第22話 心の守護者
精神世界が閉じるまでに秋名心の『歪み』を浄化し、脱出するというのが今回の月兎達のミッションだ。
そのため、使える時間は必然的に限られているので秋名陽一や夏坂輝晶と合流出来なかったからといって無闇に探し回るのはやめることにした。
心の精神世界の中枢と思われる場所をカンで目指していると、少しずつ心の気配が強くなっていくのを感じた。
「精神世界の中枢まであと、どのくらいで着くんだ?」
山瀬医師のナビゲーションを受けながら精神世界への中枢を目指す、という話はどうなったのか? と、月兎は考えた。
山瀬医師の声は聞こえないし、陽一や輝晶とは精神世界へダイブした瞬間に散り散りになってしまったようだ。
月兎はつい癖で腕時計を確認するが身につけていないようだ。
「……仕方ないとはいえ、トラブルだらけじゃないか」
ほぼ前例が無いという人間の精神世界へのダイブという荒療治だが、指揮者である山瀬医師のナビゲーションが一切聞こえない上に仲間とはぐれてしまうだなんて状況は流石に想定していない。
とにかく、変身する力を持つ陽一か輝晶と合流したいところだ。
いくら人間の精神世界であってもマジカルワンドを創りだして魔法少女に変身!とはいかない。――月兎は試してみたが無理だった。
「モル〜!!」
「うん?」
とにかく、心の気配がする方へと歩みを進めていたところに聞き馴染みのある可愛らしい声が聞こえてきた。
「月兎く〜ん!!」
「モルル?」
モルルは勢いよく月兎に飛びついてきた。
妖精という事もあり、体は小さく軽いのでぬいぐるみを投げつけられたかのような感触だ。
「ようやく知ってる顔と会えたモル!」
「そうだね、良かった」
モルルは輝晶と魂同士が深く結びついている契約を交わしているはずなので、輝晶を探知出来るはず。
これで戦える人間のいない状態で単独行動、という最悪の事態は免れたはずだと月兎は安心した。
「モルル、生徒会長は?」
「それが、探知してみたんだけど……結構先に行っちゃってるモル」
「結構先に? 着地点が中枢に近いのかな」
「そうみたいモル! 中枢に近ければ近いほどハートイーターが多いみたいモル」
モルルは心配そうな表情で月兎を見上げている。
飼い主が行方不明になってしまった犬のような表情をしているが、月兎からすれば自分に頼っても仕方がないというところだ。
魔法少女に変身する力も無ければ、魔法そのものを使った経験なんて無い。強いて言えば、心の痛みを肩代わりしたくらいだ。
「分かった。マルルや秋名さんのお父さん――陽一さんを捜しながら一緒に中枢に向かおう」
◆◆◆◆◆◆◆
「ダイヤモンドカッター!!」
輝晶の掛け声と共に煌めく戦輪が複雑な軌道を描き、立ちはだかるハートイーターの腕や脚などを切り落とす。
プリズムダイヤは一人先行し、心の精神世界の中枢へと向かっていたが複数体のハートイーターに狙われ、戦いを余儀なくされていた。
もう少し時間をかけて仲間を探すべきかとも思ったが、2時間というタイムリミットが設けられている以上時間は無駄に出来ないだろう。
不幸中の幸いなのが、精神体として活動しているせいかは不明ではあるものの自分の実力以上の力を発揮出来ている。
体が軽く、魔法の威力はもちろんコントロールも上がっている。
ダイヤモンドカッターは練習で夏坂邸の樹を何本か薙ぎ倒してしまったほどコントロールが難しい魔法だが、気持ちいいほどに上手にコントロール出来ている。
「このまま一度後退して立て直すべき……ですわね」
いくら普段よりも高い実力を発揮出来ているといっても、やはり魔法を連発すれば魔法力は磨耗する。
こんな空間で戦闘不能になってしまったら、生きて帰るのは難しいだろう。
それに突入した時からナビゲーションしてくれるはずの山線医師の声が聞こえないのもおかしい。
術式を構築した際に何かミスってしまったのだろうか?
「プリズムダイヤーー!!」
「モルル――ではなく、マルルですわね。仲間と合流出来て助かりましたわ」
マルルの体毛は薄いピンク、それに対してモルルはライトブルー。
マルルが頭につけているリボンは赤、モルルは青い蝶ネクタイをつけているのが特徴だ。
顔立ちは同じだし、シルエットはほぼ同じで声も似たような感じなので夜中にあったら一瞬どっちがどっちか分からなくなるが今はもう輝晶でも声で判別ができるようになった。
「マルル、他のみんなはどうしていますの?」
「モルルは多分、月兎くんと一緒に行動していて陽一は単独でハートイーターを蹴散らしながら進んでいるマル。月兎くんはこのままこの位置で待っていれば合流できそうマル」
モルルは輝晶の位置を察知出来るため、詳しい位置が分かるだろう。
合流しないで先に進むなんて真似はしないはずなのでここで待てば魔法力を回復しながら月兎と合流出来る。
月兎は魔法少女に変身したり魔法を使ったりは出来ないものの、秋名心を説得するのに大きな力を発揮するだろう。
何せ〝あの〟秋名心が恋人として選んだ相手なのだ、よほど好きだから付き合っているのだろう。
「やっぱり――月兎くんもここに来てるんだ」
「えっ?」
朽ち果てたコンクリートにハイヒールの音を響かせながら、〝彼女〟が現れた。
ピンク色の愛らしくも美しい魔法少女の法衣を身に纏った、最強の魔法少女――
「ロイヤルハート……!!」
「あの子――秋名心が警告を出してたから来たんだけど、まさか夢の中に入り込んでくる人間がいるなんて」
彼女は呆れたような表情でそうボヤくと、輝晶と月兎は正気を失ったと思われるロイヤルハートに言う。
「秋名さん、どうして貴女は目を醒さないんですの!? このままでは身体が弱りきって――」
「死んでしまう、って?」
「えっ」
「そんなの『私』は分かってるよ、このままでは遠からず死んでしまうだろうって」
輝晶は思わず言葉を失う。
まさか、秋名心はこのままでは死んでしまうと承知の上で眠り続けているのか。 では、何故? そうなってしまう理由が分からなかった。
「花粉症の人ってさ、花粉を体から追い出そうとしてあんなに苦しむんだって。鼻水を出すのも、くしゃみをするのも、涙を流すのも。風邪で熱にうなされるのもそう……熱を出して悪性のウィルスと戦う。では、心の中に異物が入り込んできたらどうする?」
「秋名さん、私はあなたを――!!」
「――知ったことじゃないよ」
心はマジカルワンドを構え、魔法力を練り始める。
すると、ギギギ……という空間の悲鳴のような嫌な音が聞こえること同時に空間が震え始めた。
ここは『秋名心の精神世界』であるため、輝晶とは比べものにならないほどの魔法力がロイヤルハートの元へと集中する。
魔法による圧力ともいうべきプレッシャーが輝晶達に重くのしかかる。
「これは!?」
「息が、詰まる……ロイヤルハートの魔法力マル!! でも、いくらロイヤルハートでもここまでの魔法力は――」
「マルルはまだ分かってないみたいだね、ここは秋名心の世界、秋名心がルール、秋名心の望みが叶う世界。秋名心が、排除すべきだと思えば――簡単にあなた達を排除することが可能になる」
「そんな!!」
今の輝晶たちは精神体である。 そして、精神世界で重篤なダメージを受ければどうなってしまうかわかったものではない。
挙句、山瀬医師のサポート無しには簡単に脱出することもままならない。
脱出する方法があるとすれば、秋名心を説得して精神世界を『浄化』することだけ。
「マルル、彼女を倒したら不味いですか?」
「……彼女は精神世界から異物を排除するための抗体だと推測できるマル。本体ではないから、多少傷つけても心自身にダメージは及ばないとは思うマル」
マルルは自信なさげに語る。マルルは魔法少女をアシストするために存在している妖精であって、精神世界の専門家ではない。
だが、その言葉に後押しされて輝晶はマジカルワンドを展開させる。
「秋名さんの抗体さん、これは正当防衛ってヤツですわ。痛いじゃすまないかもしれませんが、悪く思わないでくださいまし」
「――ムカつくな、今の生徒会長。自分の力量も弁えないで……勝つことを前提に語ってる。そうやって、心のことも見下してるんてしょ」
「あら、ノブレス・オブリージュというヤツですわ。選ばれし血筋に生まれた者は相応の振る舞いを――清く、正しく、美しく……そして、強く。悪しき者には毅然たる態度で、守るべき民には優しさを、親愛なる者には愛情を。秋名心さんの友人代表としてあなたを救います!!」
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