第24話 共寝、だと?
「大きなお屋敷ですね……」
ミライは新居を見上げ感嘆した。男爵家の実家はもちろんのこと、領地持ちの貴族より立派で大きな屋敷。城とまではいかないものの、王都にこんな居住をかまえられるとは、やはり彼は王家の人間なのだと圧倒される。
隣に並ぶファハドは、ミライの肩を抱くと軽く唇を重ねてから微笑んだ。
「気に入ったか? 中も案内したい。早く行こう」
「ちょっと! いきなりキスしないでください!」
突然のことに体温が一気にあがり、顔中の血がよく巡った。思わず顔を背け夫の手を払うも、彼はくすくすとからかうように笑いながらミライの手を引いた。
「では次回から『今から口づける』と言うことにしよう。だがミライ、これではこの先君の身が持たないぞ」
「どういうことですか?」
「いや、時間はある。後でゆっくり話そうか」
意味深な言葉にミライは眉を寄せた。結婚して新居での生活が始まるし、先日宣言していたとおり、口説き落とすつもりなのだろうか? 考えながら夫に連れられ、屋敷の門を潜った。
「「ミライ!」」
「おかえりなさいませ。ファハド様、ミライ様」
「あれ、みんな! もう着いていたの?」
中に入ると、アイシャ、ビアンカ、ベス、そしてピエールに出迎えられる。一緒に出発したはずなのに到着して間もない様子でもない。驚いているとアイシャがニヤニヤしながらミライの問いかけに答えた。
「このお屋敷、さっき結婚式をした王宮寺院から馬車で十分の距離よ。一時間もかけて帰ってくるなんて、なーにしてたんだか?」
「え? ファハド様?」
ミライが怪訝な顔で振り向くと、ファハドは両手を上げ降参のポーズをとりつつ、悪びれなく爽やかな笑顔を向けてきた。
「ミライと式の余韻に浸りたくてな。遠回りさせた」
「ファハド様、そういうことはきちんと仰ってください。なんだか騙されたみたいですわ」
口を尖らせそっぽを向く。自分だけ知らずにけっこう遠いのねなどと思っていたことが恥ずかしかった。それにのけ者にされたような疎外感も加わる。するとまずいと思ったのかファハドがバツの悪そうに眉を下げ、ホールの階段をかけていった。
「少し公務が残っている。夕食はみんな一緒にとろう。それまではくつろいでいてくれ」
「ちょっとファハド様!」
ミライの呼びかけに振り返ることなく、ファハドは上階に消えていった。大きなため息を吐くと友人たちが
「ミライ、いいじゃない。ちょっと馬車で遠回りしたいなんて、かわいいもんでしょう!」
「確かに、今夜のことを考えるとな」
「今夜? なにかあるの?」
アイシャとビアンカの含みを持たせるような言葉に首を傾げる。ミライの反応を見てふたりも顔を見合わせ首を捻った。
「ミライ、本気?」
「意外と疎いんだな。結婚したんだから今日は初夜で、殿下はミライを共寝の相手に選ぶだろう」
「共寝?」とおうむ返しをする声が裏返る。結婚したことに安心し、考えてもいなかった。隣ではベスが顔を赤らめ俯いている。こんな少女にもわかることが頭の片隅にもなかったとは。ミライはふと、馬車でファハドが「今夜」と言ったことを思い出す。
「私たちにとっては契約婚だけど、殿下にとっては恋愛結婚だしね。ミライは確実に今夜共寝よ」
「それに、子を成すのは彼の義務でもある。ミライ、頼んだぞ」
アイシャとビアンカがうんうんと頷きながら笑顔を向けてくる。「ちょっと待ってよ」と言っても相手にしてくれない。それどころか、アイシャはミライの肩をガッチリと掴み、丸く大きな黒曜石の瞳でまっすぐに見つめ言った。
「まあ、そういうわけだからさ。がんばってよ、正妃ミライ! 私、馬のだけど出産に立会ったことがあるから、安心して産んでね!」
「兄の子供を世話したことがある。任せてくれ」
「殿下とミライの子なら、きっとかわいいね。私もお世話がんばるよ」
矢継ぎ早に出てくる友人たちの言葉。「はあ?」と顔をしかめても、彼女たちは笑顔を浮かべているだけだ。なぜか自分だけが出産することになっている。いや、それはさておき今一番の問題は出産に至る前のアレだ。いきなり今夜とは心の準備もできそういない。
「そ、そんなの聞いてなーい!!」
新居となったファハド・アル・シャラマン邸のホールに、混乱したミライの叫び声と友人たちの笑い声がこだまする——。
>>続く
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