第12話 南の国キュバス

 フォーリア達はアズラの館を抜け出し、セルロレック達と合流した。余計な話はせず、サーニャの家へ向かう。

 家に入るとお互いの戦果を見せ合い、四人はようやく一息ついた。

「こんなのが、あと二回もあるのね」

 大して長くない時間だったが、魔物退治をした時よりもずっしりと疲れがのしかかっているような気がする。

 もっとも、サーニャだけはまだ魔物退治をしたことはない。

「これでムウが鍵の在処ありかを教えてくれなかったら、もっと時間がかかってたってことだよな。疲れ倍増……んー、倍どころじゃ済まないか」

「どちらも、見咎められずにすり替えられてよかったよ。いきなり捕まってたりしたら、後はもう動きようがなかっただろうからね」

 どちらにも多少、やばいかな、と思う場面はあったものの、結果がよければそれでいい。

 気分的にはしばらく休みたいところだが、そうも言っていられない。リリュースにとっての時間は、あとわずかだ。

 四人はすぐに、南の国キュバスへと向かった。

 一瞬で行けたらと思うが、魔獣の力を借りても目的地までは数時間かかる。大きな大陸も、こういう時には面倒だ。

 キュバスへ近付くにつれ、次第に汗がじんわりと浮かんできた。

 着く頃には、グリーネでセルロレックに借りたマントが日よけ代わりになり、レラート以外の三人は初めて体験する太陽の光の強さに打ちのめされる。

「何なのよ、この暑さ。本当に私達と同じ、パロア大陸にある国なの?」

 サーニャは、悲鳴のような文句を口にする。フォーリアとセルロレックも同感だ。

「たった二日程度、涼しい場所にいただけなのに、俺もこの暑さはきついな」

 レラートは太陽が隠れたあの日以来、この暑さをずっと経験している。慣れているはずなのに、ちょっと離れていただけで身体に堪えた。

 初めて経験する三人は、もっと堪える。

「火の山のそばにいるみたいだね」

「これじゃ、身体の弱い人にはつらいよね。あたしの友達で火の山から戻って来た子が、魔物じゃなく暑さにやられて寝込んだことがあるもん」

「川が干上がるはずだわ」

 魔獣に乗って上空を進む時、見下ろした土地は完全に乾燥地帯だった。わずかに残った川や湖が、この国にとってはまさにオアシスだ。

 しかし、本来の池や湖がこんな大きさではない、というのはわかる。

 きっとあそこが水辺なんだろうな、と思われる線がくっきり見えた。元々の川はもっと幅があり、湖は広いのだ。

 リリュースも力を奪われてしまうまで時間がないが、この国もかなり危険な状態だ。水というライフラインが底を尽きかけているという事態は、他の三カ国よりも追い詰められている、と言える。

 彼らは、すっかり小さくなってしまった湖のほとりに着いた。

 水辺ということもあって、他の場所よりは涼しい気もしたが……気温はそう変わらないだろう。近くにまだ水分があるおかげか、草木も枯れてはいない。

「ごめん。俺ん家、サーニャの所みたいに広くなくてさ。水が少ないから、宿もほぼ休業してる。それに、例の魔法使いのいる場所からも、かなり離れてるんだ」

 三人は気にしないよう、レラートに言った。遊びに来たのではないし、もてなしてもらいたい訳じゃないのだ。

 確かに、これからの段取りなどを考える時は屋根があるとありがたいが、なくても話くらいはできる。少なくとも、ここで雨は降らないだろう。

 魔物退治へ行けば、いつも屋根の下で休めるとは限らないのだ。これくらい、どうってことはない。

「この湖の向こう側に、城みたいな建物が見えるだろ。あれがエンルーアの館だ」

 レラートが差す方向に、ずいぶん立派な館があった。

 エンルーアは元々裕福な家庭で育ち、目の前の湖も含めたこの辺り一帯の土地も所有している。山や平野部を流れる川には水を求めて人々が向かうが、この辺りは私有地なのでほとんど人は来ない。

 こんな事態になって水を盗みに来る人もいたが、そこは魔法使いである。入り込めないように結界を張るくらい、お手の物だ。

 なので、四人がいる場所も結界のすぐ外である。そこに水が見えているが、それを汲みたくても近付くことはできない。

「みんな困ってるんだから、わけてあげればいいのに」

 フォーリアが、不満そうに口を尖らせる。

「こんな状態にした張本人だぜ。そんな親切心なんかあるかよ」

「結界まで張るくらいだからね。自分の物を他人に渡すつもりはないんだよ」

「本当、いい根性してるわ」

 確かに「いい根性」をしていないと、竜を封じようなんてことは思い付かないだろう。

「ねぇ、ムウ」

「はいはーい」

 姿を隠して彼らについて来ていたムウが、フォーリアの呼びかけで現れた。

 人に見られて騒がれないよう、呼ばれないと出て来ないようにしているらしい。

 だが、呼ぶとこうしてすぐに現れるのだから、いつも近くにいるのだろう。

「ムウは、雨を降らせられないの?」

「私にそこまでの力は……」

「ムウの姿って、ぼくの国では晴れるように願掛けするおまじないの人形に近いよ。願ったら、逆に晴れるんじゃないかな」

「やめてくれ。これ以上晴れるのはごめんだぞ」

「国全体が自然発火しそうよね」

 みんなの声を聞き、フォーリアはがっかりする。

「そっかぁ。残念ね」

「すみません」

 申し訳なさそうにムウが謝った。

「あの館が魔法使いのいる場所、つまり鍵のある場所ですね。私、これから内偵して参ります。みな様はしばらくお休みください」

 ムウは夕日が反射する湖面の上を、エンルーアの館を目指して飛んで行った。湖のかなり上空を飛んでいるのは、結界があるせいだろう。

「休めって言われても、落ち着かないよな」

 ムウを見送るレラートが、小さくため息をつく。

「近所に、昔から世話になってるばぁちゃんがいてさ……年のせいもあるだろうけど、この暑さですっかり身体が参ってるんだ」

 どの国でも異常気象の原因を探ってはいるが、一般市民はもちろん、自分達のような下っ端の魔法使いにまで調査の報告は降りてこない。

 ようやく聞けた、と思った声は「わからない」という状態。

 それにいらついてレラートは、自分で探ってやるっ、とパドラバの島へ向かったのだ。

「報告が下りてこない、という共通点は問題だって、前にも話していたよね。ぼくも似たような理由だよ。元々身体の弱い友人が、風邪をこじらせてね。急な気温の変化で身体がついていかないようなんだ。他にもそういう人がいるって話を聞いて、じっとしていられなくなった。とにかく何かしたいって思って」

 北の国グリーネでは、誰もが気持ちは夏に向かっていた。なのに、現実は冬。頭と身体が混乱するのも、無理はない。

 南北の国は東西の国に比べて気候が極端に変わったため、そういった人が出てしまうのだろう。

「とにかく、休める時に休んでおこう。レラート、エンルーアって魔法使いはどういう人なんだい?」

 さしあたって、今はやることがない。車座になり、エンルーアについての情報をレラートから聞くことにする。

「魔法の腕は、かなりのレベル。まぁ、これは他の魔法使いも同じだよな。占いもやってたりして、それがすごい確率で当たるもんだから、火の国の魔女なんて言われたりしてる。あと、聞いたところじゃ、すごい美人らしいぜ。俺は遠目で一度しか見たことないから、その辺りはよくわからないけどさ。でも、美を追求する執念はすさまじいって聞いたな」

「女性は、美を追究する人が多いとは思うけどね。少しでもきれいに見せたいとか、若く見られるようにしたいとか。私ももっと大人になったら、そんなことばっかり考えるようになっちゃうのかしら」

「若いうちからそんなことを考えてたら、老けちゃうわよ」

 フォーリアがさらっと言ってしまう。

 きっと彼女はそういうことにこだわらないんだろうな、と三人は思った。ありのまままを受け入れるタイプだ、と。

「確かに、女はだいたいそんなものなのかな。今回、竜の封印に関わった魔法使いの中では、エンルーアが一番若い。三十を超えたらしいんだけど、見た目は二十歳そこそこだってさ。どれだけの執念を持てば、十近くも若く見えるようになるんだよ」

「時々いるね、まじないのたぐいやかなり怪しげな薬で若く見せる人が。何を考えて竜の力を奪おうと思ったか知らないけれど、彼女の場合は美しさを確実に保てる力を欲したんじゃないかな。竜の力は、あらゆることを可能にすると考えられてるから」

「その人、五十歳や六十歳になっても二十歳くらいの姿でいたいのかなぁ。……気持ち悪い」

「んー、私もそこまではいやだわ。そうなったら、もう人間じゃなくて魔性に近いんじゃないの? 何百歳でも、見た目は壮年だったりするでしょ」

「本人は、気持ち悪いなんて思ってないんだぜ、きっとな」

 何にこだわるかは本人の勝手だが、他の人に多大な迷惑をかけてまで手に入れようとしているとなると、話は違ってくる。

「アズラの時は何とかごまかせたけど……今回もうまくいくかしら」

「いくわよ。だって、あたし達、竜に託されてるんだもん。何かあったとしても、周りにいる全ての妖精や精霊達が助けてくれるわ。心配しないで、サーニャ」

 楽観的だなぁ、と思う反面、そうかも知れない、とフォーリアの言葉を聞いて三人は思った。

 封印に関わった当事者達は、四人が鍵を取り戻そうとしていることを知れば邪魔をするだろう。もし誤った情報を彼らから聞かされていれば、その弟子達も黙ってはいないはず。

 しかし、自然の力は竜へとつながっている。その力は、竜を助けようとする四人の魔法使い達を助けようと動いてくれるだろう。

 そんなふうに思えてくる。

「あたしは、リリュースの方が心配だな」

 タッフードは、三日から五日くらいで封印は完成し、竜はその力を奪われるだろうと言った。

 その日数は、あくまでもタッフードの予測だ。絶対にその日数かかる、という意味ではない。

 だから、まだ余裕があると思っていたら、もう完成してしまった、ということもありえるし、一週間以上延びることもある。

 とにかく、先が読めないのだ。こうしてムウを待つ間にも、竜の力はじわじわと奪われつつある。

 そう思うと、休んでいるのが申し訳なく感じてしまう。

 もちろん、人間である自分達には、休息がある程度は必要だ。不眠不休で動ける程にタフではない。

 しかし、今だけはそのタフさがほしい、と思う。

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