第8話 インターミッション
ハートイーターさえ現れなければ星乃灯市の流れる時間は穏やかなものだ。
陽一の営む珈琲店『フルハウス』はそれなりに繁盛していて、星乃灯第一中学校は特に事件も起こらずに授業と部活が行われている。
ただし、ロイヤルハートの正体を知っている者たちに限ってはその心境は穏やかなものではない。
「完全な状態になるまであと3日もかかるんですの?」
第一中学校屋上の地域貢献活動同好会部室では、退院した心が輝晶に現状の報告をしていた。
ハートイーターの襲撃から――ロイヤルハートを戦闘不能に追い込んだカプリスという男の出現からもう5日も経過している。
ハートイーターが週に2回も出現する事も珍しくなくなった昨今では、ロイヤルハートが万全ではないのは大きな痛手だ。
「こうして日常生活を送る分には問題ないけど、肉体の修復に魔法力の大半を使ってるんで変身したところで満足に動けるかどうかは分からないです」
「……現状の把握はしましたわ」
「モル! いざとなったら輝晶とモルが戦うモル!!」
以前は顔を出していなかった輝晶のパートナー妖精のモルルはやる気を見せている。
心のパートナー妖精であるマルルによく似た外見で、細部の毛の色が違う程度だが顔立ちや声は幼いようだ。
「マジカルワンド、完成したそうですね」
「ええ、とはいえまだ魔法の扱いは安定しません。実戦経験もありませんしどこまで戦えるか怪しいですわ」
普段は自信に満ち溢れている輝晶さえも不安そうな態度を隠さない。
それも無理のない話で、去年から一人で魔法少女として一人星乃灯市を守り続けてきた心があれだけの重傷を追わされたのだ。
仮にハートイーターを倒しても、カプリスが襲いかかってきたらひとたまりもない。
◆◆◆◆◆◆◆
珈琲店『フルハウス』の休憩時間、陽一はマルルと一緒に魔法の修行をしていた。
昼下がりは客足も大人しく、カウンター諸々は真鍋に任せておく事が出来るので集中出来るからだ。
「マスター、これが続くなら時給上げてもらいますよ」と愚痴っていたので150円ほど上げると約束したところ満足気な笑みを浮かべていた。
今ごろバリバリと仕込みを頑張ってくれているところだろう。
陽一は掌にエネルギーを溜めてそれを放出する修行であり、それが最も基本的な『魔法』になるのだという。
「これ、ハートイーターに通用するのか?」
「シンプルなだけに威力は申し分ないマル。ただし、魔法少女の打撃にすら威力は劣るからせいぜい足止めに使える程度マル」
それを聞いた陽一はガクッと項垂れる。
魔法少女の打撃、というとロイヤルハートのやたらと協力な徒手空拳の事だろう。
あれは魔法力を練り上げたバリアを手と足に集中させて威力を底上げしたものだが、あれはハートイーターを怯ませるほどの威力だ。
それを連発出来れば魔法少女のアシストにもなれると思うのだが――
「というわけで、これを待つマル」
マルルはどこからともなくピンク色に光る結晶を取り出す。
陽一はその結晶を手に取るが、不思議そうな表情を浮かべている。
「これは一体?」
「本来はマジカルワンドに使うスピル霊子結晶……の、規格外品マル。人間の意志に反応するから持っているだけでも変わると思うマル」
「最初からくれれば良かっただろ」
「最初から頼っていては魔法使いとしての成長に繋がらないマル。これを使うのは実戦だけ、修行では使わないのが基本マル」
「ふーん、いざって時だけ使うってことか」
陽一は鞄にその結晶をしまうと、修行の続きをしようとマルルに言う。
マルルからすれば前線に立つにはまだまだ覚えなければいけない事が山ほどある、それに魔法力が上がればよりロイヤルハート達の力になれるだろう。
◆◆◆◆◆◆◆
翌日、奇跡的にまだハートイーターは出現していない。
今日も学校へ行き、授業はノートを取って、体育の授業は程々に頑張る。
胸の傷痕は目立たなくなったけど、それでもよく見れば傷痕だと分かってしまう。
「これ、一生消えないやつかな?」
次の時間は体育なので、教室で着替えていると(男子は空き教室で着替える事になっている、休み時間のベルが鳴って数分経っても男子が出ていかないと強制的に閉め出される)不意に女子から声をかけられた。
「それ、どうしたの?」
スポブラ越しでも目立ってしまうほどこの傷は大きく、目立ってしまう。
心はあまり気にしていないけど、まじまじと見られると相手が女子だとやや恥ずかしい。
「あ、うん。傷痕……この間、ハートイーターにやられて」
魔法少女として戦っている時に、とは当然言っていない。
無意識に呟き、手でそれを触る。
やはり肌の凹凸というかザラザラ感でそれを意識してしまう。
もう痛みは走らなくなったけど、それでも痒みを感じてしまう時はある。
「ハートイーターにやられた傷はあれか、確か魔法治療ってやつで治さないといけないんだっけ? すっごい時代になったよね。魔法とか、前まで御伽話だったのに魔法少女とか、ハートイーターとか、魔法治療とか」
「そうだね……」
「私もハートイーターに出会ったら即逃げしないと、彼氏に傷を見られてがっかりされるとか嫌だし」
「彼氏……」
「あ、そっか。心って彼氏いるんだよね? 明星月兎くん、可愛いよね〜。明星くん、そういう傷とか気にしなさそうだし大丈夫だよね!」
ウブでロクに恋愛経験の無い心でも、この同級生が何を言っているのか分からないわけではない。
女子が男に肌を晒す時というのは、つまりそう言う時だ。
一緒にいるだけで楽しい、ドキドキする、まだそれだけの関係。
「早く、傷治るといいな。高校上がったらビキニとか、着てみたいし」
「治るよ、まだ若いし! 魔法って凄い力なんでしょ?」
「……うん」
チャイムが鳴る前に心は校庭へと走る、まだ半袖では寒いのでジャージを羽織る。
体育の時間は必ず20分休憩か昼休みの後にあるのだが、のうのうとしていたらチャイムに間に合わず体育教師に小言を吐かれてしまう。
だが、心はもうすっかり慣れてしまったあの感触に不意に足を止めてしまう。
「ハートイーターが……来た!!」
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