ストーリー:10 ”彼女”になった、その理由


 夏の暑い日差しも刺さる、真っ昼間。

 一応、新メンバーと共に今後の新しい方針を決めるという名目で集まったはずのナツたちは、ただいま絶賛脱線中。


「あははっ、めっちゃ動くじゃねぇか。こりゃ今からアタシの皮がどうなるか、楽しみだぜ!」


 話の中心は、新しく仲間になったガラッパのミオ。


「教えてくれよ、ジロウ。ミオのもっとすげぇーってなる話……って、なに?」

「んぐんぐんぐっ、ぷはーっ! おうおう」


 忙しなく喉を鳴らし、麦茶を飲みながら。


 彼女について、かまいたちのジロウがとっておきの話を始めた。



      ※      ※      ※



「聞いて驚け、ナツ。ガラッパのミオさまはなぁ、かの有名な“クマ川下りの儀”を、乗り越えなさったんだわ」


 ねっとりと、したり顔。

 ジロウのそれは、なんとも含みのある言い方だった。


「クマ川下りの儀?」


 それには気づかず、ただただ純粋な興味が勝って、ナツはジロウに聞き返す。


「五樹の木っ端水妖が挑戦する、伝統的で難しい試練のひとつじゃよ」

「特にセコにとっては、ガラッパになるため避けては通れない、大切な儀式なんだって」


 問いに答えたのは、オキナとワビスケだった。


「へぇ?」

「クマ川下りの儀は、カワベ川からクマ川に、そして最後は八津代やつしろ海まで泳ぎ切る、すごく大変な修行なんだよ」

「へっ? ここから八津代って、すんっごい距離あるよな!?」

「うむ。それゆえ近年妖怪が力を失ったのと相まって、誰も挑戦しておらなんだが……」


 オキナたちの視線がミオへと集まる。


「気まぐれに表情を変え襲い来る激流、今や命綱ともいうべき霊脈の庇護を離れる危険! 掟逃れに人の目を掻い潜る緊張! それら万難の危機を、しっかしそこのミオさまが、そのことごとくを見事に乗り越え、儀式を成し遂げたってわけよ」

「そりゃあ、とんでもないな!」


 ジロウの口から語られる、まさしくすごいとしか言いようのないミオの武勇伝。

 そんなものを聞かされたナツのミオ株は、もはやストップ高だった。


「ミオ、すごいすごい! 本当にすごいな!」

「はへっ!? そ、そうか? えへ、えへへへへぇ……」


 キラッキラの目でナツにベッタベタに褒められて、いかにも照れて堪らないといったミオ。

 これにはオキナとワビスケもニッコリである。



「……へへっ。よかったな。ナツのために頑張った甲斐があったってもんだな?」


 そこにジロウの言葉が、ポイッと投げ込まれた。



「あ、こりゃっ! ジロウ!」

「ダメですよジロウさん!」


 オキナとワビスケが止めに入ったがもう遅い。


「え、どういうこと?」


 意味も解らずナツがミオに問いかけて。

 問いかけられたミオはと言えば――。


「………」 


 池の鯉みたいに口をパクパクさせながら。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!」


 びっくりするほど全身真っ赤になって、恥ずかしさと怒りを露わにしていた。



「ミオ?」

「うるせぇバーカ!! お前には関係ねぇよ! バーカバーカ!!」


 思わず声をかけたナツに返って来たのは、罵倒とダンッと畳を踏み蹴る音。

 そして完全に湯だった幼顔。


「ジロウ! てめぇはもう喋んなっ!」

「フヒヒヒッ! ヘヘヘッ!」


 さらに指差し怒鳴ったミオに、ジロウは面白くって仕方ないと、細長い体をバナナのようによじって曲げて畳の上を転がっていた。


「オキナもワビスケも! この話はこれで終わりだ! いいな!!」

「は、はいっ!」

「ほっほっほ」


「ふんっ!」


 指差し確認にそれぞれの返事を得て、ミオはあからさまに不機嫌さをアピールしながらあぐらを掻く。

 ちょっと面白……不可解な彼女の態度に、非常に興味を惹かれるナツだったが。


「ナツ! ここのパソコンの操作教えろ!!」

「ハイ喜んでー!」


 ジロリと睨まれ、さすがにこれ以上の掘り下げは諦める。


(結局……俺のためって、どういう意味だったんだ?)


 浮かんだ謎は謎のまま、目の前の騒がしさに消えていくのだった。



「ボク、お茶のお替り持ってくるね」

「うむ。頼んだぞ、ワビスケ」


 ワビスケを見送り、再びパソコンとにらめっこしだした仲間たちを眺め。


「……ふむ」


 オキナは一人、思う。



(……ここでナツに、ミオはおヌシが消えてから、寂しくて寂しくて、求めて求めてしょうがなくて、会いたいから、と、試練とか関係なしにおヌシを探してクマ川の急流を下ったのじゃ……なーんてバラしてしもうたら、どうなるかのぅ?)


 ミオが“ガラッパ”になった、その理由。

 そこに詰まった、重くて深い、感情を。



「……まぁ、言わんのじゃけど」


 知っていながら口には出さず、静かにゆっくり首を振るその姿には。


(ぜ~~~ったい、その方が面白いからのぅ)


 長い長い年月を面白いこと探しに費やしてきた、ベテランの味わいが滲んでいた。



      ※      ※      ※



 そんなこんなで。 

 やいのやいのと脱線し、騒ぎながらも話は進み。


「んぐっんぐ、んぐ。ぷはぁ! ……さーて、メンバーも十分な数揃ったことだし、ここからは初配信に向けて準備を整えていくわけだけど」


 ワビスケが淹れ直した麦茶で喉を潤し、ナツが言う。


「いきなり動画を配信するってだけじゃ、注目は得られない。ってことで、まずはSNSで宣伝しようと思う。ちなみにSNSってのは――」


 説明混じりに提案するのは、計画を次の段階へと進める一手。



「――トリッター。とりあえずここに、俺たちで共有するアカウントを作る」


 スマホを操作し起動するアプリは、青い鳥が大きな丸を翼で描くアイコンの物。

 すでにアカウント自体は作ってあるのか、迷わずナツが操作を進め、ページを開く。


 誰ともまだ繋がっていない、名前すらないアカウントがそこにあった。

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