第7話 秋名心の入院生活

 魔法少女の肉体の修繕は周囲の霊子を取り込む事で行われる。

そして、それは身体を休ませているうちに本能によって実行されるため、眠っているのが一番なのだがもう丸三日も眠っているのだから眠れなくなってくる。

その上、丸三日も風呂に入っていないから汗や垢で気持ち悪くなってくるというもの。

心は個室のカーテンを閉め、看護師さんに伝えて身体を石鹸を含ませたタオルで拭くことにした。



「拭きにくいところがあったら遠慮なく呼んでくださいね」



看護師さんはお湯が入った桶とタオルを置き、カーテンを閉めてカーテンの外で待機している。

心は入院着を脱ぎ、まずは上半身から拭いていく。

垢も溜まっているだろうからと、タオルで力強くゴシゴシと磨いていくように身体を拭く。

早くシャワーを浴びたり浴槽に浸かりたいものだけど、担当医に「退院するまでの辛抱」と言われているので仕方がない。

首周り、両腕、お腹と拭いて胸元に手が触れるとザラりとした感触とやや変色した肌が目についた。



「……胸の傷、しばらく痕になっちゃうかな」



マルルから報告を受けた心を戦闘不能に追い込んだ人型の敵、名前は確か『カプリス』

一瞬の出来事過ぎて、やられた当の本人すらほとんど覚えていないが凄まじい速度で身体が切り裂かれたという事は分かっている。



「次に会った時は勝てるのかな……」



融合型のハートイーターですらなんとか勝てたというレベルであるのに、その融合型ハートイーターを遥かに上回る実力者となると勝負になるかどうかさえ分からない。

心は胸に手を当てる、ザラっとした感触と一緒に鈍い痛みが走る。



「まだ、体力もあんまり戻ってないんだよね……会長、マジカルワンド完成させたかな?」



心の時はマルルと一緒に1ヶ月近くかけて制作して、そこから魔法少女として習熟訓練を始めたから実戦に出るまで3ヶ月近くかかったな、と心は思い返していた。

でも、会長が魔法少女として活動を始めるのにはそう時間はかからないだろう。

モルルの話を聞いたのは本当につい最近だし、マジカルワンドの完成まであと少しだと言っていた。



「お湯冷めちゃうな……早く拭こう」



 看護師さんに背中を拭くのを手伝ってもらい、陽一が洗濯したパジャマを持ってきてくれた。

そのパジャマはなんだか妙にヘロヘロであり、触り心地もなんだか良くない。



「お父さん、洗濯機くらいちゃんと使えるようになってよ……洗剤、無駄遣いしてないだろうな」



なんだか急に家のことが心配になってきたので、早く退院したいのだがまだ体力は戻りきっていない。

テレビカードの時間も切れつつあるので、心は早く寝る事にした。



◆◆◆◆◆◆◆


 体を拭いてから何時間か経過して、心はやはり目を醒ましてしまった。

ここ何日か寝てばかりだったのもあり、なかなか寝付けない。

ゆっくりと体を起こして、テレビをつけるとワイドショーが放送されている。どうやら時刻は16時過ぎらしい。

窓を見るとカーテン越しに陽の光がこぼれている。



「晩御飯まで少し時間あるし、ゲームでもやろうかな」



入院中は退屈するだろう、と陽一は心のためにゲーム機を持ってきてくれた。

陽一自身が元々ゲーマーなのであれこれとDLゲームを詰め込んでいるのだが、AAA級タイトルが数本と良ゲーかクソゲーかイマイチ判別がつかないレトロゲームのリマスター版がある。

ゲーム機を持ってくるなら『ガチコン』と呼んでいるプロフェッショナル仕様の公式コントローラーも持ってきてほしい、とお願いしたところ快諾してくれたのでベッドデスクを運んできて携帯用スタンドで立てる。

心は自身のアカウントにログインして、普段遊んでいるゲームを起動した――が、エラーが表示された。



『このタイトルはオンライン専用です。インターネットに接続してから再度起動してください』



「これ、オンラインゲームだから病院で遊べないじゃん!」



あまりにも自然にアホな行動を取ってしまい、誰に見られてるわけでもないのに情けなさのあまり机に突っ伏す。



「しょーがない。なんかゲーム漁るかなぁ……っていっても古いやつのリマスターばっかだしRPGってン十時間もかかるし、しばらく遊ばないとシナリオ忘れちゃうし、どうしたもんかな」


心はオンラインゲームを何百時間と遊んでいるのでRPGにン十時間もかかると愚痴るのはお門違いなのだが、オンラインゲームをアホみたいに遊ぶ人からしたらン十時間もかかるRPGを遊ぶのはそれだけでロスに感じてしまうのだ。



「……小説でも書こうかな」



やる事がない、となったらノートと鉛筆と消しゴムさえあれば出来る小説に限る。

心は創作活動に特に興味がない――というスタンスでいる風に見せかけているが、こう見えて執筆歴3年のベテランだ。

きっかけは母の死をきっかけに受けるようになったメンタルケアで「文章を書くと心のモヤモヤが晴れる」というアドバイスをきっかけに始めたものだ。

が、今や作品のネタが思い浮かんだらメモを取り登場人物の履歴書を作り、プロットを書いてから本文を書くというガチの書き方をするようになった。

おかげでSNSのフォロワーもそこそこ増え、作品ファンを名乗る人もいるほどだ。



本来は自習用に持ってきたノートだが、その中に一冊フェイクがある。

メモ帳として使っているノートだが、その中身は実質ネタ帳だ。

陽一は人の教材を覗くような真似はしないし、ノートが切れたら買ってきてくれる程度だ。

そもそも勉強が苦手と言っていたので、基本的に勉強を教えてくれるような事はあまりない。

だから勉強では陽一を頼っていないし、頼られても本人が困るだろう。



――特にネタが浮かばない時は、メモから……と。描きたいキャラやシチュエーション、頭の中に浮かんでいる問題、世界観、それをあれこれと書き出していく。

前回とは異なるような作品にしたいから、似たようなものは極力外したい。

異世界モノはいいけど、今度は純粋なラブコメにでもしようか?

自分の中のメモを吐き出して、それを整えていく作業。

これはスマホよりもアナログでやりたい作業なので、ノートでやるのが一番だ。出来れば無地がいい。

だから必ず無地のノートを買ってもらうようにしている。



ぽんぽんと出てくるワードをあれこれ組み合わせ、不要な要素などは斜線で消し、少しずつ形を整えていく。

手法的にはマインドマップに近いやり方で、これが終わったらいわゆるログラインという作品のテーマと構成を凝縮したログラインの作業に移っていく。

と、油断していたところで足音が聞こえてきたのであわてて心はバタン!とノートを閉じた。



「秋名さん、病室――ここで合ってる?」



心がここ最近でよく聞くようになった心の彼氏の声、明星月兎あけほしげっとのものだ。

彼にだけはこの趣味はバレるわけにはいかない、イヤホンもつけずに作業していて良かった。



「カーテン閉まってる、寝てるのかな?」

「お、起きてる」



ノートの他に勉強用の教科書と他教科ノートを取り出して、ベッドデスクに広げてからカーテンを開ける。

カーテンを開けた心の視線の先には学ランを着て、重々しい何かが入ったビニール袋を提げている月兎がいた。

カプリスと敗北して気を失ってから数日、会えない日々が続いたのですぐにでも会いたかったが今は入院着の下は嫌な汗で濡れている。



「……少しだけ久しぶりだね、秋名さん。偉いね、勉強してたんだ」



入院着を着ている心、そしてベッドデスクを見て関心する月兎。



「う、うん――そんなとこ」

「ハートイーターと魔法少女の争いに巻き込まれたって先生から聞いたけど、思ったより怪我が酷くなさそうで良かった。そうだ、これ、母さんが渡してこいって。秋名さんのお父さんと一緒に食べて」



二重に重ねられたビニール袋の中には桃にバナナにメロンにリンゴ、と様々なフルーツが入っている。

どうやらフルーツを入れるためのバスケットも持ってきたらしく、月兎は見栄えが良くなるためにあれこれ並べ替えている。

月兎は表情豊かな方ではなく、ボーッとしているように見えることもあるがこだわり癖があり面倒見も良い。



「ありがとう。桃もリンゴもメロンも好きだから嬉しい」

「そう言ってくれると母さんも喜ぶよ」



心は月兎の言葉に笑顔で返す、だがやはり気まずさはあった。

心は月兎の母親に会ったことはあるが、月兎を陽一に会わせたことは一度もない。

何故かって? そんなの、陽一は月兎に会ったらいい顔はしないだろうし心の彼氏に相応しいか色々試すだろうし、絶対にめんどくさい事になる。

それに、魔法少女として活動している事を隠しているものだから先ほどのように平気な顔をして嘘を吐かなきゃならない時がある。

月兎がいい子だからこそ、そんな真似はしたくないのだが――



「心、たこ焼き買ってきたぞー」



ガラガラッと遠慮のない扉の開閉音が聞こえた。

そこにはいつものバリスタ服を着た陽一が立っており、たこ焼き入りの箱が入ったビニール袋を提げている。



「ん? 心、誰だその男は!? まさか、例の彼氏を名乗る男では――」



陽一は心と親しげに話している月兎に近づき、顔をまじまじと見つめる。



「初めまして、明星月兎と言います。心さんとは仲良くさせていただいております」

「お前、一体心にどういうつもりで近づいたんだ? どうやってタラシこんだ!?」



陽一はヤンキーがやるように顔と顔を近づけてガン垂れるが、月兎は一切表情を崩さずに「席が隣同士で〜」などと出会いの経緯を語っている。

月兎が大人の対応(?)を続けているのに、まだ中学生の月兎に威嚇を続ける陽一に心は、キレた。



「秋名家の恥め……」



心はベッドから降りて陽一の首根っこを掴む。

伊達に魔法少女として活動を続けてきたわけではない、彼女の中の魔法力は彼女の肉体をより強固なものとしていた。

もちろん、これまでその力を人間に対して振るった事など人生で一度もない。

だが、彼氏を傷つけようとする相手には実力を行使せざるを得ない。



「お、おい……心?」

「これ以上、明星くんに妙な態度を取るようなら――ここから」



首根っこをハンマーのように振り回し、陽一の全身を時計回りに猛烈な回転をかける。

信じられないような出来事に思わず悲鳴をあげる陽一、だが心はその動きを止めたりはしない。



「お、おわああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「出ていけえええええええ!!」



入り口すぐ脇の壁に衝突し、陽一は全身を打ちつけてしまった。

この男は昔からやたら頑丈なのでこの程度で怪我を負ったりしないのだが……。



「秋名さん!? 一体なんの騒ぎですか!?」

「ええと、彼女、父親を投げ飛ばしてしまって――」



困ったような表情でたった今目の前で起きた出来事を語る月兎。

信じられないようなものを見たような顔をしている看護師長。

フン、と鼻を鳴らす心。



「秋名さんが投げ飛ばした!?!?!?」



結果、翌日退院となった。

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