第25話 三名様、ご案内

 新居に越してきて友人たちと正式に家族となった日。そんな祝うべき良き日の夕食が、ミライにとっては気まずい席となった。


 彼女たちはいろんな意味で楽しそうだった。この先のことを考えてニマニマと笑っているアイシャ。ミライを気遣ってはいるものの、さっさと恋人アイシャと甘い時間を過ごしたいビアンカ。食事が美味しくて舌鼓を打つベス。さらに涼しげな表情の夫ファハド。思っていることはそれぞれ違いそうだったが、みんなは上機嫌。残念ながらミライと気持ちを同じくするものはひとりもいないようだった。


「それでは奥様方。お部屋へご案内いたします」


 ついにきたか。食後にやってきたピエールを見ながら、ミライはごくりとお茶を飲み干した。


「皆様の寝室は二階と三階にあります。まずは二階へ行きましょう」


 ピエールのあとをついていきながら、食堂を出てホールを通り昼間にファハドが逃げ込んでいった階段を登った。最後の一段を踏んで顔を上げると、二階のホールが視界に広がった。応接室など来客に対応する一階よりは控えめだが、価値が高そうな調度品が飾られている。


「この階には、ビアンカ様、アイシャ様、エリザベス様のお部屋をご用意いたしました。まずはビアンカ様から。こちらです」


「ああ」


 ホールを中心に左右に分かれている廊下。ピエールは右の廊下に向かい歩き始めた。全員でついていく。ピエールが突き当たりの部屋の前で足を止めた。


「こちらがビアンカ様のお部屋でございます。そして隣がアイシャ様のお部屋です。中に両方のお部屋を繋ぐ扉もありますので、お二人で話し合ってご自由に行き来しお過ごしください」


「続き部屋なのか」


「なにそれ最高!」


 部屋の扉を開け目を輝かせるビアンカとアイシャ。今まで家族にも秘密にしていた関係が、この屋敷では公認になったのだ。無理はない。ミライは嬉しそうに見つめ合う二人を見て、嬉しくも羨ましくもあった。


「ここは以前、家族連れ用の客間にしていたんだ。気に入ったか?」


「はい。殿下、感謝いたします」


「ありがとうございます、殿下!」


「喜んでもらえてよかった。今日はこのままもう休むか?」


 ビアンカとアイシャはファハドに礼をしてから互いに目配せをした。そして頬を染め、こくりと頷く。


「そうか。おやすみ、ビアンカ、アイシャ」


「「おやすみなさい、殿下」」


「みんなも、また明日!」


 ふたりはファハドに深々と頭を下げて挨拶すると、ついでのようにミライたちに手を振り、部屋の中に入っていった。


「それでは、次にエリザベス様のお部屋へ行きましょう」


 ピエールが微笑し踵を返す。ミライは彼に続いて来た道を戻り、ホールに向かって左にあった廊下を進んだ。


「こちらがエリザベス様のお部屋です」


「ありがとうございます。ここが、私の部屋……」


 少女らしい明るい色を基調とした可愛らしい部屋。ベスの実家ドワイリ家の彼女の部屋に似ているとミライは思った。ピエールはさらに隣の部屋の扉も開けて彼女を案内した。


「こちらもご自由にお使いください。図書室兼勉強部屋でございます」


「わあ、本がたくさんあるわ」


 エリザベスがうっとりと息を漏らした。彼女は読書や裁縫が大好きだ。たくさんの本と大きな机は嬉しいだろう。ミライは妹のように可愛いベスが、かたちだけとはいっても王子の妻として生活することは不安だろうと心配していた。だがそれは杞憂で済みそうだ。彼女が落ち着いた暮らしができそうだとほっと胸を撫で下ろす。


「あの、私も今日はこのまま本を読んだりしたいのですが、かまいませんか?」


「もちろんだエリザベス。あまり夜更かしするなよ」


 もじもじと話を切り出したベスに、ファハドが微笑み片目を瞑る。彼女は「ありがとうございます!」と明るい声で満面の笑みを返した。


「それじゃあ、おやすみなさい。ミライ、また明日!」


「ええ、また明日……」


 力強く手を振って、ベスは図書室に入っていった。口の端を引きつらせ、弱々しく手を振りかえしていたミライの耳に、抑揚の少ないピエールの声が刺さる。


「最後に、ミライ様のお部屋をご案内いたします」


>>続く

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