星導学園

 星導せいどう学園。

 日本に魔法を学ぶ学校は多々あれど、この学園ほど全てを高水準で兼ね備えている場所は存在しない。

 そう誰もが認めるほどの規模を有する学園。

 その様相はとても普通の学校とは思えない。


 所有している敷地は広いなんてもんじゃない。

 最早都市。そう言ってしまえるレベルの面積に加えて凄まじい数の施設を持っており、校内だけで全ての生活を完結してしまえる。

 研究や鍛錬のために必要な施設は勿論のこと、飲食店や映画館、ボウリング場にカラオケなど学生には欠かせない娯楽施設も完備しているほどの揃いっぷり。

 これら目当てで受験する学生も多いくらいだ。


 だが何よりもこの学園に来る最大のメリットが存在する。

 将来、自分が魔法の道を目指すに当たって絶大なアドバンテージを得られることだ。

 ここを卒業したというだけで様々な企業や大学から優遇され、ましてやランキング上位に名を連ねたともなれば向こう側からスカウトの連絡がひっきりなしにやってくるほどまでになれる。

 安定、出世、給与。そして、特権。

 社会で活躍するにおいて重要視される主な待遇要素がこの三年間で全て得られるともなれば、やはり皆それを目指す。


 故にこの学園は徹底した実力主義だ。

 強い者、才能ありし者が犇めき合い、己の全てを賭けて僅かな椅子を奪い合う。


 それが俺達の通う星導学園であり、この世界で起きる様々な事件の中心地。

 原作で主人公やヒロインが活躍する舞台の上に俺は遂に足を踏み入れた。


「良いねぇ」


 入学式が終了してすぐ、俺は周囲に存在している施設を吟味し、その素晴らしさに感嘆していた。

 中等部とはまるで比べ物にならない。

 あそこはこの学園で生きていける最低限の力を身に着けるために余計なものは徹底的に排除されていた。

 そのためあくまでも個人所有に過ぎないウィズの研究棟の方が設備が豊富だという妙な事態になっていたのだ。


「自由に使える研究棟はあそこか。当たり前だけどスペースには限りがある。……奪い合いか」


 奪い合い。

 そういえば原作で俺が初めて主人公に出くわしたのもこの研究棟で起こったことが発端だったか。

 学園内は実力主義と謳ってはいるが、財力がものを言う場面は往々にしてある。

 

 そうなってしまうのは生徒の大半が有力家の息子・娘であり、権力の強さや影響を熟知しているからというのが大きい。

 特にまだ実力差が不明瞭であることの多い一年一学期は実家の力が地位を決める最たる要因になってしまうのだ。

 まあそんなので作り上げた立場なんざ、実力差が浮き彫りになれば簡単に崩壊する砂山のようなものだが。

 

 俺は実力も無い癖に実家をチラつかせて取り巻きを作り、生意気なヒロインの一人に絡んだ挙句主人公によって撃退される。

 まさにお手本のような噛ませ犬っぷりだ。最早清々しさすら感じてしまう。


 だが今は違う。

 俺には実力と知識が備わっており、取り巻きなんぞに頼らなくても堂々とこの場所を奪える。

 口で言っても聞かない奴が居れば実力でわからせればいい。

 それがヒロインであれ、主人公であれ潰すだけだ。


「いつでも来い……。というか絶対来い……」


 ヤバい、何かすげぇワクワクしてきた。


「きっめぇなお前。こんな場所でもぶつくさニヤニヤしてやがんのか?」


 ん? 何か声が聞こえる。

 それに手に持っているケースが何やらモゾモゾと動いているような……?


「よっ」


「うおっ!? お前、何で居るんだよ!」


 ケースのチャックが開き、姿を現したのはグランキオ。

 一体どうしてコイツがここに!?

 ウィズのとこに置いてきたはずなのに!


「お前こそ何置いてってんだよ。学校に行く直前になっても全然呼びに来ねぇから潜り込んでやったぞ」


「いやそれは、お前そこらかしこ歩き回るからさ。この学園だと探すの大変なんだよ。てかグランキオお前、中等部の時は全然ついてこなかったじゃねぇかよ。だから今回も良いのかなと思ったんだよ」


「んな訳ねぇだろ。俺だって漫画とかネットサーフィンとかしてこっちの世界のこと色々調べたんだ。十年もすりゃ実物の一つや二つ見たくもなんだろ」


「お前、俺の想像以上にこっち満喫してんな……」


 コイツ、俺やウィズが一生懸命に研究進めている時にそんなことしてやがったのか。

 漫画読んでたのは知ってたけど、まさかネットサーフィンまでしてたとは。

 色々充実してる場所だからそういうのには事欠かなかったんだろう。


「まあ良いか。来たのはもうしょうがねぇからそん中に入んのはやめろ。俺のフードの中にでも入っててくれ」


「りょーかい。悪いな」


「事前に言っといてくれりゃ連れて来てやったよ」


 別にコイツ一人くらい居ても大した負担にはならない。

 寧ろ居てくれた方がマスコット枠的な感じで良いかもしれない。


「んで? そこのデッカイ場所に行くのか?」


「いや、今日は寮で昼飯食ってから色んな施設を見て回ろうと思う。どうせまだ荷物が全部届いてる訳じゃないしな」


 今日はまだ進級初日。まだ俺のイベントが起こる時じゃない。発生するのは学園主催のレクリエーションイベントが終わった後だ。

 主人公が居ない研究棟に行くのに意味が無いとは思わないが、やはりここはあのイベントを経験しておきたい。

 そして奴等をぶっ潰してこれからに弾みをつけるのだ。

 本来あるべき序列なんて知ったことじゃないと、しっかりとこの世界に刻み付けてやる。

 

「さて、寮は……あっちか」


 距離を見ればそれなりに遠く、しかし視界の中にはそれがはっきりと存在感を示している。

 名称は学生寮だが、その外装はまるでホテル。

 無論中身もそれに見合ったものであり、星導学園の規模の大きさを表すものの代表格だ。

 そしてその寮で提供される食事は俺が楽しみにしていたものでもある。


 内容もそうだが三食どれも取り放題食べ放題のビュッフェ形式。

 何よりも味が最高だとの噂もある。一度は食べたいと学園外からも評判の食事、是非味わいたい。


 そう思って寮に足を運ぼうとしたその時だった。


「ふっ、見つけたぞ! 神聖なるこの学園に不相応な下賎の輩め!」


「?」


 後ろから声が聞こえた。

 どこぞの馬鹿が騒いでいるらしい。一体誰に言っているのだろうか。

 少し周囲を見渡してみるが生徒はそこら中に居る。


「ま、良いか」


 この手の作品では御馴染みの入学早々エリートに絡まれる主人公のイベントがあるならば少し見てみたい気持ちはあるがそれ以上に今は腹が減っている。

 一度食べたいと思ってしまえば自然と足が動いてしまう。


「ふっ? 待て! この僕から逃げるのかい?」


 声が少し挑発的なものになっている。

 どうやら無視でもされたみたいだ。まさか絡まれているのは主人公か?

 いや、原作が開始した時には主人公は既に入学して二日ほど経っていたはず。

 だからこんなイベントは起こるはずがない。


「待てと言っているんだ! !」


 へえ、産神アサヒか。

 結構珍しい苗字だと思っていたけど、居るとこには居るもんだなあ。


 …………てんな訳なくね?

 え? アイツ今何て言った?

 アサヒって言ったか?


「…………もしかして俺か?」


 反射的に口から出た疑問。

 もしかしてとは言うが間違いなく俺だろう。

 だってライトノベルの世界で同じ名前を持つ人間が同じ場所に存在しているなんてことあるはずない。

 読者が混乱してしまうじゃないか。


「ふっ、そうだ! お前以外に誰がいる!」


 視線の先には一人の男子生徒が立っている。

 人差し指を俺に向けてふんぞり返っているそいつを俺は知らない。


「……誰だお前」


「ふっ、よくぞ聞いた! 我が名は吉良きらエリト! 伝統ある魔宝石商家の吉良家跡取りにして大宮マノにその実力を見定められし者!」


「マノォ?」


 何でここでマノの名前が、と一瞬疑問に思い、そして思い出した。

 

「ああ、そういやアイツ取り巻き集団みたいなのが居たっけか」


「ふっ、そんな俗な言い方はやめてほしいね。僕は彼女に選ばれた存在!」


 成程、道理で俺が知らないわけだ。

 原作においてコイツ等ほぼモブだもん。何か応援席みたいなところで「マノ様ー!」ってガヤを入れていた記憶しかない。

 なんでそんな奴が俺に絡んでくるんだ?


「そうかそれはまあ、アイツが世話になってるようで……。んで、何の用?」


「ふっ、決まっている。僕は彼女の理念に、そしてこの学園の理念に乗っ取り、穢れた場所を浄化するのみ!」


「浄化ぁ? 掃除がしたいなら箒でも持って来いよ」


「ふっ、掃除ではない、浄化だ。どれだけ素晴らしい魔力を秘めた魔宝石だとしても僅かな曇りがあればその輝きは十全なものにはならない。故に浄化する、それが我が一族の掟!」


 大体コイツが何を言いたいのかわかってきた。

 そう言えば最初に言ってたな、下賎な輩だとかなんとか。


 あれ俺のことかよ。


「ふっ、産神アサヒ! 貴様のような穢れを僕は見過ごせん! この世界に厳然と存在する現実というものを君に叩き込み、この学園を清浄に戻すとしよう! 決闘だ!」


 吉良は自身がつけている白い手袋を放り捨て、高らかに宣言した。

 その宣言に周囲の生徒が集まってくる。

 ざわめきは一瞬にして広がった。


「………………」


「ふっ、どうした? 公衆を前にして怖気づいたかい?」


「いや、ちょっと驚いてただけだ」


「何?」


 俺は手袋を拾い上げる。

 そして蔑みの笑みを浮かべた吉良に向かって一歩を踏み出した。


「俺は今から飯食おうと思ってたんだ。知ってるか? ウチの学園が提供する店の評判。楽しみだよなぁ」


 二歩、三歩と近づいていく。

 大股で歩いたからか吉良の眼前にまで辿り着くのに三秒もいらなかった。


「けどさ、俺は思うんだよ。どれだけ良い素材や調味料を使った高級料理よりもさ、生意気な相手を叩き潰した後に食う飯のが圧倒的にうまいじゃないかってな」


「ふっ、それはつまり……」


「ああ、受けてやるぜその決闘。俺勝った経験ってあんまり無いからよぉ、楽しみだわ勝利の美酒ってやつの味が」


 周囲の興奮が増していく。

 星導学園名物、決闘。その承認が今なされた。

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