第20話 心の世界
星乃灯市立夏坂総合病院には魔法関連専門課があり、ごく限られた人間のみが受診する事ができる。
そして、その魔法関連専門課の空き病室には心の精神世界へと突入する陽一、輝晶、月兎、マルル、モルルの5人がベッドに寝かされている。
そして部屋の中央には大きな魔法陣が設置されており、窓は黒いカーテンで閉めきられているため「これから黒魔術の儀式でも執り行うのか」と思わせるような禍々しさが漂っている。
星を象った魔法陣の中央にはマジカルワンドの先端に嵌め込まれているスピル霊子結晶の大型版のような輝石が設置されている。
その術者である山瀬医師はブツブツと呪文のようなものを唱えつつ、儀式を進めていることも併さり不気味さを増長させているが今はそんな事を気にしている場合ではない。
「あれはスピル霊子結晶――確かハートクリスタルでしたか。やはりあの宝石が魔法のトリガーとなるようですわね。あれさえあれば、一般の方でも魔法を……」
輝晶はそんな推論を立てているが、マルルは否定する。
「ウィンダリア王国出身の人間は大なり小なり魔法力を持っているマル。でも地球の人間で魔法力を持っている人間は限られているマル。だから誰でもお手軽に〜とはいかないマル」
「つまり私はたまたま限られた人間だった、ということですの?」
「そういう事マル。ただし、ウィンダリア王国には心や輝晶ほど強力な魔法力を宿した人間はいなかったマル」
「そういうものなのですね」
魔法が当たり前の世界の住人の中でも魔法少女のような存在はイレギュラーだった。
だからウィンダリア王国はハートイーターに対抗する事が出来ず、滅亡寸前まで追いやられてしまった。
しかし地球人には魔法少女に目覚める素質の魔法力を秘めた人間がそれなりにいる。
この星乃灯市だけでも魔法少女の力に目覚めた人間はわずか2年という歳月の中で秋名心、夏坂輝晶、秋名陽一――そして、魔法力に溢れた明星月兎という存在。
スピル霊子を奪うためにハートイーターを操り地球へ侵略しにきた結果、皮肉なことにも魔法少女の力でハートイーター殲滅の可能性が出てきてしまったのだが。
「さて、そろそろ準備が出来ました。皆さん、雑念を捨ててください」
「雑念?」
「日本的な言い方をすれば瞑想ですかね? 精神を統一して雑念を払拭してください」
「むう……」
陽一は瞑想などした事はないし、よく分からない。
だが、山瀬は言う。
「うーん、取り敢えず寝る時の感覚で大丈夫です。というか寝ちゃって大丈夫です。とにかく雑念を取っ払ってもらえればそれで術式は完了するので」
「なら最初からそう言ってください」
「完全に寝ちゃうと面倒なんで……術式のコントロールがちょこっとだけ面倒で」
陽一はこんな状況でも緊張感のない山瀬に対して心の中で舌打ちをしつつ、目を閉じて意識を閉じる。
「生命の根源たる星の煌めきよ、器の壁を取り払い新たなる次元へ羽撃け――スピリットゲート、解放!」
◆◆◆◆◆◆◆
空から落ちて、落ちて、落ち続けて柔らかな泡に抱かれて更に落ちていく。
その時に見えた光景というのは形容し難く、青とも緑とも黄色とも赤とも紫とも白とも黒とも言えない複雑な色が混ざり合った無の空間。
上も下もなく、右も左も判断がつかない。海とも空とも区別がつかない。
はっきりと分かるのはそこが陸地ではなく、物質的な世界ではないという事だ。
「ここは……そうか。ここは心の世界」
陽一は呟く。
眠りから覚めたばかりの、朝陽が窓から差し込んだ時に視界が刺激された時のような感覚。
自分の娘、秋名心の発するオーラに包まれていると陽一は本能的に察した。
「ここを泳いでいれば、心の元へ行けるわけだな!」
心のオーラを発する中枢へと陽一は空とも海ともいえない場所を泳ぎ始める。
兎にも角にも、すぐに心を救い出さなければいけない。
心は自分が死んでしまっていると勘違いしているのならすぐにお前はまだ生きているのだ、と教えてやらねばならない。
取り敢えず素潜りのようにバタ足で空気を蹴って、それを推進力に心の中枢へと進んでいく。すると、見覚えのある風景が見えてくる。
「ここは――」
血を思わせる朱紅の空、降りしきる雨、ヒビ割れた道路、歪んで破壊されたビル。
そして、そこには凄惨としか言いようがないほどボロ雑巾のように肉体をズタズタにされた死体が転がっている。
「廃墟? いや、違う」
廃墟というには傷痕が生々しく、死体が風化すらしていない。現在進行形で街が破壊され、そこに住む人間が襲われている。
「ハートブレイカーソード!!」
本当にこんな場所が心の精神で構築された世界、夢の中なのか?
と、戸惑っていたところに心の声が聞こえてきた。
陽一が歩いているビルの向こう側で心が、魔法少女ロイヤルハートが戦っている。
「心!!」
陽一は走り出す。精神世界の最奥だとは思えないが戦っているのが心なのだとしたら放ってはおけない。
「マジカルワンド! チェンジ・マジカルフォーーーーム!!」
マジカルワンドを具現化させ、マジカルフォームへと移行する。
精神世界という霊子で構築された世界であるせいなのか、この上ないほどスムーズに変身を完了させる。
もっとも、相変わらず筋骨隆々で無駄毛の処理はしていないのでこの上なく頓珍漢な格好だがそんな事は『強さ』には関係ない。
「心――ロイヤルハート! 助太刀するぞ!!」
戦闘音が鳴る方へと走る、といっても目と鼻の先なのですぐに現場に辿り着く。
ビルの向こう側ではロイヤルハートがマジカルワンドのハートクリスタルを刀剣へと変形させ、ハートイーターと切り結んでいる。
あれほど強いロイヤルハートが苦戦を強いられているという事は、相当の強敵だ。
「クレセントムーン・スラッシュ!!」
ハートクリスタルの刀剣『ロイヤルハートサーベル』の斬撃を増幅させ、三日月状に斬り上げ、そこから斬り下ろす。
「たあぁぁぁぁぁッ!!」
手応えはあって、ハートイーターは仰反る。しかし、それでも倒れない。
「ボディを切り裂いても、コアは無傷……!」
「心、そいつから離れろ!!」
ブレイズサンシャインが駆けつけ、拳から螺旋状に渦巻くようなエネルギーを放つ。
心は異常なまでの高エネルギーを感じ、咄嗟にそれを躱す。
その螺旋状のエネルギーはハートイーターの胴体を貫き、ハートイーターの背後のビルの壁を砕く。
「この力……」
「心、えぇと……ロイヤルハート! 大丈夫か?」
ロイヤルハートは凄まじい力と自分を呼ぶ声がする方を向く。
そしてその声はロイヤルハート自身がよく聞き覚えのある声だったが、そこから放たれた魔法とも暴力ともいえない力の持ち主とイメージが合致しなかった。
「お父……さんの顔をした不審者だーーーー!?」
「え、えええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
蓄えられた口髭、自分の父ながら端正でダンディな顔立ち、よく整えられた髪型。
どこで鍛えたのか分からない細マッチョなボディ、パツパツの魔法少女のコスチューム、そして濃ゆい腕毛と脚の毛。
せっかくの優れた素材がやたらと露出度数の高い魔法少女のコスチュームが全てを台無しにしていた。
「い、いや……ロイヤルハート! 俺のこの格好を見たことがあるだろう!」
「ちょっと、近寄らないで! それ以上近寄らないで! なんか、ガッカリするから!!」
「ガッカリ!?」
「失望させないで!!」
今になってグサグサと突き刺さる言葉。
「こ、心。俺の魔法少女の格好をそんな風に……思っていたのか」
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