第15話 人形部屋と一芝居

 セルロレックがレラートの腕を引っ張り、庭へ出ると人気のない茂みに二人して身を隠す。

「何だよ。俺、そんな趣味はないぞ」

「そう? よかった。ぼくもいたって健全なものでね」

「だったら……どうしてこんな陰に来るんだよ」

「ちょっと気になったことがあるんだ。ちょっと……ううん、かなり」

 セルロレックは、自分の中にわき上がってきた疑問をレラートに話した。

 セルロレックの言うことに、レラートもうなずく。自分でも、少し引っ掛かっていたのだ。

 それが、セルロレックの言葉で形になった。

 なったのはいいが、それならなぜ、とまた引っ掛かってしまう。

「信用できる人間は、限られてるよ」

「言われてみれば……まぁ、そうかも知れないけど」

「レラート、悪いけれど、ぼくはここで抜ける」

 セルロレックの言葉に、レラートは大いに焦った。

「ええっ、ちょっと待てよ。ここまで来て抜けるなんて、ありかよ。リリュースのことはどうするんだ」

「慌てないで。ごめん、言い方が悪かった」

 掴みかかりそうになるレラートを、セルロレックが制する。

「今話した疑問を調べるために、一旦抜ける。そういう意味だよ。リリュースを助けたいからこそ、行くんだ」

「そういうことか。だったら、仕方ないけど……フォーリアやサーニャはどうする?」

「彼女達には……調べたいことがあるってだけでいいよ。これはぼくが勝手に思ったことだし、確証も何もない。それにつられて二人の心を変にざわつかせたりしたら、悪いからね」

「わかった。俺も詳しくは聞いてないってことにするよ。一人で大丈夫か?」

「そっちこそ、大変だよ。残り一つとは言え、封印か地下倉庫、どちらかの鍵を一人ですり替えなきゃいけなくなるんだから。一人の方が動きやすいって状況ならありがたいんだけれどね」

「すり替えるくらい、何とかしてやるさ。まかせとけ」

「頼もしいね。じゃあ、これ」

 セルロレックは今回すり替えるはずの青い鍵を、レラートに渡した。

「ぼくはこれから抜け出すから、この鍵はレラートが弟子の誰かに返しておいて。こちらにその気はないって意思表示をしておかないと、変に追い掛けられたりしても困るからね」

「うちの師匠を拒むのかって、そいつらに睨まれそうだな」

「自分で返すのがいやなら、フォーリアかサーニャに頼めば? 内容は話さずに返してきてくれって言えば、彼女達ならこころよく聞いてくれると思うよ」

「そうかぁ? サーニャあたりは、突っ込んできそうだけどな」

「かもね。フォーリアも案外核心を突いてきそうな気もするし。それじゃ、後はよろしく頼むよ」

「んー、俺が調べる方に行きたい気分になってきたぞ」

 セルロレックは笑いながらレラートに後のことを託すと、暗闇の中へ姿を消した。

☆☆☆

 エンルーアの弟子に案内され、フォーリアとサーニャは館の中を歩いていた。

 フォーリアは着慣れないドレスのせいで、何度も裾を踏んでつまづきそうになる。どうしてみんな、何でもない顔で歩けるんだろうと不思議で仕方がない。

 そんなフォーリアの肘をサーニャがぐいっと引っ張り、何とか無事について行くことができた。

「こちらでございます」

 案内された部屋の扉が開けられると、その向こうはほぼ暗闇だ。

 すでに陽も暮れているので、館内は明かりなしには歩けない。もちろん、廊下の壁には燭台があるので問題はないが、その部屋はやけに暗く感じられた。

 廊下の明かりが部屋にも入ってくるので真っ暗ではないが、入口に立っていると気分は地下室だ。心なしか、他の場所よりも寒く思えた。

 まさか、ばれた?

 一瞬、二人の頭にそんな不安がよぎった。

 人形部屋に案内するとみせかけて、何かしら怪しいと勘付いたエンルーアが二人を監禁するための部屋へ弟子に連れて来させたのでは、と。

 しかし、弟子の男性が魔法で部屋の中に明かりを灯すと、ずらりと部屋いっぱいに並べられた人形が現れる。

 そこは、本当に人形部屋だった。

 人間の赤ん坊くらいの大きさもあれば、子どもがお人形遊びに使いそうなサイズもあり、その数はざっと見ただけでも二百は下らないだろう。

 あどけない少女や清楚な女性、背中に羽があるから妖精だろうと思われる物もある。

「すごい……」

 二人はその数や種類に、素直に感心した。

 見回すと、案内された部屋には小窓が一つだけしかない。館の外で灯されている光がほとんど入って来ないせいで、やたら暗く感じてしまったようだ。

「どうして、こんな暗いお部屋に置かれてるんですか? 明るい場所なら、お人形の肌の色とかもっときれいに見えるのに」

「光が多く入って来ると、人形のドレスが色褪せてしまいますので。人形によっては、髪や目の色素が薄れることもあるため、風通しのための窓しかないこの部屋を使用しております」

 弟子がよどみなく答えるところを見ると、フォーリアのような質問をする客がよくいるのだろう。

 なるほど、手前に座っている人形一つ見ても、ドレスの生地は高そうだ。立たせても大人のひざまでの高さしかないだろうが、着ているドレスはきっとフォーリアが普段身に付けている服よりも高価に違いない。

「私達、ゆっくり拝見させていただきますわ」

「間違っても、ここのお人形を壊したりしませんから」

 暗に、案内はもういいから持ち場へ戻ってくれ、と言ってみた。

「お客様を放っておく訳には参りません。私のことはお気になさらず、どうぞご存分にご覧ください」

 そう言われても、気になる。と言うより、邪魔である。こちらは、これから作業があるのだ。

「でも、待たれていると思うと、ゆっくり見ていられないし……」

 サーニャがめげずに言ってみる。ここで踏ん張られては、鍵のすり替えができない。

「では、私は扉の横で待機しております」

 姿の見えない位置ならばいいだろう、という妥協案らしい。

 これ以上言うと怪しまれかねないので、二人は作り笑顔を浮かべながら「ええ」とうなずいておいた。

 弟子の男性は部屋を出たが、扉は閉めない。内開きの扉なので、知らん顔で閉めてしまえばいいやと思ったが、彼はごていねいにドアストッパーを扉の下へ差し込んでしまった。

 これで扉を閉めたら、咎められること請け合いである。表立って文句は言われないだろうが、さりげなく嫌みくらいは言われそうだ。

 彼は部屋を出たが、本当に出入口のすぐ横に立っていた。何かあれば、すぐに中へ入って来るだろう。

 あれでも魔法使いの弟子。彼のレベルがどうあれ魔法を使う人だから、外にいても中のことをしっかり見張るくらいはしていそうだ。

「まぁ、このお人形もすてきね」

 わざとらしくならない程度に、二人して声を出しながら人形をほめる。

 正直なところ、人形はあまり好きではないフォーリアは、馬車の中でリエータが「あれだけあると気持ち悪い」と言っていたことに同感だった。

 生きていないのに、無数の目に見られているようで怖い。早くこの部屋から出たかった。

「壁はあっても、しっかり見られていそうよね」

 サーニャにこそっと話しかける。

「うん。うかつに手を出したら、すぐに飛び出して来そう。どの人形かわかってるのに」

 ムウの報告で、質素な白いドレスを着た人形が鍵だとわかっている。高価なドレスを着た人形だと盗まれる恐れがあるが、シンプルで大人の拳一つ分くらいしかない小さな人形なら大丈夫だ、とエンルーアは考えたのだろう。

 すり替える人形はサーニャがドレスの下に隠し、本物とすり替えた後はすぐに鍵本来の形に戻してバッグへ放り込む……ということになっているのだが、外にいる弟子がどういうタイミングで中を見るか、で言い訳一つできない状況になりえるのだ。

 見付かれば……たぶん、逃げられない。

「あたしが一芝居うつから、すり替えはよろしくね」

「一芝居?」

 フォーリアにそんなことができるのだろうか。

 サーニャが驚いていると、フォーリアはいきなり床に転んだ。

「きゃあっ」

 客の悲鳴を聞いて、すぐに弟子が飛び込んで来た。

「いかがなさいましたか」

「あ、驚かせてごめんなさい。お人形を夢中で見ていたら、ドレスの裾を踏んでしまったの」

 さっきから何度も踏んでたくせに、とは思ったが、サーニャは「大丈夫?」と心配しているフリをする。

「う……少し傷めたかしら。すみません。冷たいタオルか何か、お借りできますか」

「はい。では、別室へ」

 弟子の男性は、軽々とフォーリアをお姫様抱っこしてしまう。本当は彼にタオルを取りに行ってもらう間、サーニャがすり替えるはずだったのだが、そんなことをされてフォーリアもさすがに内心焦った。

「あなたはまだゆっくり見ていて。あたしは少し休ませてもらうから」

 とにかく、彼の目さえなくなればいいのだ。こうなったらおとなしく連れて行かれるしかない。

 サーニャもフォーリアの考えたことがわかったようで、心配そうにしながらも「それじゃあ、もう少しだけ見てから行くわね」と応えた。

 二人が勝手にそう言い合うことで、弟子は「いえ、お連れ様もご一緒に」というセリフを挟みそこねる。

「では、後でお迎えに参りますので」

「ええ、彼女をお願い」

 二人が部屋を出ると、サーニャは急いでドレスの下から人形を出し、鍵である人形とすり替えた。

 焦る気持ちを抑えつつ、ぎこちない詠唱ながら何とか人形を白く光る珠の形に戻す。それをサーニャは持っていたバッグへ放り込んだ。

 他の人形を見ている格好で周囲に視線を走らせたが、何をしているのかと詰問する声は飛んで来ない。見張りはここへ案内してくれたあの彼だけだったようだ。

 用事の済んだ部屋から一刻も早く出て行きたいが、あまり早いとそれはそれでおかしく思われる。

 それに、フォーリアがどの部屋へ連れて行かれたのかわからないから、今は動きようがない。

 再びあの弟子が部屋へ現れるまでの間、サーニャは緊張のしすぎで気分が悪くなりそうだった。

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