第14話 パーティーへ

 玄関前で二台の馬車が止まり、それぞれから招待客が降りてくる。レラートとセルロレックが乗っていた馬車には、リエータの母親らしき女性が乗っていたようだ。

 今回は四人が無理に乗り込んだ形だが、そうでなければ彼女達は使用人を除けば一人一台の馬車で来たということになる。

 ぜいたくなのか、見栄を張っているだけなのか。

 リエータの後から降りたフォーリアは、馬車が途中で止まった、という記憶を彼女から消しておいた。これで、御者の不当解雇はなくなるはず。

「ようこそおいでくださいました。主がみな様をお待ちです。こちらへ」

 セルロレックより少し上だろうかと思われる若い男性が、客を案内する。かなり整った顔立ちの青年だ。

「エンルーアの弟子よ。他にも数人いるわ。それも顔のいい若い男の子ばっかり。魔法以外のことでも師匠なんじゃないかって、もっぱらの噂よ」

 扇で口元を隠しながら、リエータがこっそり教えてくれた。ただ、その内容が内容だけに、フォーリアとサーニャの頬に朱が走る。

 弟子について行くと、湖の見える中庭へ来た。陽が落ちたことと、ここが水辺近くというせいか涼しく感じる。

 さっきまではこの湖の対岸にいて、この館を眺めていたのだ。あの時も他の場所より涼しいとは思ったが、館の中はもっと涼しい。

 よく見れば、庭のあちこちにあるテーブルの上に、氷でできたオブジェが置かれていた。これのおかげで、さらに周囲の気温が下がっているのだ。

 この時期、氷を作るのは大変だろうが、弟子も含めてこの館に魔法使いは数人いるのだ。これくらいのことは、氷結の魔法を使えばいくらでも可能だろう。

 その中庭には、すでに数組の招待客の姿があった。中高年の夫婦や、リエータのように親子だったり。一人らしい壮年の男性もいる。

「ようこそ、シャルレーゼ様。お待ちしてましたわ」

 リエータの母親に声をかけながら、エンルーアが姿を現わした。

 くせのある豊かな赤い髪が印象的な女性だ。今回は格式ばらない、つまりは「カジュアルなパーティ」らしいが、彼女の長い髪に緩やかに巻き付いているのは、連なる大粒の真珠だ。

 シルクのように光沢のある濃い青のドレスも、くだけた普段着とはかけ離れた金額が支払われているに違いない。

 美を追究していると言うだけあって、確かに美人だ。聞いたところでは三十を超えているはずだが、二十歳を越えたばかりと言われれば信じてしまう人も多いだろう。

 厚塗りしている様子もなく、生来の美しさも相まって、というところか。

 しかし、持っていてもさらに欲しがる、という厄介な性質を人間は持つ。彼女も色々と手を尽くして、今があるに違いない。竜の力があればさらに、と思ったのだろうか。

「あら、そちらは?」

 リエータの後ろにいるフォーリア達に気付き、エンルーアが尋ねる。

 今回、こうして彼女の前に立たなければいけない、というのがリスクだった。何をきっかけにして魔法使いとばれるかも知れないし、リエータ親子に魔法をかけたことに気付かれたら、どうされるかわかったものではない。

「私のいとこ達なの。今日のパーティのことを聞いて、ぜひ一度参加してみたいって言うから」

「まぁ、そうなの。ようこそ、わが館へ。今日は楽しんでちょうだい」

「ありがとうございます」

 四人が礼を言いながら、頭を下げる。どうやらエンルーアは何も気付いてないようだ。

 催眠はそんなに高いレベルの魔法ではないが、今回うまくはたらいてくれたことを心底感謝する四人だった。

 ちなみに、ムウはそばにいない。

 アズラの時とは違い、確実にエンルーアがいるし、彼女の弟子もいる。招待客の中にも魔法使いがいることは十分に考えられるから、誰がその存在に気付くかわからない。

 なので、離れた場所でお留守番だ。

「私達、エンルーア様のお人形を拝見したいんです。よろしいですか?」

 のんびりパーティーを楽しむ余裕はない。

 サーニャは鍵に近付くべく、早速エンルーアに切り出した。

「ええ、構わないわ。ぜひ見てちょうだい。じゃあ、あの子に案内させるわね」

 エンルーアが少し横を向いて目で合図すると、彼女の視線の先に立っていた青年がこちらへ来た。

 庭まで案内してくれた青年も、一般的観念で言えば美形に入る顔立ちをしていたが、こちらへ来た彼もまた同じグループに属している。

「こちらのお二方を、人形部屋へ案内してさしあげなさい」

「かしこまりました。では、こちらへ」

 部屋の場所さえ教えてもらえれば自分達で行くのだが、ここで案内はいらないと言って怪しまれても困る。

 おとなしく案内されることにした。

 サーニャがすれ違い様、セルロレックに目で「そっちは頼んだわよ」と合図する。セルロレックは「了解」と応えたつもりだが、内心では厳しいなぁと感じていた。

 エンルーアはムウの報告通り、倉庫の鍵をペンダントトップにして身に付けていたのだ。他にも、微妙に大きさの違う赤や白の鍵も一緒についている。

 あそこから青の鍵だけをすり替えるなど、至難の業だ。

 それにしても、どこにでもあるような鍵をアクセサリーとして身に付け、様になっているのは、さすがと言うべきか。

「あら、あちらは……。エンルーアったら、本当に顔が広くてらっしゃること。わたくし、ワーデュ様にご挨拶して来ますわね。リエータもいらっしゃい」

 どうやら顔見知りを発見したらしく、母娘はそちらへ行ってしまった。

「あらあら、シャルレーゼ様も本当にお盛んなこと」

 そう言ってエンルーアは笑っているが、どこか相手を侮蔑ぶべつしている響きがあった。

「あなた達はこういう場所、初めて?」

 エンルーアが、セルロレックとレラートに向き直って尋ねる。

「はい。もしマナーがなっていない時は、ご容赦ください」

「ふぅん」

 妖艶とも言えそうな笑みを浮かべながら、エンルーアはレラートとセルロレックの姿を上から下まで遠慮なく眺める。

 最初は、怪しまれているのかと思った。

 自分達でコーディネートすれば別の意味でばれそうだが、今着ているタキシードはムウに出してもらったものだからおかしな所はない……はず。

 もしくは、逆にムウの力を感じ取って、怪しいと思われることもあり、か。

 どちらにしろ落ち着かないが、ここでおどおどしてしまったらますます怪しまれてしまう。

「ねぇ、あなた達。私の弟子になるつもりはない?」

「え?」

 思わず、二人して聞き返してしまった。

「きっと筋がいいと思うわ。すぐに腕のいい魔法使いになれるわよ。私が手取り足取り教えてあげる」

「はぁ……」

 何かのカマをかけている……ようにも思えなかった。どうやら、二人が魔法使いであるということは、ばれていないらしい。

 ちょっと気が抜けたものの、今度はどう断るかが新たな問題だ。

 あんまりきっぱり断って、エンルーアのプライドを傷付けては、後々動きにくくなりかねない。ここは、ぼやかしておく方がよさそうだ。

「突然のことなので、すぐにお返事は……少し考えさせてください」

「あら、そぅお?」

 エンルーアは、特に気を悪くした様子はない。

「絶対に後悔はしないわよ。ところで、帰りの足は確保してあるの?」

「足?」

 また二人して聞き返す。

「あら、いやだ。まさかあなた達、知らないで来たの? シャルレーゼ・リエータ母娘が、いつも二台の馬車で来る理由」

 二人がきょとんとしていると、エンルーアはがまんして、でもどうしても堪えきれないというように笑っている。

「パーティでそれぞれ気に入った殿方を見付けては、別々に帰って行くの。お相手の馬車で帰ることもあるようだけれど。そうでなかったら、あなた達は歩きで帰ることになるわよ」

「……」

 てっきり彼女達の見栄で、わざわざ二台の馬車を出しているのかと思っていた。

 こちらにすれば、一気に四人も定員が増えてしまう訳だから、二台だと楽に乗れてよかったな、くらいにしか思っていなかったのだが……事情はあれこれあるようだ。

 ふいにエンルーアがペンダントの鎖を掴んだ。豊かな……見ようによっては豊かすぎる胸の上で、トップの鍵がチャリッと小気味いい金属音をたてる。

「はい」

 言いながら、エンルーアは青い鍵を取るとレラートに渡した。何かの罠だろうか。

「え……はいって?」

 求めていた鍵ではあるが、本人から直接渡されると面食らう。

「その鍵を弟子の誰かに見せれば、部屋へ案内してくれるわ。その気がなければ、鍵はその弟子に返してくれればいいから」

「あの、部屋って」

「やぁねぇ、決まってるでしょ。女の私に、全部言わせるつもりなの? もう、困った子ねぇ」

 そう言って、エンルーアは笑う。どう見ても、困ったような顔ではないが。

「たまに私からもらったって言って、にせものの鍵を持って来る殿方もいるのよね。だから、その日に私が着ていたドレスの色と同じ色の鍵でなければ案内しないようにって、弟子達には言ってあるの」

 今日のエンルーアのドレスは青。鍵も青。

「鍵は一つしかないけれど、二人一緒でも構わないわよ」

 目を丸くするレラートを見て満足したのか、ふふっと笑いながらエンルーアは新しく来た客の方へと行ってしまった。

「お、おい、セル。あの女、一体何言ってんだ?」

「舞い上がらないで、レラート」

「だっ、誰が舞い上がってんだよ」

 思わず鍵を握り締め、レラートは改めて渡された鍵を見た。

 青白く光っている鍵。アズラの所ですり替えた鍵と同じだ。狙っていた物が、こうも簡単に手に入っていいのだろうか。

「あの人の若さの秘密は、あの弟子達のおかげかな。あの母娘を小馬鹿にしていたような口調だったけれど、自分も同じってことに気付いていないのかも。と言うより、それ以上という気もするね」

「俺達も、その秘密の一部にされかかったんだな。何て女だよ」

「英雄色を好むって聞くけど、女性も同じなのかな」

「同じキュバスの魔法使いとして、何か恥ずかしい気がする」

 魔法使いが男好きであっていけない、ということはないのだが……。

「こんなことでレラートが恥じることはないよ。……ちょっといいかい」

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