ストーリー:31 化かせ! 特異点の巫女!・4


“幽霊の 正体見たり 枯れ尾花”


 ということわざがある。


 これは、幽霊だと思い怖がっていたものをよく見ると、ただの枯れたススキだったという故事。

 薄気味悪く見えるものも、その正体を確かめてみれば、実際は少しも怖いものではない場合もあるというお話。

 何でもかんでも怖いと思えばそう思えてしまう、人間の心の在り方を示した訓話である。


 だがこれは、妖怪たち目線で言うと違う意味を持つ。


 妖怪が見えない人が、実際に妖怪を目の当たりにしても、冷静に観察することでそれらは補正され、現実的にあり得る他の何かに置換されてしまう、という話。

 人々が冷静に、正気のままに物事を見れば、妖怪という存在はたやすく別のなにかとして認知され、その存在を許されなくなるという、世界の性質を語るものでもあるのだ。


 見えない人には、そういったフィルターが存在する。

 幽世の住人である妖怪たちにまつわるすべてを、現世の何かに変換してしまうフィルターが。


 では、見えない人に妖怪を信じてもらうにはどうしたらいいだろうか?


 方法はある。

 そして、そのためにはまず、やらねばならないことがある。


 それは。


 見えない人に、冷静で、正気ではいられなくなってもらうこと。

 それこそは、古来より妖怪たちが己を誇示するためにやってきた伝統芸。


 すなわち。


“化かすこと”


 である。



      ※      ※      ※



「今、ハルが冷静じゃいられないこの瞬間だから、届く。だから、言う」

「っ!」

「……ハル。妖怪は、。少なくとも俺は、その存在を。だから、今からそれを


 およそ信じられない出来事を前にして戸惑うハルに向かって、ナツは今がその時と言い放った。


(ハルが正気を失っている今だから、常識の外にあるものだって、伝わる!)


 妖怪を信じない、いない方がいいとまで思っている彼女に、その存在を示す方法。

 それこそが、今回ナツたちが仕掛けた、大掛かりな化かしであった。



「ハル。ビデオカメラに映し出されているのは、ハルであってハルじゃない」

「!?」

「あれは、ハルが認識している情報をもとに、世界がもっともありえると判断した結果示された、そんな映像なんだ」

「え? は? え?」


 混乱と、困惑。

 正気を失い泳ぐハルの瞳を真っ直ぐ見続け、ナツは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。


「ハルのように妖怪が見えない人には、妖怪たち自身の姿や、それらが起こした現象は、ハルが思う現実的な何かに変換されて認識される。だから、配信してるミオが、妖怪の姿が、ハルには配信してるハル自身に見えたんだ」

「な、なんで……?」

から」

「へぇっ?!」


 さらなる驚きに、ハルの瞳が揺れる。

 だがその視線が確実に自分へと向けられていることに、ナツは内心で焦っていた。


(やっぱりハルは賢い。だからこそ、今この瞬間にも頭をフル回転して思考を巡らせている。ほんのちょっとでも、彼女が冷静さを取り戻してしまったら……すべてが水の泡になる)


 だから、ナツは止まらない。


(冷静じゃない状態で、必死に状況を理解しようとしてくれている今だからこそ、俺たちの理屈が、常識外の理が、聞き届けられるチャンスなんだ!)



「ハル!」

「!?」


 ハルの両肩を掴む手に力を入れて、ナツは腹の底から声を絞り出し、訴える。


「ハルがあの映像を受け入れたら、ハルの心も、記憶も、あれをあったものとして認識してそれで終わりだ。起きれやしない夜中に起きて、俺がいない時に勝手に俺の家の合鍵使って侵入して、やったこともない配信をして、終わったら片付けもしないで家に帰ってグースカ寝るのがハルだって、そんな自分になる!」

「なっ!?」

「何より、! そんなの、俺は……!」


 嘘偽りのない気持ちを込めて、告げる。



「俺は、妖怪嫌いなハルがそんなことするなんて……絶対に信じない!!」

「!?!?」



 ハルの黒い瞳が、ナツの顔を捉える。

 何かを掴み、焦点の合った視線が、ジッと、ナツを見つめていた。



      ※      ※      ※



「……ぁ」

「!? ハル!?」


 力が抜けたのか、ハルが膝から崩れ落ちた。

 慌ててナツが体を抱き支えれば、そこに廊下からゾロゾロと妖怪たちが近づいてくる。


「やったか!?」

「待つのじゃミオ。まだわからん」

「いや、オキナ。大丈夫だろ、なぁ、ワビスケ?」

「……たぶん。大丈夫だと思う。さっきまで感じてた圧が、ないから」


 隠れて様子を見ていたのだろう、いつもの二間続きの畳部屋に、AYAKASHI本舗のメンバーが集合する。


 ただ一つ違うのは、そこにハルが、特異点の巫女が存在すること。



「みんな!」

「!?」


 ナツが妖怪たちの方を見れば、ハルも驚き、ナツの見た方へと視線を向ける。


「うおっ!」

「わわっ!?」


 視線を向けられ、妖怪たちが慌てふためくも。


「やはり、ワシらの姿は見えておらんようじゃな」

「そっか……」


 ナツと、彼の見つめている先を交互に確かめるハルの様子から、現状を理解する。



「ねぇ、ナツ」


 抱きかかえられたまま、ハルはおずおずとナツに声をかける。


「なんだ?」

「今、もしかしてそこに、妖怪が、いるの?」

「!?」


 それは、とても静かで、落ち着いた声音の問いかけだった。

 どこまでも冷静に、現実を受け入れようとしているかのような態度だった。



「あ、ああ。ああ!」


 だからナツは、喜色を浮かべて頷いた。


「いる。ハルには見えないかもしれないけど、そこにいるんだ!」

「………」


 喜びのまま仲間たちへと視線を向ければ、妖怪たちもまた、頷きを返す。

 それを受けて、ナツはハルに、彼女の現実に寄り添って、言葉を紡ぎ始める。



「ハル。ハルが言ってた科学的って言葉。実はあれって、未証明な出来事を、イコール実在しません扱いするわけじゃないって知ってたか?」

「……?」

「あるって証明できてないものは、実在しないんじゃなくて、未来に証明できるものかもしれないって思うのが、科学なんだってさ。今、それを観測することができなくても、見ることができなくても、いつかの未来、誰もが観測できるようになるかもしれないから、そう定義するんだって」

「……妖怪も、そうだっていうの?」

「うん。そう、思ってもいいんじゃないかって。俺は思う」


 ナツの言葉を、ゆっくりと咀嚼しながら、ハルはまた、ナツが見ていた方を見た。

 そこには変わらず、人影も何も見えなかった。


「ナツには見えてて、私には見えない。けど、そこに……?」

「そう! んだ! みんなに見える存在ってわけじゃないだけで! あ、でも……」

「でも?」

「すぐには受け入れられないかもしれないって思って。それならせめて、あいつらのこと、頭ごなしに否定することだけはして欲しくないなって。今はそれだけでもいいんだ」


 そう言うナツの視線は、確かにその先の何かを捉えているように、ハルには見えた。


 自分には見えない何かを、彼はちゃんと把握しているように、確かに思えた。


 心の底から、そうであると信じているのだと、確信できた。


 だから――。



「だから、ハル」

「………」

「妖怪がいるって、信じて」

「……え?」



 ――それを、彼女は全力で否定する。

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