第9話 揃い立つ魔法少女達(前編)

 午前11時前、心は走って現場に向かっている。

先生や友人の目を欺くために心はいつものように人形に自分に代役を務めさせる『トリックドール』の魔法を使い、現場へと急行。

まだ体調は万全ではないけど、魔法使いにようやく変身できるようになった輝晶一人にはとても今のハートイーターは任せておかない。

現れ始めたばかりのハートイーターは素人同然だった心でも対処可能なほど弱かった、けど今は着実に強くなっていくロイヤルハートと渡り合えるほど強力な個体も多い。



「生徒会長に連絡入れたけど、来てくれる――よね?」



授業中に学校を抜け出すのを良しとしない人だ。

心は人命優先と何度か説得したが、やはりギリギリまで渋っていた。

そもそもハートイーターの理不尽な暴力から人命を救うために魔法少女になる事を選んだのに、今更授業がどうだのと言ってはいられない!と、説得してようやく納得してもらえたようだが――



「妙なところで頑固だからな」

「心さん――もとい、ロイヤルハート。出遅れました」



心はぎょっとして振り返る。どうやら来てくれたようだ。

輝晶もまた心と同じように半変身状態、すなわち外套を羽織ってその下に魔法少女コスチュームの基となるインナーウェアだけ着込んでいる。

この状態であれば魔法力を温存したまま身体能力を高めることが出来るし、変身開始から変身完了までの時間を多少ではあるが短縮できる。



「ところで、頑固とは誰のことですの?」

「ああ、うん。お父さんのことです」

「なるほどお父様……確かに頑固そうな雰囲気はありましたわね」



魔法少女としての活動はこの生徒会長、夏坂輝晶なつさかきらきらに握られていると言っても過言ではない。

なので、正直な事を言えば敵に回したくない。

彼女がそんなことをするとは言わないが、ロイヤルハートがフルハウスの一人娘の秋名心という情報はとっくに夏坂の関係者に割れてしまっているのだ。

ご機嫌取りというわけではないが、彼女に従っておくのが今とるべき態度だろう。



「会長――」

「ロイヤルハート、次からは『会長』ではなく『プリズムダイヤ』と呼んでくださいまし。正体を隠すための仮の名でありコードネームですわ」

「分かりました、プリズムダイヤ」



――一応、正体は隠すつもりなんだ。

心からしたら魔法少女の活動は自分にとって隠したいものだが、輝晶はむしろ魔法少女という立場を利用して普通に売名するのだと思っていた。

まず、家族から活動を反対されて身動きが取りにくくなる。それにハートイーターを操る存在がいるとマルルから聞かされていたから正体が割れたら家族を人質に取るなんて卑怯な真似をしてくる敵もいるだろう。

それに何より、妙にメルヘンかつボディラインが出る上にピンク色の髪色にアニメ調のメイク、キラキラした瞳のハイライト。

そんなのを知人に目撃されたらバカにされるに決まっている。

こっちがどんな必死な思いで戦っているのか、知りもせずに。



「ロイヤルハート、マルルはどこにいるモル?」



プリズムダイヤと一緒に屋根の上を走っているとモルルが飛び出してロイヤルハートに聞いてきた。

マルルとモルルは双子の兄弟らしく、こちら側の世界に来るまでは二人一緒にいたので不安になったのだ。



「マルルならお父さんと一緒にいるよ、フルハウスでお父さんの魔法のお稽古をしてるんだってさ」

「魔法の稽古……確か魔法の力は血縁でも強くなるのでしたわね。それなら納得ですわ」

「ロイヤルハートは自力で変身できるモル? すごいモル!」

「そりゃまあ、一年も魔法少女やっていればね」



異世界の魔法少女はマジカルワンドの完成だけで一年以上かけるし、浄化魔法の体得でも一年以上かかるという。

自力での変身も魔法少女としての活動限界に差し掛かってからようやく、という人が大半であるという。

それをモルルから聞かされていた輝晶も、マジカルワンドの完成をわずか数ヶ月で終えた彼女はどれだけ恵まれた才能なのだと嫉妬してしまうほどだ。



「でも、今日ばかりは会長――プリズムダイヤに頑張って体を張ってもらわないと、最悪二人とも死んじゃうから」

「……そうなったら最悪ですわね。今の状態からハートイーターに対抗するなんて不可能ですわ」

「だから、今日ばかりは本気で頑張ってくださいね」



距離があるにも関わらずハートイーターの出現を予期できたということは、それだけ強力な相手であるということだ。

心も表情を険しくさせるが、そんな時に頭の中に声が響いてきた。



「システムリンク、完了。ロイヤルハート、応答を願いたい」



地域貢献活動同好会で心とよく話していたお菓子作りが得意ないつもパソコン片手に何らかのプログラムを組んでいる三島俊彦みしまとしひこの声だ。

正直、突然の出来事すぎて驚いたが一応返答をしてみた。



「こちら地域貢献活動同好会の三島俊彦、突然通信をしてごめんなさい。今日から音声越しに君のアシストをすることになった。この通信システムは夏坂家と共同で製作したもので、マジカルワンドとの精神的なネットワークを解析して作り上げた。ノイズも少なく快適な通信を実現――と御託はここまでにして、これからは僕が秋名さんをサポートすることになった。よろしく」



無骨に見えて礼儀正しく、ややオタクっぽいところが三島らしいと思っていたところで別の女子の声が聞こえてきた。



「はい、いつまでもダラダラお喋りしてないでこちらで計算した情報やら戦況を的確に伝える! いくら秋名先輩が可愛いからってデレデレしないの!!」



聞こえてきた声は同じく同好会の篠宮明音しのみやあかねのものだろう。明音は三島俊彦の幼馴染であり、心よりも一つ後輩の女の子だ。

明らかに明音は三島に惚れているとしか思えない言動・行動を繰り返しているが、本人にその自覚はなく周囲からそのことを揶揄われると必死になって否定する。



「あの、ところで確認したいんだけどこの通信って音声だけ? それとも私の姿が見えるの?」

「ええ、マジカルワンドと連動させているので見えていますよ」

「そう言えばマジカルワンドのデータを取りたいとか言ってたな。今後の戦力増強のためとか言って」



輝晶に頼まれて一晩だけマジカルワンドを貸したことがある、心の意思に反応してマジカルワンドを手元に戻すことが出来るので了承したがそれがこの通信システムの構築だったのかと心は理解した。

だが、ということは――



「あの、それって私の手元に常にマジカルワンドがあるわけだからいつでもどこでも私のプライバシーを覗き放題ってことにならない?」

「えぇっ!?」



通信先の俊彦が素っ頓狂な声をあげる、そんなことまで想定していなかったというリアクションだ。

それに、通学時以外はマジカルワンドは机に貯い込んであるから覗こうなどと思っても不可能だ。



「もし、もしそんなことになったらこいつの目を抉ります」



明音が隣で物々しい発言をしている。目が座っている明音の姿が目に浮かぶようだ。



「そこまでしなくていいよ!? そもそも覗かないと思うし!!」

「三島くんは以前、何気ない雑談の中でこう仰っていましたわ。女子といるより男子の輪の中にいる方が好き、話していて楽しいのは男子だから男子の部員が欲しい――と。 つまり、三島くんは男子の方が好きだからなんの心配もしていませんわ」

「それは色々違います!! 僕の恋愛対象は女の子であって、男子ではありません!!」



必死に三島は叫んでいる。生徒会長からの援護誤射によってあらぬ疑いをかけられた三島。

三島が怒鳴っているのに音割れを起こさずクリアな音声で聞けているので、快適な通信システムというのは本当のことらしい。

心は三島を宥めつつ、ハートイーターが現れた場所へと向かう。

 


◆◆◆◆◆◆◆



 ハートイーターの出現先へと心達が向かっている中、陽一は掃除用具入れから箒を取り出していた。

マルルが魔法使いの移動といったらやっぱり箒マル! などと言っているが異世界ではもうとっくに使われなくなった移動方法だ。

魔法少女である心は「箒での移動は常に魔法力をコントロールする必要があるし、疲れるし非効率」と宣い、半変身で脚を使って移動する方法を選んだ。

異世界にはオートライドという魔法力機関を用いた全自動式飛行バイクが開発されているが、マルル達は着の身着のままでこの世界にやってきたので当然持っていない。

そもそもこの世界で動くという保証は無いのだが。



「箒は僕がコントロールするマル。陽一は跨って魔法力を注ぎ込むだけで大丈夫マル」

「その前に、5秒くれ」

「分かったマル」



美乎が遺した陽一へのプレゼント、家族写真が収められたロケット。

それを開くと懐中時計になっており、ネジを回すとそれが開いて笑顔の心と陽一、そして美乎が写っている。

もうすぐで結婚記念日だからと陽一から美乎に贈った、それがこの思い出のロケットで美乎が死んだあの日から動かなくなってしまった。

だけど、陽一は知っている。この時計は今でも時々動いているということを。

きっとこの時計には、美乎の想いが詰まっているのだ。

それを握りしめて祈りを込めた。



「よし、行くぞマルル。心たちを助けるために!!」

 

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