第5話 家族のぬくもり

 百合子さんと、少しは仲良くなれたと思う。だから、この関係をもっと広めていきたいものだな。母や姉、妹とも親しくなっていきたい。


 みんな良い人たちだから、普通に好きなんだよな。前世では出会ったことの無いような相手だ。とばりに生まれ変われて、幸運だよな。


 百合子さんの作った朝ごはんを食べて、少しして、母がのんびりしていたので、会話していく。


「母さん、少し話をしないか?」

「もちろん良いわよ。とばり君、一体何の用かしら?」

「特に用という用はないんだよな。せっかくだから、軽く話をしたくてな」

「そんな風に、話をしてくれるのね……」


 以前のとばりは、どれだけの問題児だったのだろうか。母は感動しているように見える。ただ話をしただけなのに。


 母は優しい人だから、接していて気分がいいと思うのだが。それとも、噂に聞く反抗期だろうか。前世の俺には、そもそも反抗する相手はいなかったんだよな。だから、いまいち感覚が分からない。


 まあ、それはいい。とりあえず、まずは感謝の言葉でも伝えていくか。


「母さん、ありがとう。記憶喪失になった俺は別人みたいに見えるだろうに、ちゃんと受け入れてくれて」

「当たり前のことよ。あなたは私の可愛い息子なんだからね。それに、とばり君だって、私に優しくしてくれるじゃない」


 優しくと言われるほどの事をした記憶はないが。だから、あまり納得できない。とはいえ、母の気持ちを否定するのもな。俺は、過去のとばりを知らないのだから。


 となると、母に反論するのはうまくないだろうな。受け入れておくのが無難だろうか。


「ありがとう。でも当たり前のことだ。言葉を返すようだがな。俺を大事にしてくれるんだから、その分を返しているだけだ」

「こんな事を言うのはどうかと思うけれど、とばり君が記憶喪失になって良かったって思っちゃうわ。あなたは苦しいはずなのにね」

「気にしないでくれ。俺を好ましいと感じてくれている証だろう。単純に嬉しいだけだ」


 実際、俺は母のおかげで楽しく過ごせそうな感覚がある。愛してくれる人がいるというのは、嬉しいのだとも知れた。


 だから、その分の喜びを返していきたい。間違いなく本音だ。この人が笑顔になってくれるなら、きっと嬉しいだろうと思える。


「それなら、良いんだけどね。とばり君も、嫌なことがあったら、すぐに言ってくれていいからね」

「今のところは、大丈夫だ。母さんも姉さんもりんごも、百合子さんも、とても良くしてくれているからな」

「ありがとう。ゆかりちゃんやりんごちゃん、百合子さんも受け入れてくれて」

「気にしないでくれ。優しい人だから受け入れているだけだ。本人たちが、素晴らしい人だからだよ。もちろん、母さんもな」


 もうすでに、大切な家族だと感じている。出会ってすぐなんだがな。後は、みんな美人でびっくりした。前世の俺の周りの人間は、そうでもなかったからな。


 まあ、家族なんだから変な感情を向けるべきではないよな。だから、ガチ恋チキンレースの対象としては不適格だ。


 恋になるかならないかのギリギリを楽しむ。面白そうではあるが、自分を大事にしてくれる人間相手にやることではない。ただの他人を相手にするくらいが、ちょうどいいはずだ。


 せっかく思いついたことなのだから、一度は実行してみたい。前世では、自分の意志で何も決められなかったからな。もしかしたら、人生経験が多くなれば、くだらないことだったと思うのかもしれないが。


「今のとばり君は、とっても素敵になったわね。だから、昔のことは忘れることにするわ」

「無理はしなくて良いんだぞ。自分で言ったんじゃないか。大切な息子だって。大事な思い出だって、あるんだろう?」

「だけど、とばり君だって、誰かの代わりみたいに思われるのは嫌でしょう?」

「それは、そうかもしれないが……」

「だから、良いの。今のとばり君を大切にする。それが私の決意よ」


 ありがたいことだ。以前のとばりと今の俺は、全然違うだろうにな。だからこそ、母の優しさに応えていきたい。ちゃんと、親孝行をしていきたい。改めて、しっかりやっていこう。


「それなら、母さんが幸せになれるように、俺も頑張るよ」

「あなたこそ、無理はしなくて良いんだからね。まだ子どもなんだから、いくらでも甘えて良いのよ?」

「大丈夫だ。ある程度は頼らせてもらうが、自分でできることは自分でやるよ」

「偉いわね。でも、あまり負担にならないようにね」

「ああ。大変だったら、頼らせてもらうよ。もうすでに、学校と警護官のことは任せているしな」


 この世界の事は、よく分からないからな。というか、前世のせいで普通の感覚が全然分からない。ずっと病室に居ただけだったからな。


 だから、どうやって学校を選べば良いのかなんて知らないし、警護官がどんなものかも分からない。おそらくは、数少ない男性を守るためのものなのだろうが。


 まあ、母なら悪いようにはしないだろう。自分で決めないのかと言われそうだが、完全に素人判断になるからな。ちょっと問題のある決断をしかねない。


「ありがとう、私を信じてくれて」

「気にしないでくれ。母さんが俺を愛してくれている事はよく分かるからな」

「もちろんよ。大切な息子なんだもの」

「だからこそ、俺も母さんが大好きだ。俺にやってほしい事があれば、気軽に言ってくれ」


 実際、無理難題でもなければ受け入れるつもりだ。俺は、愛というものを教えてくれた母には感謝しているからな。


 まあ、俺の感じている愛は、もしかしたら別のものなのかもしれないが。俺は世の中の当たり前を、全然知らないからな。


 とはいえ、俺が母を信頼するには十分なものを受け取っている。別人みたいになった俺を受け入れてくれて、大切だと言ってくれた。それだけで、とても幸せなんだ。


「じゃあ、あなたを抱きしめさせてくれないかしら?」

「もちろん、構わない。存分にやってくれ」


 そう返すと、すぐに母は抱きしめてきた。暖かくて、柔らかくて、いい匂いがする。落ち着いた気持ちになって、軽く目を閉じてしまった。


「ねえ、とばり君。これからのあなたが幸せになれるように、頑張るからね」

「ありがとう。優しい母さんをもって、俺は幸せ者だな」

「こちらこそ、よ。優しい息子をもって、私は幸せよ」

「お互い様だな。両想いみたいで、嬉しいぞ」


 本当に穏やかな気持ちになれる。これが、前世では感じられなかった親の愛情か。それなら、子の側も愛情を返すのだと示していきたいな。


 ということで、抱きしめてくれている母を抱き返した。俺だって、母を大切に思っているのだと伝えるために。


 そうしたら、少しだけ抱かれる力が強くなった。何かを感じてくれているのだろう。


「とばり君、ありがとう。私の気持ちに応えてくれて」

「こちらこそ、だ。俺を愛してくれて、ありがとう」

「だけど、両想いなんて人に軽く言っちゃダメよ。私じゃなかったら、きっと大変なことになっていたわ」

「俺だって、言う相手くらい選ぶぞ。少なくとも、誰にでも言ったりしない」

「なら、良いんだけど。これからも、ずっと一緒に居ましょうね」

「ああ、もちろんだ。俺も、母さんとずっと一緒がいいよ」


 そう言うと、こちらに微笑んでくれた。うん。これからも、母のことは大切にしていこう。


 しばらく抱き合っていたが、母さんの方から離れていった。少しだけ、名残惜しさを感じてしまう。


「ねえ、とばり君。私は、あなたをずっと愛し続けるわ。それだけで、きっと私は幸せになれるの」

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