第13話 馬車へ乗り込む

「まだ間に合うって、信じておこうぜ。タッフードは三日から五日だって言ったけど、今日明日中に鍵を取り戻したら間に合うんだから」

「移動は魔獣達にがんばってもらって、あとはぼく達ががんばればいいんだ」

「うん……そうね」

「あ、ムウが帰ってきたわ」

 サーニャが湖面の上を飛ぶ影に気付き、全員が立ち上がった。

「え……」

 金持ちのやること、考えることはわからない。

 誰が見ても裕福そうな家に住んでいたサーニャでさえ、そんなことを口にした。

 帰って来たムウの口から出たのは、パーティという言葉。

 もちろん、冒険するために仲間が集まるグループのことではなく、宴の意味だ。

 南に位置するキュバスの国では強い陽光であちこちが干上がり、気温の異常な上昇で体調を崩す人も多く出ているというのに。

 よりによって、エンルーアの館でパーティが開かれる、と言うのである。

 魔法使いだ何だと言う前に、どういう神経を持った人間なのか、と疑いたくなった。

「こんな暑さだからこそ、涼んで景気よくしよう……ということのようですよ」

 水については、すぐそこに自分専用の水瓶がある。使い切りそうになった頃には竜の力を手に入れ、雨を降らせていくらでも水を手に入れられる、とでも考えているのだろう。

 もしくは、じき竜の力を手に入れられる前祝い、といったところか。

「行事の中身はともかくとして、チャンスですよ。パーティですから、それなりに人も来ます。その中に紛れ込んでしまえば、鍵もすり替えられますからね」

 人の目がたくさんある、というリスクも逆にあるが、静まりかえった館に忍び込むよりはチャンスもあるはず。

「また使用人になって紛れるの? まぁ、その方が手っ取り早いかしらね。私達はともかく、今回は庭師見習いの出番はないんじゃない?」

「グラスが載ったトレイを持ってうろうろしてれば、それなりの格好はつくぜ」

 今回はわざわざ使用人のリーダーに会わなくても、入って給仕をする振りをしておけば、誰かに見咎められることはないだろう。

「いえ、今回は客として入った方がいいと思いますよ」

 ムウの言葉に、四人の目が点になる。

「客ってどうやってだよ。俺達、誰もエンルーアとは面識がないんだぜ。入って行ったらすぐに、お前達は誰だってことになるぞ」

「ええ。ですから、招待客の連れという形がいいでしょうね。みな様、催眠はおできになるようですから、二組くらい客を掴まえて、それぞれ連れて行かれたらよろしいかと」

 ムウが客になりすますように言うのには、もちろん訳がある。

 鍵のある場所だ。

 封印の鍵は、人形部屋と呼ばれる場所にある。エンルーアは人形集めが趣味なのだ。コレクションルームがあり、そこにたくさんの人形が飾られている。

 客が見せてくれと言えば、喜んで部屋を開放してくれるだろう。

 客がいるそんな部屋へ使用人がのこのこ入っては、逆に目立ってしまう。パーティーの最中に掃除、なんて言い訳も無理。

 だから、今回は客になりすます方がいいのだ。

 倉庫の鍵は、面倒なことにエンルーア本人が持っているらしい。形は普通の鍵だが、魔法がかかって青白く光り、それなりに美しく見える。普通の人には見えない光だが、彼女の力であえて見えるようにしているらしい。

 それとは別に、赤く光る鍵や白く光る鍵などもあり、それらをペンダントトップのようにして身に付けているのだ。これはすり替えると言うより、手放すように仕向けるしかない。

「恐れてた状態だな。あってほしくなかったパターンだぜ」

 その国屈指の実力者と言われる魔法使いに新人が正面から向かったところで、勝算などないに等しい。

 やる前から負けを認めるのは悔しいが、生まれたばかりの赤ん坊と巨漢が勝負するようなもの。いや、勝負にすらならない。

 相手の指一本で、こちらは簡単に息を止められてしまうだろう。

「だけど、本当に大事なら、自分で管理するのがやっぱり一番だろうからね」

「案外、挑発かもな。取れる物なら取ってみろって。ちっくしょう」

「ねぇ、こっちは赤ん坊みたいなものって言うけど、赤ちゃんって案外強いわよ。誰もがかまってあげて、守ってあげたくなるもん」

 そこにいるだけで周りにいる人間の気持ちを穏やかにし、ちょっと泣けばすぐに誰かが抱き上げてあやす。わずかでも笑みを見せようものなら、大人達はめろめろだ。

「あのなぁ、フォーリア。赤ん坊ってのは例えだぜ……」

「うん、わかってるわよ。でも、似たような状況にならない、とは限らないでしょ」

「……エンルーアが、誰にめろめろになるってんだよ」

「と、とにかくっ! 人形の方は、また私達がすることになりそうね。女の子が見たいって言う方が、やっぱり自然でしょ」

「倉庫の鍵については、魔法使いが手放すチャンスを待つしかありませんね。パーティの間では無理でも、終わってからもずっと肌身離さずということではないでしょうから……こちらはいざとなれば夜中に忍び込んで、ということも考えた方がよさそうです」

 ムウが、至極まともな提案をした。

 今回はそうするしかなさそうだ。

☆☆☆

 ムウにドレスアップしてもらった四人は、エンルーアの館へ通じる道の木陰に隠れていた。

 パーティの招待客なら、必ずこの道を通る。その客の連れとして、館へ乗り込もうという算段だ。

「ねぇ、あたし浮いてないかなぁ」

 フォーリアも、いつもはおさげにしている焦げ茶の髪をアップにし、着慣れない薄ピンクのドレスを着ていた。これまでこんな格好をしたことなどないから、どうしても自分には似合ってない気がしてしまう。

 サーニャはさすがに着こなしているし、男子二人のタキシード姿も様になっているだけに、フォーリアは自分だけが浮いているように思ってしまうのだ。

「何言ってるの。全然浮いてないわよ、フォーリア。ねぇ、二人だって似合うって思うでしょ?」

「何を心配しているんだい? 似合ってるよ、フォーリア」

「ああ。黙って立ってたら、お嬢様に見えるぜ。ちゃんとかわいくしてもらってんだから、自信持てって」

「……そう?」

 みんなにそう言ってもらえるなら、とフォーリアはそれ以上考えないことにした。

「もうじき来る客なら、みな様一緒でも行けそうです。二台並んで来ますから」

 偵察に行っていたムウが、そう報告する。

 招待者は魔法使いだが、これから来る招待客は魔法使いではないらしい。それなら、うまく潜り込めそうだ。

 遠くから馬車の音が聞えてくる。レラートが道をふさぐようにして、石を積み上げて造られた幻影の壁を出した。

 これを正面突破しようとする御者はいないだろうから、必ず止まる。その瞬間に結界を張り、関係者全員を一気に催眠状態にして馬車へ乗り込むのだ。

 現れた馬車は、期待通りに止まる。御者が遠目でも「何だ、あれは」という顔をしていたので、それが壁だとわかると、すぐに手綱を引いた。

 急ブレーキという程でもなかったが、馬車の中の貴人達は驚いた声を出している。

 サーニャが馬車の周囲に結界を張り、三人が催眠の呪文を唱えた。人数が多いので、確実に催眠状態にするためだ。

 それから、前を走っていた馬車の戸口へと駆け寄り、扉を開く。

「お姉様、大丈夫?」

 前を走っていた馬車には、ムウの報告通りに黒髪を高く結い上げた二十歳前後の女性がいた。美しく着飾ってはいるが、顔立ちや雰囲気からしてあまり性格がよさそうに見えない。

 偏見かなぁ、とフォーリアは思いながらも、彼女には協力をしてもらわなければならないので、その感想は封じ込める。

「まったく……何なのよ、いきなり止まるなんて。もう少しで、馬車の中で転んでしまうところだったわ」

 そこまで急な止まり方じゃなかったのにな、と思いながら、後で馬車が止まった記憶はしっかり消しておかないと、と心にメモする。

 御者は危険だと思ったから止まったのに、これでは自分の館へ帰ってから「馬車の走らせ方が悪い」などと言って、解雇されてしまいそうだ。

 自分達のために彼が仕事を失う、ということだけは避けたい。

「動物が飛び出して来たのよ。だから、馬がびっくりしただけだわ」

 後ろからサーニャもフォローし、当然のように二人は馬車へ乗り込んだ。

 一緒に乗っていたと思わされているのに、二人が馬車の外から現れた、という矛盾に彼女は気付いていない。

 そばに使用人が一人同乗していたが、何も言わなかった。うまく催眠の効果が現れているようだ。

 もう一台の方でも、レラートとセルロレックが同じように乗り込んでいた。

 乗ったと同時に結界は消え、壁も消えている。壁を見たのは前の馬車の御者一人だけなので、見間違いだったんだろうか、と首をひねっていた。

 しかし、いつまでも不思議がってはいられない。再び馬車を走らせ、目的地へと向かった。

「私達、初めて伺うお宅だから、粗相がないようにしないと」

「あら、あなた達はエンルーアの館は初めてだったかしら」

 正式な招待客である彼女は、リエータというらしい。フォーリアとサーニャは彼女のいとこ、という設定で話を進めた。

「広くてきれいな所よ。まぁ、うちに比べれば大したことはないけれど」

 たぶん、招待客のほとんどがこんなんだろうな、と二人は思った。

 恐らくは見栄っ張りな金持ちばかりだろう。そうでなければ、国がこんな状況下でパーティーに出席するとは思えない。

「確か、お人形をたくさん集めてらっしゃるって聞いたわ」

 サーニャの話し方を聞いていると、ごく自然に思える。

 あ、そっか。サーニャって、本当にお嬢様だもんね。こういう場も慣れてたりするのかも。

「ああ、あれね。お部屋いっぱいに、色々なお人形が並んでるわ。大きいのも小さいのもあるし、お人形が着ているドレスもきれいよ。だけど、あれだけあると、少し気持ち悪いようにも思えるのよね」

「今日、見せていただけるのかしら」

「いつでも見られるわ。エンルーアはあの人形コレクションが自慢だから、むしろ来た客には見てもらいたいのよ。勝手に部屋へ行っても、問題ないわ」

 これはありがたい情報だ。勝手に入ってもいいのなら、仕事もやりやすい。

「まぁ、楽しみだわ」

 そんなことを言ってるうちに、馬車はエンルーアの館へ着いた。

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