第2話 魔法少女ロイヤルハートの戦い

 5月中旬、月末に定期テストを控えているが学校の空気はのんびりしたものだ。

今朝、嫌な夢を見たと言ってもあれは不定期的に否応なく見るものだし夢には何か意味があるといってもそんなオカルトをいちいち信じていたら身が保たない。

秋名心の座右の銘は『目の前の事を一生懸命』なのだ。



「秋名さん」



昼休みが始まってしばらくしてから教室がざわついて心は何事かと思ったが、生徒会長である夏坂輝晶なつさかきらきらが入ってきて、しかも地味目な生徒である心に話しかけてきた。

上級生であり、しかも生徒会長である夏坂輝晶が入ってきたのだからそれはクラスメイト達もザワつくというもの。

夏坂輝晶はその美貌と行動力から屈指のカリスマ性を有しており、ここ星乃灯市ほしのびしでも有数のお嬢様だという噂だ。

そんな人と、しがない珈琲店の一人娘という小市民極まりない秋名心が会話など周囲の生徒からしたら不釣り合いだと思うだろう。



「会長」

「少し、お話をしませんか? 放課後にいつもの場所で」



いつもの場所、というのは本校舎の屋上だろう。

この学校の屋上はフェンスが張られていて簡単に飛び降りたりできないようになっている。

そのため、リフレッシュの場として開放されているもののあまり人はいない。

しかも、生徒会長の特権なのかは不明だが屋上には守衛さんがかつて寝泊まりしていた使われていない部屋があり生徒会長である輝晶が自由に使っている。

その部屋は地域貢献活動同好会という輝晶が立ち上げた特殊な部活動――もとい、同好会活動の拠点になっている。

同好会で活動しているのは心と輝晶それから会長が信頼を置いている数名の生徒だけ。秋名心はその一人、というわけだ。



「分かりました、放課後に部室で」

「ええ、待っています」



輝晶がぺこりと頭を下げて教室から立ち去ると、急に教室が騒がしくなるがそれまでのような雑談に興じていた声ではなく明らかに秋名心という平凡な生徒に対しての好奇心が向けられた。

そして、何人かが心に向かって質問をぶつけた。



「放課後がどうのって、やっぱり例の部活の話?」

「うん、そうだよ」

「部活って何してんの? 確か去年まで帰宅部だったよね?」

「ん〜……会長の思いつきを実現するのがメイン?」



そう、心の秘密を知っていた夏坂輝晶の思いつきによってこの同好会活動は始まったのだ。



◆◆◆◆◆◆◆


 時は遡る事、昨年9月頭。心が中学生になってから半年も経たない頃のこと。

街では謎の少女が魔法を使って怪物と戦っているという噂が流れていた。

そんな噂が流れているのも心はとっくに把握しているから外套を身に纏って屋根の上を加速して移動している。

『半変身』した状態であれば数十分間であれば通常の数倍ほどのスピードで走っても、息一つ上がらない。



「ハートイーターの気配、もう近いな」



心の目標はここ数ヶ月、街に現れて暴れ回る『ハートイーター』という化物を退治する事。

ハートイーターは人間の精神的なエネルギーを捕食し、エネルギーとする異形の怪物。

そして、物質と霊子の合いの子であるため物理攻撃が有効打とならないため現代の兵装では太刀打ち出来ない。

せいぜい武装した警官や軍人が肉壁となって足止めが出来る程度だ。

だから『魔法少女』しかハートイーターには太刀打ちが出来ない。



「心、ハートイーターまで200m以内マル!」

「ハートイーター、目視出来た! 行こう、マルル!」



今は外套に隠れて見えないが、心は腰にベルトを巻いており脇にぶら下がっている「もふもふ」した生き物がいる。

それは『マルル』という異世界の妖精であり、心の相棒であり変身するためのナビゲーターだ。



「心、変身完了フェイズに移行するマル!」

「了解!」



屋根から飛び降りた心は外套を脱ぎ捨てると、胴体が光り輝き髪型も黒髪から鮮やかなピンク色に変色していく。

どこからともなく現れたティアラが髪に装着されると、魔法少女としてのユニフォームが構築される。

これは心が念じるとユニフォームの各部位が構築されるという仕組みであり、心自身が胸に秘めた魔力を変換している。

そして、ユニフォームの紋様や装飾やあちこちにあしらわれた魔法鉱石は心の魔力を増幅させるためのもの。つまり、心自身の戦闘能力を高めるためにある。

この変身ヒロイン然とした格好は心が魔法少女として戦うための戦闘具なのだ。

というか心はそう思わないと、やっていられないのだ。



「溢れる想いをパワーに換えて――魔法少女ロイヤルハート、みんなのためにここに参上!!」



脳裏に過ぎる映像に従い、決めポーズと決め台詞を唱えるとハートのトランプを思わせるキラキラとした光りが広がるのを確認すると、心はハートイーターに急降下キックを喰らわせる。

同時に誰も見ていませんように。と、毎回心は願う。

知り合いに見られでもしたら憤死モノだ。

何故かって? そんなのは恥ずかしいからだ。

そして、変身の時の恥ずかしさは全部ハートイーターにぶつけてやる。そうでもしないと変身ヒロインなんてやってやれない。



「ロイヤルハート、ボクと呼吸を合わせるマル!」

「……分かってる!」



魔法少女とハートイーターの戦いは、打撃ではなくいかに魔法力をぶつけるかだ。

魔法力を纏っただけの単なる打撃はあまり通用しない、だからユニフォームの魔法力をより強固にした打撃を食らわせてやる、それがハートイーターに対する有効打になる。

拳に魔法力を集中させて魔法力を纏わせたパンチを叩きこむ、足に魔法力を集中させて蹴りを叩きこむ――といった具合に魔法力をどう扱うかの制御はマルルといかに呼吸を合わせるかにかかっている。

変身後の魔法力の制御はマルルの役割であり、心とマルルはコスチュームを通じて思念と思念で繋がっている。

だから、変身者である心とマルルがいかに呼吸を合わせるかに魔法少女の〝強さ〟に関わってくる。



――敵の攻撃を躱したら飛び込んで、ムーンサルト!



ハートイーターは個体差によって大きさが変わってくるが、今回は人間の倍程度の大きさだ。

内蔵している魔法力はそれなりにあるものの、大きさの割に動きは鈍重。一撃が重い割にスピードはそこまでじゃないから攻撃は躱しやすい。

連続攻撃だったとしても必ずどこかに途切れる。

トン、トン、とリズムに刻むようにステップを踏む。



「グゥオオオオオオ!!」



ハートイーターの咆哮と共にロイヤルハートを殴りつけてくるが、単調な攻撃であるためステップを刻んで順調に躱していく。

攻撃が途切れた時がチャンス、ハートイーターは大きく赤い単眼が特徴、視線は読みやすい。

視線の先に攻撃が必ずくる、だからどんな風に躱わせばいいのか判る。

そして、攻撃が途切れる瞬間がやってきた。



「「今ッ!!」」



脚部に魔法力を集中させたムーンサルトが綺麗に決まる。

その巨体故にあっさりとバランスを崩してしまう。

足裏に残った魔法力の残滓を踏みつけ、距離を取る。



「マルル、マジカルワンド!」

「了解マル!! マジカルワンド・マテリアライズ!!」



マルルがコールをすると、ロイヤルハートの掌にピンク色の魔法の杖が具現化されていく。

その杖はピンク色の木管楽器を思わせる美しい棒状であり、杖の先端にはピンク色の結晶が埋め込まれている。

具現化を確かめると杖で振り回し、独特の光の軌道を生み出し瞼を閉じて落ち着いた声色で呪文の詠唱を開始する。



「原初より未来へ、悠穹の刻をヒトの叡智と共に生きる創造と破壊の化身――かの者の名は炎!破邪の力となれ、ブレイズアロー!!」



ロイヤルハートは脳裏に炎をイメージして魔法力を〝練り上げる〟

魔法力の根源は人間の思念、イメージと共に魔法を具現化していくのだ。

例えば水を撃ち出す魔法なら水をイメージして言霊と共に魔法力を練り上げて、水を具現化してそれを撃ち出す。

今回は炎の矢を撃ち出す魔法なので、炎の矢をイメージして魔法力を練り上げてそれを撃ち出すというわけだ。

呪文の詠唱を終えるとマジカルロッドの結晶から炎を矢を撃ち出し、体勢を崩したハートイーターを撃ち貫く。

ハートイーターは淡い光に包まれ、粒子となって消えていく。



「ふう、浄化完了……だね」

「お疲れ様、ロイヤルハート」



脱ぎ捨てたのと同時にどこかへと消えて行った外套を思念の力で呼び寄せてそれを羽織るロイヤルハート。

しかし、そこで声をかけられる。



「お待ちになって!!」



周りに誰もいない、と思っていたら声をかけられた。

無視してその場を立ち去ろうとしたところ、思わず足を止めてしまった。



「星乃灯第一中学校1年1組、秋名心さん。あなたにお話があります」



それを無視して飛び去ろうとするが、その声の主は続けた。



「本格珈琲店フルハウスの看板娘の秋名心さん、あなたはヒーロー……いえ、スーパーヒロインですわ。ここ数ヶ月内に現れたハートイーターとかいう化け物を退治してきた。そんなあなたを讃えるためにあなたの正体をお父様やクラスメイトに話しても構いませんね」

「――――なんの話ですか?」



ロイヤルハート、秋名心は足を止めた。



「拝見していましたのよ、ここ数週間のあなたの活躍。あの変身シーンから名乗り口上まで含めて全部――事情を、お話ししていただけますわね?」

「全部、バレてるってわけね。アン・マジカライズ」



ロイヤルハートは『アン・マジカライズ』という言葉と共に変身を解いて振り返る。

そこには、星乃灯第一中学校生徒会長の夏坂輝晶の姿があった。


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