第31話 弾む心
「おいしかった。ごちそうさまでした」
「喜んでもらえてよかった。それにしてもずいぶん
ファハドに頬を指で突かれる。一気に顔が熱くなり、ミライは彼から顔を逸らした。
「そういうことはわざわざ言わないでください。恥ずかしいので」
「そう拗ねるな。俺は思ったことは伝えないと気が済まないんだ。許してくれ」
「怒っているわけではありません……」
「そうか。では、話題を変えようとするか。それは仕事の書類か?」
艶やかな黒い両眼を細める夫。ミライも気持ちを切り替え資料を手に取り頷く。仕事の件では彼に交渉が必要だった。
「これらは私がマクトゥル家で担当していた仕事です」
「ほう。君の実家は確か貿易商だったな」
ファハドが書類を手に内容を読んでいる。彼の問いかけに「はい」と頷き、話を続けた。
「私はファハド様にお会いするよりも前から、自分がいつかマクトゥル家から独立することを想定して行動しておりました。なので私が買い付けをして販売している商品のほとんどをマクトゥル家との契約ではなく、ミライ・マクトゥル個人との契約にしていました」
「つまり?」
「はい。それが今後も私の収入源となるということです。もちろん結婚しましたから、稼ぎは家に納めるつもりです」
「それは願ってもない。俺が手伝えることはあるか?」
ファハドが眉を上げ首を傾けた。なんとなく話の流れを察したのだろう、とミライは上目遣いで夫に体を向ける。
「ありがとうございます。では、私を結婚前と同様に仕事させて欲しいのです」
「かまわないぞ。だがわざわざ許可を得ようとするということは、何か問題があるのか?」
肩を上下させながら微笑する。ミライは一度頷いてから話の本題に入った。
「はい、あの、私は商品の買い付けや加工品の製造など全ての工程を定期的に確認しています。そして、その買い付け品の多くは他国原産、生産品なので……」
「なるほど。定期的に他国に行く必要があり、家を空けたいということか」
「おっしゃる通りです。どうかお許しいただけないでしょうか?」
言い終わると同時に目をぎゅっと閉じ、祈るように両指を組んだ。ファハドが小さく息を吐き、ミライの右目を隠す髪の毛が若干揺れる。
「わかった。公務優先ということと、私が選んだ護衛を同行させること、さらに行き先を明らかにすることが条件でどうだ?」
夫からの寛大な条件にぱっと目を開いた。自然と口元が綻ぶ。目の前ではファハドが目尻を下げている。そして頬に手を添えてから静かに唇を重ねてきた。
「愛しい妻の頼みだ。断れまい」
「ファハド様、ありがとうございます!」
これで大好きな仕事を続けられる。喜びが溢れ思わずファハドに抱きついた。彼は驚いたのか一瞬ぴくりと反応し、すぐにミライの身体に腕を回した。
「自分を受け入れてくれるだけでも十分と思っていたが、こうしてミライから寄ってくれると嬉しいものだな」
ハッと我にかえり慌てて夫から離れようとするが、彼の腕は微動だにしない。
「す、すみません。もう離していただいて結構です」
「嫌だ。もう少しこうしていてくれ。初めてミライに抱かれた喜びに浸りたい」
「ファハド様、ちょっと言い方が」
反論しようとするもミライの唇は塞がれた。「嬉しいぞ」と言う甘い声に耳をくすぐられる。胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚に惑いながら、ファハドの背中に手を回した。
>>続く
かりそめの女主人は、ハレムで女子会を楽しみたい 松浦どれみ @doremi-m
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