっこう薄着と言える。

その白いシャツが雨に濡れていた。

そのため彼女が身に着けているピンクのブラが透けて締まっている。

水に透けたハーフカップのそのブラは、まともに見るよりエロチックに感じた。


俺は視線を逸らすと、自分が着ていたパーカーを脱いで


「寒いだろ。これを着てなよ」


と手渡す。

だがルルはそれを断った。


「ええ、いいって。そうしたらショウ君が寒いし濡れちゃうじゃん」


「いいから着ろって。そのままじゃ風邪をひくだろ」


そう言って強引にパーカーを押し付ける。

ルルはそれを手に取ると「ありがと」と小さい声で言い、俺のパーカーを羽織った。


「うわ、あったか~い。でもやっぱりショウ君のパーカーだから、かなり大きいね」


彼女は両手を出して、指先しか出ていない袖を俺に見せた。

なんかその子供っぽい仕草が、とっても可愛く見える。


(ギャルだけど優しくて、そして子供っぽい所もあって……なんかルルさんって可愛いな)


その時、雨宿りしている木の梢から、タリと大粒の雨が落ちて、彼女の頭を直撃した。


「つめた!」


そう言って首をすくめる彼女に、俺はパーカーのフードを被せてあげる。


「ありがとね、ショウ君。ホント、優しい」


そう言って微笑みかける彼女を、俺は直視できなくなっていた。


(ヤバイ、俺、彼女の事を好きになりかけているのか? ちゃんと話したのは今日が初めてだって言うのに……)


それからしばらく無言の時間が過ぎた。

雨の中で公園の木の下で雨宿りしている二人。

なんとなく、その感じが俺とルルとの距離を縮めているような気がする。

雨は降り止む様子はない。

やがて雨宿りしている木からも、葉っぱの間を通り抜けて落ちて来る雨だれが多くなって来た。


(このままだと、ここで雨宿りしててもダメじゃないか? どこかもっといい場所があれば……)


ふと視線を上げると、公園から少し離れた十字路の向こうに、古びたビルがある事に気づいた。

今まで意識をしていなかったが…………そこに出ている看板に『ご休憩(2時間) 3900円』と書いてあるのが見える。

この位置からだとよく見えないが、どうやら古いタイプのラブホテルらしい。


(こんな外れた所にラブホテルなんて……)


そう思った時だ。

俺の右手がキュッと掴まれるのを感じた。

見るまでもないが、ルルの手だ。


「雨、止まないね……」


彼女がしっとりとした声でそう言った。


「ああ」


「このままだとウチら、ここでずぶ濡れになっちゃうね……」


「そうだな」


「あそこに、ホテルがあるよ」


ルルがまるでコンビニがあるかのような口調でそう言った。



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この続きは、明日正午過ぎに公開予定です。

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