第3話 地域貢献活動同好会
屋上へと出る重い扉を開けると、やや高めの防護柵が張られているのが分かる。
これで完全に飛び降りを防げるというわけではないが、無理をしてよじ登らない限りは柵の向こう側には行けないので、この柵のお陰で屋上に気兼ねなく出られるようになった。
放課後、心は生徒会長である輝晶に呼び出されない日は屋上に設置してあるベンチに座ってのんびりする事もあるし図書室で借りた本を読んだりするのにちょうど良い場所だ。
実質帰宅部である彼女にとっては、まだ家に帰りたくない時なんかに活用していた場所だったのだが
心は『部室』の扉を開けると、芳醇な香りが漂ってきた。
この地域貢献活動同好会の部室は元々は守衛室であり、寝泊まりする分には充分な設備が整っている。
大方、
守衛室はワンルーム程度の広さであり、部員全員を入れるにはやや手狭ではあるが話し合いをするには充分だ。
「こんにちは」
「秋名さん、もう少しで紅茶が蒸し終わりますわ。お席でお待ちくださいまし」
心は幼い頃からコーヒーに慣れ親しんできたので、紅茶を飲む機会はあまり無い。
『フルハウス』もコーヒーだけでなく紅茶もやったらどうか、と父の
ちなみに陽一はプライベートでは休日に喫茶店に通って紅茶を嗜む事がある。リフレッシュと勉強のためだそうだ。
「お構いなく。私に話があるんですよね?」
さっさと話を始めてくれ、といわんばかりの態度の心のおでこを輝晶が「えいっ」と指でツンとつつく。輝晶の思わぬ行動に心はのけぞり怯む。
「確かに『魔法少女』の話をしにきましたけど、私はあなたや仲間とお話がしたくてこうしてお呼びしたんですのよ?」
「……私は雑談しにきたんじゃないんですけど」
話し合いなんて必要最低限で構わない。ハートイーターとの戦いは命の奪い合いだ。
敗北すれば生命の根源である『スピル霊子』を根こそぎ吸われて死んでいくだけ。
魔法少女の活動はスーパーヒロインごっこじゃない、怪物と命を張って戦って人々を守るのが仕事だ。馴れ合いをしている暇なんてない。
「こんにちはー」
部員が次々と入ってくるとやはり人口密度が上がっていく。こういった空間は心は好まない。
そもそもあんまり人と会話するのが好きじゃないのに。
「それじゃあ、各々座席についてくださいまし」
「わかりました」
いわゆる誕生日席に生徒会長の輝晶が、会長の席に心と副部長兼生徒会副会長の
入り口側の席に輝晶の幼馴染であるらしい
正直、心以外は生徒会長の輝晶の身内であり心からしたらアウェー感が凄まじいことになっている。
「砂糖は各々で入れてくださいまし」
輝晶が角砂糖の詰められた瓶を置く。心はわざわざ砂糖を入れない。
コーヒーには砂糖を入れるが、紅茶は何も入れなくても飲めるしその方が風味が楽しめる。
滅多に飲まない紅茶だから、という事もあるかもしれないが。
「茶菓子を持ってきました、食べましょう」
三島俊彦が包装袋に詰められ、個別にラッピングされたものを取り出す。
中は焼き菓子のようだが、心は脳裏に「普通に校則違反なのでは?」という考えが浮かぶ。
前々から三島俊彦は焼き菓子やチョコレート菓子を手作りして持ってくることがある。
生徒会長である輝晶がスルーするどころか普通に食べているし、そもそも学校内で紅茶を淹れるのもどうなんだろう?
まあ、そんな事を言ったら家庭科部は活動自体出来なくなってしまうが。
「あら、ご存知ないのね秋名さん」
「……私、何か言いましたっけ」
まるで自分の考えている言葉を覗かれているようでなんだか不気味に思う。
というか、出会った頃からそうだったけど何でもこの世の中を見透かしているようで少し苦手だ。
だが、そんな心のツッコミは敢えて無視して輝晶は話を続けた。
「この学校において飲み物を除くパッケージ化食品は持ち込み禁止ですが、手作りの焼き菓子であれば放課後部活動の時間に開封して食べることは許可されています」
「そうなんですか?」
「ええ、そういう風に進言したのは私ですが」
心は呆れる。夏坂家といえば星乃灯市一帯に力を持つ古い名家だ。
父の夏坂翡翠は星乃灯市の市長選挙に連続当選していて、自身の母校である星乃灯第一中学校の建て替えを進言して最新の教育環境を整えさせたりしているようだ。
その夏坂翡翠の娘が生徒会長として校則変更を申し出たら教員側も断ることが出来ないだろう。
「作ってきてくれた以上は食べます」
「ええ、どうぞ」
三島俊彦はラッピングされた焼き菓子を手渡してきた。
見た目はフィナンシェのようだが、心も自宅で菓子類を焼かされている――というのも、父の陽一がレシピが無ければロクにお菓子を焼けないので心がレシピを書いている。
しかし、毎度毎度美味しいので校則を変えてまで焼き菓子を作らせている輝晶には呆れるが楽しみにしてしまっているところもある。
「美味しい」
率直過ぎる感想だが、本当に美味しい。
華やかなバターの風味、濃厚な味わいでありながらほろほろと崩れるような食感。何より輝晶の淹れた紅茶とやたら相性が良い。
「ぶっちゃけ、私が焼いたフィナンシェより美味しいかもしれない」
「褒め過ぎですよ、何度か『フルハウス』に伺った事はありますがそこで食べた焼き菓子はどれも美味しかった」
「大半は母が遺したレシピを基に父が忠実に再現したもので……中には私がレシピを考えたりしたものもありますけど」
心が考えたレシピは既存のものにアレンジを加えたものだったりする。だけどあくまで料理本などの知識をかじった程度でプロというレベルかと言われれば違うだろう。
もちろん、同年代の中では料理は上手い方だとは思っているが。
「後輩にデレデレし過ぎ」
「別にデレデレしていない」
心の斜め向かいに座っている篠宮明音が、隣に座る俊彦を肘で突く。
そして、デレデレなんかしてないと反論する俊彦。
「秋名先輩、ごめんなさい。こいつ、隙あらば女子にデレデレするようなヤツで」
「あ、あはは……」
心は思わず乾いた笑いを漏らす。篠宮明音という子は1年生でありながら幼馴染である三島俊彦を尻に敷いているのだ。
というより、明音が俊彦に惚れていて俊彦はそれに気付いていない。
明音も不器用だから純粋に好意を伝えられないのだろう。
――迂闊に三島先輩には近寄らないようにしよう。篠宮さんの恋路のためにも、身の安全のためにも。
「秋名さん、ハートイーターに関する話なのだけれど」
お菓子の話題が幼馴染コンビのお陰で切り上がったところで、輝晶が本題に入った。
「近頃、ハートイーターとの戦いで苦戦を強いられていますわね?」
「……はい。情けないことに」
心はほんとうに情けないと感じている。
ハートイーターとの戦いに自ら志願してマルルから力を貰っておきながら、先月からハートイーターが妙に強くなってきている。
だからといって敗北する事は許されないにも関わらず、ギリギリまで追い詰められてしまう事もある。
「戦っていない私が言っても慰めにはなりませんが、データを見るにハートイーターは異常に強化されています。そして、私のパートナー妖精となる予定の『モルル』からも警告を受けました」
パートナー妖精。
心とマルルのような少女と魔法を繋げるナビゲーター、そして命を預ける相棒。
輝晶が異世界、ウィンダリアの妖精と契約をしたという話を本人から聞いた。
輝晶の魔法少女に対する適性は充分ではあるものの、マジカルワンドのクリスタルの精製が上手くいっていないらしくモルルと共同で頑張っているようだ。
「私も変身出来るようになれば、多少は秋名さんの力になれるでしょうが……あと1週間は秋名さんに頑張ってもらう必要があるでしょう」
「1週間……」
以前はハートイーターの出現頻度もそこまで高くなかったけれど、ここ最近は10日に1体は人間を襲撃していると思う。
果たして1週間もハートイーターが大人しくしているだろうか?
奴らはこの世界に開いた穴からこの地上世界から霊子を奪おうとしている、とマルルから聞いた。
霊子が根こそぎ奪われればこの世界は滅亡してしまう。
「ですが、大丈夫です。夏坂家の収集したデータを見る限り秋名さんも成長していますから。なんだかんだ勝てると思っています」
「なんだかんだ……」
なんだかんだでは身が保たない。大怪我なんてしようものなら今後の活動にも人生にも響く。
というか、敗北=スピル霊子を吸い尽くされて死んでしまう。
そもそもハートイーターというスピル霊子を吸う習性のある生き物からしたら魔法少女なんて美味しい餌だ。
「ま、まあ……とにかく、私が本格的に戦いに合流できるまで頑張ってくださいまし! 大丈夫、心さんはこの街を守る最強のヒロインなのですから!」
「頻繁に苦戦しますけどね」
心が自虐とも嫌味ともとれる返しをすると、輝晶のスマートフォンに連絡が入る。
放課後のスマートフォン使用の許可を教育委員会や教師たちにさせたのも、輝晶による権力の賜物だろう。
「ハートイーターの出現情報……位置を心さんのスマートフォンに転送します。心さんは現地に向かっていただけますか?」
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