第10話 揃い立つ魔法少女達(後編)

 ハートイーターの行動原理は生命体、とりわけ知的生命体の持つスピル霊子の吸収にある。

それは人間が食事を摂って栄養素を得るのと変わらない。

そしてそのスピル霊子はハートイーターのボディに蓄積され、蓄積したスピル霊子を奪うのが『敵』の役割。

なので、ハートイーターが人間を襲う前に阻止する――或いは、これ以上被害を出す前にハートイーターを倒す。

それが魔法少女の役目だ。

幸い、建物などを壊して理性なく暴れ回っている段階で現場に急行できた。



「プリズムダイヤ、変身を!!」

「ええ!!」



心と輝晶、二人の少女が高く高く跳躍して外套を取り払う。

光り輝くインナーウェアがキャミソールワンピースの形状を成しているが、それが魔法少女としてのコスチュームへと変化していく。

自由落下しながら二人は名乗り口上、つまり魔法少女へと変身完了を示す呪文を詠唱する。



「溢れる想いをパワーに換えて――魔法少女ロイヤルハート、みんなのためにここに参上!!」

「みんなのキラメキ守るため――魔法少女プリズムダイヤ、未来のためにここに登場!!」



自由落下しながら……いや、二人はハートイーターへの攻撃をこのまま実行するつもりだ。

まずはプリズムダイヤが専用の青いプリズムワンドから魔法の弦を形成し、光の矢を放つ。



「正義の名の下に、光の矢よ――降り注げ!! シャイニングアロー・シュート!!」



プリズムダイヤの構える一本の光の矢は巨大化し、それが光の雨となってハートイーターに降り注ぐ。

しかし、ハートイーターの表層を傷つけた程度でダメージを与えるには至っていない。

プリズムダイヤは舌打ちをしながら壁を蹴り、地面へと着地する。

しかし、その『シャイニングアロー』によって充分な隙を作ることは出来た。

脚部へと魔法力を集中させたロイヤルハートはくるりと空中で身体を捻り、空気を割きながら急降下キックを食らわせる。



「バアアァァァァァァスト……キイイィィィィィィックウゥゥ!!」



凄まじい速度で急降下、メリメリっとハートイーターに衝撃とダメージを与える感触があった。

ロイヤルハートが宙返りをしながらハートイーターから距離を取り、マジカルワンドを手にしてクリスタルから魔法力による射撃を行う。

ハートイーターを相手に長期戦を行うのは愚策だ。市街地における戦いの基本は、民間人の犠牲者を出さないことにある。

そのためには、反撃の余地を与えない事が大事だ。



「プリズムダイヤ、攻撃を!!」



ロイヤルハートの援護の声に応じて、魔法エネルギーで形成されたブーメランをハートイーターにぶつける。

先ほどの光の雨シャイニングアローを受けたダメージか、あっさりと外装にヒビが入る。



「この攻撃なら……!! ロイヤルハート、お得意の格闘術で足止めをお願いしますわ!! その間に大技の準備を致します!」

「大技……了解!」



ロイヤルハートはまだ本調子とは言えないコンディションだ。大技を放ってしまっては魔法力がすっからかんになってしまう。

そうなれば次回までフルコンディションで戦いの場に出られるとも限らない。

心は右脚で踏み込み高くジャンプしてハートイーターの胸部中心で怪しく光るコアに蹴りを叩き込む。



――ハートイーターはコア、すなわち弱点への攻撃を嫌がる。スピル霊子、すなわち魔法力が多くて美味そうなのはプリズムダイヤの方だろう。でも、先にやっつけないといけない怖い方は、私の方だぞハートイーター!!



咄嗟のコアへの攻撃に後ろへよろけるハートイーター、攻撃を躱された。

だが、ロイヤルハートは攻撃を躱されようが全く問題ない。

こいつを仕留めるのはプリズムダイヤ、念のために弱らせる事ができたらラッキー。



「まだまだっ!」



空中に魔法力の足場を作り、くるりと身体を反転させる。

そしてそのままマジカルワンドを拳銃のように構えて魔法のエネルギー弾をコア目掛けて撃つ。

バシュッ!バシュッ!とSFアニメのビーム砲のような音が鳴るが、その見た目に反して反動は大きい。

一発目はコアにクリーンヒット、しかし二発目は左胸に当たり外装がひび割れる。



「原初の暗黒を斬り裂く天地開闢の使者、汝の名は光なり。今ここに願い奉るは破邪を斬り裂く閃光!!」



――あと、5秒か。



スピル霊子がプリズムダイヤに収束していくのをハートイーターは見逃していない。

ロイヤルハートはマジカルワンドの先端のクリスタルから刺突刃を展開、身体全体をバネのように跳ね出させロイヤルハートは叫ぶ。



余所見よそみを……するなッ!!」



刺突刃がハートイーターのコアクリスタルを貫通し、ドス黒い液体がコアクリスタルから噴出されロイヤルハートの体を汚していく。

グガガ……などという鈍い音を鳴らしている。これでヤツの動力源は絶たれた。これで勝利は確定。



「ロイヤルハート、離脱を!!」



ロイヤルハートはニヤリと笑い、マジカルワンドを引き抜き高く跳躍する。



光刃嵐こうじんのあらし――エッジテンペスト!!』



ロイヤルハートが着地すると同時に地面に描かれた光の魔法陣が光の刃が嵐となってハートイーターを斬り裂く。

ハートイーターはダメージの許容量を大きく越えたのか、肉体の崩壊をはじめ黒い粒子となって消滅していく。

それを見届けたプリズムダイヤは姿勢を崩し、膝をついた。



「やれやれ、なんとかなった」



ふう、とロイヤルハートが息をついて少し離れた位置で膝をついているプリズムダイヤ。

ロイヤルハートはそんなプリズムダイヤに手を差し伸べる。



「修行不足ですね、プリズムダイヤ」

「……あなたが規格外なだけですわ」



そうやって煽られたら落ち込んでいる暇などないとプリズムダイヤは立ち上がる。

そういうぶっきらぼうな優しさが彼女にはあるのだと、ここ半年ほどの付き合いでプリズムダイヤは身に染みた。

ロイヤルハートがプリズムダイヤの手を取ろうとすると、悪寒が背中を走る。



「まだ、変身解除は待ってください!! ハートイーターの反応有り、融合タイプです!!」



脳内に三島俊彦の声が響いてきた。最悪のパターンできたか――ロイヤルハートに嫌な汗が流れる。

プリズムダイヤはロイヤルハートの手を取り、立ち上がると三島に訴える。



「そんな、さっきの一撃でもう私の魔法力は底を尽きましたわ!!」

「そんな泣き言を聞いてくれる敵じゃないです。どうせなら思いっきり煽ってくれた方が怒りのパワーで魔法力も湧いてきそうですけど」



「と、とにかく! 魔法使いの部隊を送ります!」

「その魔法使いの部隊、浄化魔法どころか攻撃魔法もロクに使えないんでしょ? 死ににくるだけなら必要ない」

「そ、そんな事を言っても」

「プリズムダイヤは撤退を、融合タイプは私が一人で倒します」



ロイヤルハートに迷いの表情は見えない。さも当然のように戦うことを決めている。



「ちょ、ちょっと! そんなのは無茶ですわ!?」

「プリズムダイヤは魔法力がすっからからん、通常体のハートイーターの足止めでやっとの魔法使いは融合タイプ相手じゃ無駄死にするだけ。無駄な犠牲を出す必要ない」

「そんな……」



恐怖も迷いも1ミリも見せないロイヤルハートにプリズムダイヤは絶句する。

何故、自分がこれから死ぬかもしれないのにここまで平然としていられるのか?

何故、自分を殺しにかかってくる相手にあそこまで果敢に挑めるのか?



「分かりませんわ――」

「会長にも、そのうち分かります。戦っているうちに、掌からこぼれ落ちていくものを見届ける度に。知っていると思いますが、ハートイーターにとって『魔法少女』はいいエサです。死にたくなければ変身を解いて早く逃げてください」



何も出来ない、何の力にもなれないのは事実。

プリズムダイヤはその場を逃げ出し、ロイヤルハートは周囲のスピル霊子を収束していく。

一発だけなら、浄化魔法を撃てるかどうか。ハートイーターの融合タイプを迎え撃つ。



◆◆◆◆◆◆◆


 陽一とマルルは箒を使ってハートイーターが向かっている場所、すなわちロイヤルハートのいる場所へと飛んでいた。



「マルっ! プリズムダイヤが離脱したマル!」

「尻尾巻いて逃げ出したってのかよ!!」

「プリズムダイヤから魔法の力を感じないマル、さっきのバトルでガス欠マル。魔法力の切れた魔法少女はハートイーターの餌にしかならないマル!」

「それじゃあ心は一人で戦うつもりかよ!! 急ぐぞ、マルル!!」



陽一は箒に魔法力を注ぐが、マルルは箒をその場で止める。



「陽一、融合タイプの前には――ただの魔法使いはあまりに無力マル。犠牲に――いや、餌になるだけマル。やっぱり引き返すべきマル」

「今更何を言って――」

「死ににいくくらいなら、尻尾巻いて逃げ出した方が何倍もマシ!! そういう話をしてるマル!!」

「それでも!! それでも――ここで逃げたら、俺は死ぬ以上に後悔する!! 行ってくれ、マルルッッ!!」



――大勢の魔法少女が、生き残りたい大人たちのために犠牲になった。

初恋の相手や大切な両親が生き延びるために、生きたままバラバラに引き裂かれた者もいた。

何故、逃げるだけの大人のために死ななければいけないのか――恨み言を吐きながら命を落とした者もいた。

魔法少女が戦わなければ人が死んでいく、それが嫌だから、戦う力があるのに戦わないと死ぬほど後悔をするから。

そして今、目の前で犠牲になろうとしている命がある。



「後悔……するなマルッッ!!」

「当たり前だ、俺の――俺と美乎が産んだ命以上に、大事なものなどあるものかあああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」



マルルは全速力で箒を飛ばす、一分でも、一秒でも速く彼女の元へと辿り着くために。

 

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