ストーリー:11 始動! その名も『AYAKASHI本舗』!!


 トリッター公式デザインの青い鳥が、ナツのスマホの中で踊っている。


「ここで作ったアカウントを拠点に、初配信を向けて色々と外に発信していくってわけ」


 誰ともまだ繋がっていない、名前すらないSNSアカウント。


「ふーん? これを使ってよそに殴り込みをかけるってわけか。果たし状みてぇな奴か?」

「どちらかと言えば看板やかわら版じゃな。殴り込みじゃのうて営業じゃよ」


 ジロウの疑問にはオキナが答え。

 続く問いかけがないことを確かめて、ナツは話を進める。



「他にも色々SNSはあるけど、ひとまず活動にはこのアカウントを使うとして。オキナが言うように、ここに人を呼ぶにはまず、看板を立てないといけない」


 そう言って彼が指差すのは、卵のアイコンのすぐそばの部分。


「あ、ナツ。それボクわかるかも。確か、アカウント名?」

「そうそれ!」


 意外と現代知識にも造詣が深い、ワビスケの頭をご機嫌にワシャワシャ撫でて。

 意気揚々と、ナツが続ける。


「俺たちが、この広い広いネットの世界でチームとして活動するための、拠点の名前。配信業界じゃそれを箱って言うんだが……俺たちの場合、ここに掲げる名前がそれになる。屋号って言い換えてもいいかもな」

「なるほど、屋号か。確かにそうじゃな」

「うん」


 V箱の名前。屋号。

 それこそが、ナツたちが掲げる妖怪再起の旗頭。


 それは初配信を前にして、絶対に決めておかねばならない大切なものだった。



      ※      ※      ※



「ってことで、次はそのアカウント名をなんにするかって話になるわけだけど……ん?」


 話を続けようとしたナツの動きが、ピタリと止まる。

 ふと周りを見回せば、4人の妖怪たちの視線が、真っ直ぐ自分に向けられていた。


 “どうせ、考えてあるんだろう?”


 そう言いたげな、8つの瞳。 

 提案の言葉もなく、視線はただじっと、ナツを捉え続ける。



「………えっと、まぁ、俺なりに考えてみた名前は、もちろんある」


 視線の圧に急かされるように、ナツはスケッチブックを手に取り、自信なさげにそれを開く。


「これだ」


 そこには既にロゴデザインまでされていた、箱の名前が描かれていた。



「その名も“AYAKASHI本舗”。本物のあやかしたちが参加してる、特別な箱の名前って感じで」



 我ながら安直だったかな、なんてきょろきょろと様子を窺うナツの目に。

 

「「「うーむ」」」


 返ってきたのは、悩ましげな声4つ。


「う、ぐ……」


 ダメだったか、なんてナツがしょんぼり顔を浮かべた。


 その直後。



「ま、俺はどうだっていいんだけどな。これ、悪くないんじゃねーの?」

「いい、いいよっ! とっても素敵だと思う!」

「ワシもこれでよいと思うぞ」

「アタシも異論はないぜ。カッケェじゃん!」


 続々と返ってくる、賛成の言葉たち。


「え? え?」

「やるじゃねぇかナツ。こういうのは捻りすぎねぇのがいいんだ」

「さすが、村を出て勉強してきただけはあるのう」

「自信持って、ナツ! すっごくいいよ、これ!」

「アタシじゃ逆立ちしてもこれ以上のもんは作れねぇ。ナツ、やるじゃん!」

「みんな……!」


 結果としては、全会一致の大賛成。

 ここまで文句なしの賛同を得られれば、ナツ自身も不安なんて感じていられない。


「じゃあ、アイコンと屋号はこれで」


 確認の言葉に、全員が頷きを返す。


 ナツがポチポチとスマホを操作し設定を終えれば、先ほどまで青い鳥が踊っていた場所にはナツのデザインしたロゴが、無記名だったアカウント名には、無事その名前が刻まれていた。


「これで、よし! みんなはこれから、AYAKASHI本舗のVtuberだ!」


 一人の裏方に、四人の配信者。

 一人の人間に、四人の本物の妖怪。


 ここに、前代未聞のVtuberグループ――新しい箱が、産声を上げたのだった。


    ・


    ・


    ・


 その日。

 とある掲示板サイトの一角が、にわかに加速した。


 【総合】新しいV箱について語るスレ【part852】


『新箱捕捉! AYAKASHI本舗というらしい。ttps――』

『初手ケモナー向け。ってか2Dはもう出来てるんだな』

『これゴスロリ、いや、違う?』

『かまいたちのジロウ、木心坊のワビスケ、油すましのオキナ。ここまで美少女なし! 解散!!』

『ケモ、ショタ(男の娘?)、ジジイ。さすがにニッチ過ぎやしないか?』

『妖怪系で統一してるんだろうけど、かまいたち以外知らんぞ』


 それはあくまで大きな流れの中にある、ほんの数人からの、注目だった。


『だがこういうマイナーな箱こそ、俺たちみたいなスコッパーが掘るにふさわしいわけよ』

『小規模箱っぽいし、まずは様子見だな』


 だがそれは、確かに彼らの心にフックを掛けて。


 後日。


『追加戦士。ttps://tritter.com/Aya――』

『やりやがった!! マジかよあの野郎ッ! やりやがったッ!!』

『ガラッパって何?』

『河童』

『はいはい予定調和予定調和』

『信じてたぜ! AYAKASHI本舗!!』

『ここにきて王道の美少女路線をぶち込んでくる。計算か?』


 完成したミオの2Dが公開されたのを皮切りに。


『他は見ねぇけどこの子の配信だけは見るわ』

『せっかくだから、俺は最初から見るぜ!』

『スケジュール出てる』

『最初は30分ずつの連続自己紹介配信か。まぁ、箱サイズ的にも妥当だな』

『今時箱としては珍しいロールプレイ推しっぽいし、ちょっと注目するかねぇ』


 ほんの少し。

 ほんのちょっとだけ。


 誰かが思った。



(配信者全員妖怪とか、これで中身まで全部妖怪だったら、ちょっと面白いかもな)



 他愛もない空想。

 でも。



(……見てみるかな)



 それは確かに。

 いずれ大きく花咲くかもしれない、種が植え付けられた瞬間だった。



『おい、配信日決まったぞ!』

『おっしゃぁ!! その腕前、見せてもらうぜ! AYAKASHI本舗さんよぉ!!』

『えーと、なになに? 配信日は――』


    ・


    ・


    ・


 7月23日。


「さぁ、いよいよ待ちに待った初配信の日だ!」


 仲間たちを前に、ナツがホワイトボードを叩く。

 そこには大きくデカデカと、“絶対完遂!”の文字が赤い水性ペンで書かれていた。


「今日まで調整に調整を重ねて、万全な状態にしてきた。準備は完ぺきだから、ガツンと行ってくれ!」


 ヒリつくような緊張感。

 しかしナツは、大きく息を吸ってそれを呑み込んで、声を張る。


「みんなならできる、頑張ろう!!」

「「「おおー!」」」


 集った5人が、天にこぶしを突き上げた。

 意気軒高、やる気は十分。



「時間、5分前! 配置についてくれ! 最初は……“かまいたちのジロウ”だ!」

「おうよ!」


 ついに来た、“AYAKASHI本舗”抜錨の時。


(最初の一歩だ。抜かるなよ……水木夏彦おれ!)


 果たして、無事成功なるか……!!

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