第21話 意識の断片
心の言葉は確かにショックではあるが、今はそんなことを言っている場合ではない。
心の精神世界を保つために心自身のダメージへはなんらかのセーフティが働いて傷を負ってもある程度は平気だろうが、陽一達『異物』にはそういったセーフティは働かない。
この心が生み出したハートイーターの攻撃を受けたら陽一達は実際にダメージを受けることになる。
「心、協力してヤツを倒すぞ!」
「あいつを倒すのは良いんだけど――」
流石に心も状況を呑み込んだらしく、先ほど胴体に風穴を開けられたハートイーターを見る。
陽一は何か問題があるのか、と心の視線の先を追うとハートイーターに開けられた穴がみるみるうちに塞がっていく。
「ダメージを与えても、ああやって即座に回復しちゃう」
「なんだと?」
「必殺技を使っても肉体は再生して、コアを破壊してもそのコアはすぐに再生する……融合タイプのハートイーターだから浄化魔法が通用するとも思えない」
「だったら、コアを破壊した直後に大技を叩き込めば」
「あのハートイーターは普通じゃないんだよ、コア自体がかなりの防御力を持ってる。それこそ必殺技クラスの威力の攻撃を叩き込まないと」
「なら、コアは俺が破壊する。純粋な破壊力だけなら、俺は大したもんだぞ。コアを破壊した直後に心……ロイヤルハートが大技を叩き込む。それを試してみよう」
心は少し考え、それを了承した事を示すように頷く。
その瞬間、ハートイーターは巨大な腕を振り下ろし拳を地面に叩きつける。
陽一が飛び上がり反転して急降下キックをハートイーターのコアを目掛けて叩き込む。しかし、何らかの力場に弾かれコアそのものには攻撃が届かない。
「チッ……!!」
陽一がくるりと体をひねらせて着地をすると、心はエネルギーの弾丸をマジカルワンドから放つ。
「ロイヤルハート、助かる! 魔法力は――」
「あと必殺技を2回は撃てるから大丈夫!」
「分かった!!」
心の援護射撃で怯んだハートイーターに向かって突進する陽一。ハートイーターは驚いたような顔をするが、陽一のスピードに対応出来ずコアは剥き出しの状態だ。
陽一は魔法力を脚部を中心に練り上げ、跳躍する――
「スピニングファイヤー・キック!!」
渦巻く炎が陽一の足から巻き上がり、それを蹴り出す。
ハートイーターは陽一が蹴り飛ばした炎に巻かれると、その炎は鎖のように変化してハートイーターを拘束する。
ハートイーターは炎の鎖を外そうと暴れ始めるが、その鎖は暴れるほどにハートイーターの身体を締め上げる。
「ギイイィィィィィ!!」
ハートイーターは悲鳴とも怒りの雄叫びとも判別のつかない大声を上げるが、抵抗虚しく陽一は必殺技を放った。
「サンシャインキイイィィィィィィックウウゥゥ!!」
ハートイーターの遥か頭上から斧を振り下ろしたかのように放たれる急降下必殺キックは、ハートイーターの身体を真っ二つに両断してしまう。
だが――
「まだ再生するか……!」
両断されたハートイーターは断面からグロテスクな内臓のようなものを撒き散らしていたが、泣き別れしたもう片方の体へ触手のような管を伸ばして結合しようとしている。
その様はまるでモンスターパニック系スプラッタ映画のようだが、今はそんな事を言っている場合ではない。
「でもこれで、トドメ!」
心は魔法力を集中させ、呪文の詠唱を始めた。
幾重もの魔法陣を展開して、魔法力を解放する。
『原初より未来へ、悠穹の刻をヒトの叡智と共に生きる創造と破壊の化身――かの者の名は焔! 荒れ狂う嵐となりて、空さえも焼き尽くせ!! ブレイズハリケーン!!』
再生しようとするハートイーターの足元にユラユラと地面に蜃気楼のようなものが生まれ、カッ!と一気に辺りの空間が熱せられる。
その熱はは離れた位置にいる人間さえも火傷してしまうのではないかと思うほどであり、熱に呑み込まれたハートイーターは表皮が溶解してしまっている。
そして、露出したハートイーターの腑は焼き尽くされてしまった。
このブレイズハリケーンという魔法の殺傷能力の本番はここからであり、熱が発生している箇所を中心に超局地的なプラズマの嵐が生まれる。
そしてプラズマ嵐の極限の高熱はもはや呼吸さえも許さずハリケーンの表層に触れれば肉体を分子レベルまで分解してしまう。
よほどの相手で無ければ発動すれば生還を許さないだろう。
「はぁ、はぁ……」
「すごい魔法だな、ロイヤルハート!」
ハリケーンが収まると、心はその場にへたり込む。
使い慣れていない高位魔法を使った反動から脱力感にやられてしまったのだ。
「私、こんな破茶滅茶な魔法……使えないよ普段は」
「破茶滅茶な魔法って――」
「マルルから貰った魔法書を読んで勉強してるんだけど、私は変身前なら初歩的な魔法だけ。変身しても、応用攻撃魔法程度――そんなへっぽこ魔法使いなんだ」
やるせなさに笑う心。陽一は突然自嘲する娘にどんな言葉をかけたらいいのか、なんでこんな態度を取るのかが分からず対応に窮した。
「なら、どうしてぶっつけ本番であんな大技を出せたんだ? 凄いじゃないか」
「答えは単純明快。ここは秋名心の、夢の中だから。私が望めば簡単に叶う、とても自由で――とても不自由な世界。そして私は、秋名心という人間を構成する意識体のひとつ。っていうところかな」
心は陽一の方を振り向いて自分の考えを語った。
いや、厳密に言えば秋名心本人ではなく秋名心の『意識』のひとつなのだが。
「つまり、心は今夢を見ている。そして、その夢を見ているという自覚がある……という状態か?」
「そんなところ。情けない話なんだけど、意識の中でパラドックスが起きちゃってさ。秋名心という女の子は、夢を見ているんだ。自分を死んでしまった、と思い込んで――いや、そうするフリをする方がラクだからそうしてる」
「えっと、つまり……?」
心は戦いの中で死んでしまったと思い込んだ。
でも、実際のところは死んでいない。
死んでいない事に気付いていながら、死者を演じている。
つまり、心は――
「まるで、死んだ方がラクだから死んでいる事を選んでいるみたいじゃないか!!」
「うん、そうだよ」
心の意識体があっさりとそう返した。そんな心の意識体に対して陽一は思わず怒鳴ってしまう。
「ねえ、お父さん。もしも、あの時に戻れたらどうする?」
「あっ……?」
「お母さんと結婚して12年目、休みとか放課後に私が『フルハウス』をお手伝いするようになって、お母さんがケーキを焼いて、お父さんはコーヒーを淹れて、お客さんが楽しそうに笑っていた……あの時に。そんな夢を見たら……醒めたいって、思う?」
陽一にも覚えがあった。
夢から醒めて起きた時に、枕が涙でびっしょりと濡れていた事は何度だってある。
美乎にプロポーズをしたあの時、義父がボロ泣きしながらスピーチをした美乎との結婚式、心が生まれたあの時、心と美乎が一緒に『フルハウス』で働いていたあの時――数えれば限りがない。
「それは、醒めたくはない……だけど、心は――心を必要としている人間は大勢いるんだ!! いや、必要とされているだけじゃない!! 心には未来がある、もう2年もすれば高校生で、やっと初めて恋人が出来て――心には幸せになってほしい!! だから――」
「でも、お父さん……私、お母さんに会いたい」
心の意識体は涙を目に浮かべて、今にも泣きそうな顔をしながら幻のようにその場から消えてしまう。
「心!!」
陽一は辺りを見回して心の名前を呼ぶが、辺りに心の姿は無い。そんな陽一の様子を見てか、心の意識体は陽一に呼びかけた。
まるで脳裏に直接響くかのようなその声は、陽一を不安へと駆り立てる。
『お父さんも会えば分かるよ、お母さんに』
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