ストーリー:30 化かせ! 特異点の巫女!・3


『ガラッパのミオさまがお前らぶち抜く!』


 それは“ガラッパのミオ”による、いつものゲームプレイライブ配信を示すタイトル。


(そんなこと、絶対あり得ない!)


 その動画を配信するためには、あらゆるものが足りない。


 寝起きの頭を急激に覚醒させながら、ハルは布団から飛び起きた。



「なんで? ナツは一夜志で泊ってて……あっ!」


 慌てて学習机の引き出しを開ける。


「……ある!」


 そこには確かに、ナツから預かった一つしかない彼の家の鍵があった。


(ナツの配信は、あの家にあるたくさんの機材をフルに使って成立させてる。でも、その家に入るための唯一の鍵はここにあるわけで……)


 ぐるぐると、頭が茹だって混乱する。



「どういうこと……って、時間! もうバスが来る!」


 ワケが分からず混乱したままの頭が、ナツの乗るバスの到着時間に気づけば。


「お母さん! ナツにお家の鍵返してくる!」


 髪を梳くのもほどほどに、大急ぎで準備して彼の元へと駆けていく。



(ナツに、ナツに聞かないと……!)


 まったくもって理解できない出来事の、きっとあるはずの確かな答えを求めて。



      ※      ※      ※



「ただいま」

「おかえり! って、そうじゃない! ナツ! あなた何をやって……!!」

「ストップ、ストーップ。ハル」


 宣言通り朝一番のバスで帰ってきたナツは、詰め寄るハルを見ても特に慌てたりもせず、そっと、その肩を掴んで押しとどめ笑い返した。


「わかってる。あのアーカイブについて、だよな?」

「っ! ……そうよ! あれ、いったいどうやって……!」

よ」

「え?」

「ほら、行こう行こう」


 余裕の態度をハルに見せ、急かす彼女に配慮した早歩きで家へと向かう。


「鍵ある?」

「ある! って、そうじゃなくて!! あなた持ってないの?」

「持ってないよ。鍵はそれだけ。爺ちゃん婆ちゃんだって持ってない」


 改めて、それがたった一つしかないことを強調しながら、ナツはハルから鍵を受け取り。


「おーぷんざどあー」


 気の抜けた物言いで鍵を開け、扉を開けた。



「っ!」

「うおっと!?」


 すぐさまズカズカ靴を脱ぎ捨てて、ハルは迷わずあの部屋へ――二間続きの畳部屋へと突入する。


「! これは……!」


 そしてすぐに、気がついた。


「私、確かにコンセント、抜いてたわよね?」


 しっかりと、配信用の準備が完了している。


「……どういうこと、なの?」


 ナツのPCと、その周辺機器に。


「確かめてみればいい。これで」

「ナツ? あ……!」


 呼ばれて振り向いたハルの目が、それを捉える。


「そうね。それで一発だわ!」


 彼女の見つめるナツの手に。

 監視カメラのデータが入った、SDカードが掲げられていた。



「それじゃさっそくチェックだ」

「えぇ、お願い!」


 PCを起動し、SDカードから昨晩の監視カメラの映像データを確かめる。


(この動画に答えが、昨日ここで動画配信した犯人の姿が映し出される――!)


 グッと力を込めながら、ハルは始まった動画を食い入るように覗き見て。


 その結果――。


「???」


 動画を見て笑うナツの、その横で。


「は? ぁ、え?」


 ハルの顔が真っ青になった。



(なんで、なんで……!?)


 この場所で、昨夜。

 多くの視聴者たちを前に、ゲームのライブ配信をしていた人物。


 彼女が求めてやまなかった、その犯人こたえは。



「……!?」



 他でもない、ハル、その人だった。



      ※      ※      ※



「そんな、嘘。だって……」


 目に映る事実が、たどり着いた答えが、まったくもって信じられない。


(おかしい、なんで? だって、だってあの時間私は……もう寝てたはず!)


 昨日は午後11時にはもう、眠りについていた。

 ハルは確かに、その時間に部屋の電気を消して布団に潜ったことを覚えている。


 だが。


(“ガラッパのミオ”がライブ配信した時間は0時から1時。この監視カメラに表示されている時間も、同じ!)


 動画に音声は入っていないが、そこではヘッドセットを装着し、画面に向かって話し続ける自分の姿が映し出されている。



「ぁ、え……嘘、ほんとに、私、こんなのやった覚え……ない……」


 あまりの恐怖に、違和感に。

 自分の歯がカチカチと震えるのをハルは感じた。


「な、ナツ……」


 思わずといった様子でナツを見れば、彼は。



「へぇ、

「!?」


 その口から、救いのない一言を言い放った。



「え、ぁ、ナツ?」

「ん? なんだ?」

「わ、私……私が映ってるの?」

「え、うん。これ、ハルだよな? 配信してるのも」

「!? し、してない! 私、配信なんてしてない!! 知らない!!」


 せり上がってきた凍えるような感情が、憔悴するハルの口を急き立てる。


「わたし、私本当に知らないの! こんなのしてないの! ちゃんと寝てたの! 11時! でも配信されてて! これ、誰!? 私知らない! 私寝て! ナツ!」


 記憶の混乱。

 ぬぐい切れない違和感。


 あまりにもそれが、理解不能で。


「そもそも私、配信の仕方なんて知らないし! こんな風な言葉遣いで受け答えなんて……! なん、なんで!?」


 じわりと、涙が溢れる。


 何かがおかしい。

 でも、その何かがわからない。


「これ、誰? 誰なの? 私じゃない。私じゃない!!」


 今見せられている映像が、現実が、信じられない。


「ちが、違うの。これ、私じゃ……!!」


 他でもない、彼にだけは、その事実に気づいて欲しくて。


「ナツ! お願い、信じて! これ、私じゃ――」

「そうだね。俺もこれ、ハルじゃないと思うよ」


 知らず彼に縋りつくような格好になっていたハルに。


「――ぇ?」

「っていうか、俺には違うものが見えてるよ」


 ナツは、力強く頷きを返した。



「……え?」

「ハル」


 ナツが、ハルの両肩に手を置き、じっとその目を見つめて告げる。


「今、ハルが冷静じゃいられないこの瞬間だから、届く。だから、言う」

「っ!」

「……ハル。妖怪は、。少なくとも俺は、その存在を。だから、今からそれを


 放たれた、その言葉は。


「……!」


 ハルの心の一番深いところを、容赦なく、残酷に打ち抜いた。

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