ストーリー:29 化かせ! 特異点の巫女!・2


 ナツの目的バレからしばらくが経ち。

 9月もあと幾ばくかという頃。



「き、来たわ……お、お邪魔します!」


 ナツの家に、お呼ばれされてハルが来た。


 麦わら帽子にオフショルダーの白ワンピ。

 彼女の長い黒髪とも相まって、いいところのご令嬢を思わせる、バッチリ決まった格好で。


 緊張した面持ちで、玄関の敷居をまたぐ。



「いらっしゃい。と言っても、お茶も茶菓子も出せないけど」


 対してお出迎えに立ち微笑むナツは珍しく、余所行き用のキッチリとしたスーツ姿。

 夏のご近所お散歩コーデなハルとは対照的な、ビジネスモードな格好だった。



「お昼のバスで出るのよね?」

「うん。一夜志市まで出て、そこで一泊してくる予定」

「確か、何軒か酒造を見学させてもらうんだっけ? あなた、一応聞くけど……」

「飲んでない! 俺は飲んでないから! 出た先でも飲む予定はありません!」


 ハルが呼ばれた、その理由。


「そんなことより、今からもろもろのダブルチェック、よろしくな。ハル」

「……ふぅむ。わかったわ」


 それはナツが家を出る前の、最終確認だった。



      ※      ※      ※



 ガスの元栓。窓の鍵。

 一つひとつを丁寧に、二人一緒に確かめる。


「お風呂、よし。ハル」

「はいはい。……うん。お風呂よし」

「OK」


 扉の締め忘れや換気扇のON・OFF。

 細かなことをいちいち確かめ、入念にダブルチェックを繰り返していく二人。


 酔っぱらいの引き取りくらいでしか警察の出番がないこの村でやるには、いささか過剰な確認作業に。


「いやに厳重にチェックするのね。ここはそんなに治安悪くないわよ?」


 ハルの口から、当然の質問が飛び出した。



「知ってるよ。でも今ここには、万が一にも失ったらデカい機材がそれなりにあるからさ。監視カメラまで設置済み」

「本当に厳重ね?! ……でもまぁ、万が一はいつだって起こりうるものね」


 満面の笑みと共に返されたナツの答えに、ハルは納得して頷く。

 そして口元に柔らかな笑みを浮かべて、彼女は言葉を続けた。


「Vtuber活動、ちょっと抑え気味にしてくれてありがとうね」

「あー、ね」


 その言葉にナツは、なんとも複雑な顔で、苦笑いを浮かべた。



 ナツがハルと再会して以降、AYAKASHI本舗の活動は少し抑え気味になった。


 毎日のように配信していた“ガラッパのミオ”は、しばらくの休みの後、投稿ペースを落とした。

 代わりに“かまいたちのジロウ”が活動を活発化させたが、それでも一発ネタ系が多く、長時間を費やす物はほとんどない。


「あのまま無茶を続けてたら、絶対にナツは体を壊すと思ってたから安心したわ。もっとも、今もかなりのハードスケジュールだと思ってるけど……」

「ははは……」

「このあいだのコラボ配信も、かなり無茶してたでしょ? すっごく器用だとは思うけど、それだけできる労力はもっと違うことに使うべきだと思うの」

「でも、あれが俺のしたいことだからさ」


 迷いなく告げるナツに、ジト目を向けていたハルが視線を逸らす。


「そう……」


 その表情には、少しの寂しさが滲んでいた。



     ※      ※      ※



 その後も、一部屋一部屋丁寧に。

 ナツとハルによるダブルチェックは続けられて。


「っていうか、ハルが配信見てくれてるの、やっぱり意外というかなんというか……」

「なーに?」

「うっ。そもそも、Vtuberやらの配信見てるってのが予想外だったんだよ」

「最初は友達からのおススメだったんだけどね。見てみると、結構面白くてハマっちゃったのよね」

「わかる。時間溶けるよな。ブレーカーよし」

「今、あなたがみんなの時間を溶かす側なのよね……っと、ブレーカーよし。次は……」


 世間話を重ねつつ、廊下の分電盤を開けてブレーカーをチェックして。

 二人は、いよいよその部屋へと足を踏み入れた。


「ここが……」

「そう。今の俺の戦場」


 二間続きの畳部屋。

 ナツが、妖怪たちと共に配信をするために用意した、大本営。


「AYAKASHI本舗へようこそ、ハル」


 配信用のPCや、その周辺機材が並ぶ、AYAKASHI本舗の心臓部へ。



「これを使って、ナツはあの無茶苦茶な配信してるのね」


 居並ぶ様々な撮影機材を前にして。

 ハルは、その一つひとつに手を伸ばし、指先でなぞり、確かめていく。


 それらを見つめる彼女の視線は、優しく、愛おしげで。


「……妖怪、か」


 けれども零れたその言葉には、忌々しさを吐き出すような、険しさが含まれていた。


「………」


 そんな彼女の零した心を、ナツは見逃さない。



(ハルは、妖怪のことが嫌いで、いて欲しくないって思ってるのかもしれないが……でも、俺は)


 決意と共に、部屋の隅を見る。


「………」


 そこにいた小さな影と、静かに、けれど確かにナツは頷き合って。


「ハル、こっちは機材よし。そっちはどう?」


 彼女を化かす下ごしらえを、着々と進めるのだった。



      ※      ※      ※



「シャットダウン。これでPC動作のチェックも完了……コンセント、抜いていいのよね?」

「大丈夫! データはちゃんとバックアップしてあるから!」

「じゃ、これで……PCよし。っていうか、私が動作確認する意味ってあったの?」

「PCよーし! そりゃもちろん。孝太郎さんからハルの手を借りていいってお墨付きももらってるからな。俺が無理しないためにも手伝ってもらえたら嬉しいし?」

「なっ!? ま、まぁ、いいけど……うん。必要なら、手伝うわ。……いつでも」


 電気周りの最終チェックも済んで。


「それじゃ最後に外周も見て回ろう」

「本っ当に厳重ね?」


 最後は家の周りをぐるっと一回りして、戸締りを確認する。



「これで、最終チェック完了!」

「お疲れ様。バスの時間までは、まだもうちょっとあるわね」


 ハルがスマホで時間を確かめる間に、ナツが扉に鍵をかける。


 そして――。


「最後の戸締りよし! ハル」

「はいはい。ん、戸締りよし。これでいい?」

「ありがとう! それじゃ、はい」

「え?」


 ――その鍵を、ハルの手に握らせた。



「それ、合鍵ないからしっかり管理しててくれ」

「は? え? ちょ、ちょっと!!」


 鍵を手渡し、あっけらかんと言い切るナツに、ハルが慌てて詰め寄る。


「なんで……!」

「なんでって、出かけた先で落としたら怖いし?」

「で、でもっ」


 それなら父に、孝太郎に渡せば。

 そう口にしかけた彼女の、鍵を握る手に。


「ほら、孝太郎さんは今日、小雪で村のみんなと飲み会だろ? 酔っ払いに任せるのはさぁ」

「えっ!?」


 そっと手を添え包み込み、ナツが笑う。


「ってことで、ハルに任せるのが一番だと思ったんだ」

「あ、な……!?」


 あまりの出来事に二の句が継げなくなってしまったハルの様子を確かめて。


「じゃ、よろしくな?」


 ナツは添えた手を放し、一足先にバス停へと向かい歩き出す。



「あ。そうそう。ハルなら俺の家、勝手に使ってくれて全然OKだから。PCとかも好きに動かして、遊んでくれていいからな?」

「な!? そ、そんなことするわけないでしょ!?」

「え~、ハルならいいのに」

「~~~~っ! もう! 冗談ばっかり言わないで!!」

「はははっ」


 その後、バス停に至るまで。

 ナツの言動に振り回されて、ハルは照れたり怒ったりしながら、彼の後を付いていく。


「もー! ナツはそういうところほんっと、変わらないわね!」

「ハルだって大差ないだろ。見た目相応のお上品なだけじゃないところとか」

「言ったわね!? 帰ったら覚えてなさい!」

「覚えてたらね!」


 遠慮のない言葉のやり取りは。

 これまで歩んだ人生の半分以上の時間を縁で結んだ、幼なじみの二人ならではの距離感で。 



「じゃ、明日の朝一のバスで戻ってくるから! 行ってきます!」

「行ってらっしゃい! ……もう」


 一夜志市に向かって出発したバスを見送って。

 遠ざかる幼なじみを、その車の影が見えなくなるまで見届けてから。


「……頼られたってことで、いいのよね?」


 その手に握る、彼の家の鍵を確かめて。


「うう~~っ! ちゃ、ちゃんと明日まで保管しておかないと!」


 村一番の五樹小町は、顔を赤くしながら足早に帰宅する。


「………」


 それを見守る老齢の妖怪の視線には、一切気づかないままに。



      ※      ※      ※



 そして、翌朝。


「ど、どういうこと。これは!?」


 寝起きのハルは、スマホの画面を見て我が目を疑った。



「なん、で?」


 彼女の持つスマホの液晶に。


「なんで……AYAKASHI本舗が配信してるの!?」


 昨日の夜中1時付。


 “ガラッパのミオ”による、ライブ配信アーカイブが残されていた。

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