戦いの常識

 決闘。

 それはこの学園を語る上で切っても切り離せないシステム。

 その名の通り互いのプライドと名誉をかけた魔法戦であり、学園が認可している公的な喧嘩だ。

 何の承認もないただの喧嘩には厳然とした態度で罰する学園側も決闘の二文字がつけば余程の場合を除いて関与しない。

 決闘に臨む者の行く末は、当人達に託されることになる。


「……で? 君達か初日に決闘なんてことを言い出した元気っ子共は」


「ふっ、ええ。高等部一年、魔導科A組の吉良エリトです」


「魔導製作科一年、産神アサヒだ」


「産神……? ああ君があの……」


 決闘宣言が行われ、その場にやってきた薄髭の生えた男教員が俺の顔をじっと見つめる。

 この学園で働く教員は皆ある程度のキャリアが伴っている者達ばかり。

 そうなると当然相応の人脈というものが存在し、業界内の噂というものは入ってくるのだろう。

 どうやら、俺のことも知っているようだった。


「…………別に決闘の承認をするのは構わないけどね。良いのか? 自分が受けるといった怪我をしても責任は取れないぞ?」


 教員は俺達の顔を交互に見てそう尋ねる。

 両方に念を押しているように見えるが実際は俺にだけ確認を取っているのだろう。


「問題ねぇよ。自分の面倒くらい自分で見れる。あんま心配されるのは逆に不愉快だぜ」


「ふっ、わからないのかい? 勇気と無謀は違うということを先生は仰ってくださっているんだよ」


「そりゃお前だろアホ面」


「……なにぃ?」


「ああはいはい! 君らの言うことはよくわかった。俺はただ意思を確認しただけだ。良いってことなら問題ないよ。……君ら初対面だろ? 仲悪すぎない?」


 そんなこと言われても喧嘩売ってきたのはコイツだ。

 いきなり下賎の輩なんて言われりゃ誰だって腹が立つ。

 

 にしても恐らくはこの学園での新学期初めての決闘。

 それがまさか俺のものになるとは思わなかった。しかもシチュエーション的には完全に典型的見下しエリートに絡まれる主人公じゃないか。


「面白そうなことになってきたな。けど本当に大丈夫か?」


「んだよグランキオ、お前俺が負けるとでも思ってんのか?」


「いやそういう訳じゃねぇが……。ただ言うだけのことはあるぜあの坊ちゃん」


「お前の魔力計測なんざ当てにならねぇ。黙ってそこで俺の勝利を眺めてろ」


「あいあい。期待してっぞクソガキ」


「期待してる言うならクソガキ呼び止めろや」


 口ではそう言うが存外悪くない会話だ。

 過度の緊張のない、いつも通りのやり取り。

 魔導戦の基礎もしっかり教わっている。


「んじゃ、さくっと潰して飯にするわ」


「おー」


 グランキオの奴は然程興味無さそうにしている。

 アイツもアイツであんまし俺のことを……いや、違う。

 ありゃ確信してるんだ。


 何をって?

 んなこと決まってる。


 アイツは十年間、俺の家族以上に俺の近くに居た奴だ。

 この場の誰よりも俺のことを理解している。


「ハッ!」


「ふぅ……何を笑っているのかな?」


「ああ? この後に何食おうかなって考えてるだけだ。……さっさと戦ろうぜ、腹減ってしょうがねぇ」


「ふっ、良いだろう。その傲慢かつ無根拠な過信、この僕が直々に打ち砕いてやろう!」


 俺と吉良が向かい合う。

 それを確認した教員が手に持った魔道具を起動した。

 エメラルドグリーンの障壁が十分なスペースを確保しつつ俺達を覆う。


闘技場コロッセオ展開完了。決着はどちらかの戦闘不能、もしくは降参まで。ただし流石にヤバいと判断した場合は止めるからな。それでは両者準備に入れ」


「ふっ、はぁ!」


 吉良は懐からステッキを取り出す。

 それは箸よりも少し長い程度の木製の棒。大体の魔導士が持っている、まさに王道の武器だ。


「良いなそれ、凄く良い……。そりゃセフィロトの枝から作ったもんだな?」


「ふっ、腐っても産神、素材を見る目はあるということか。まあ、それだけだけのようだけどね!」


「違げぇなぁ」


「なにぃ?」


「お前なんざそれだけで十分ってこった」


「ふっ、何だい、それは?」


 吉良は鼻で笑うが、その瞳は明らかにとある一点へと釘付けになっていた。

 周囲の奴等も同様であり、それらの視線の先にあるのは俺がケースから取り出した魔道具。


 その外見は巨大なアサルトライフル。

 銃の外見をした魔道具自体は少ないが存在している。

 だが俺が手にしているものはそれらの物とは大きく異なる。


 まずデカい。如何にも量産型という見た目ではなく、とことんまでカッコよさを追求したまさに専用武器というデザインに仕上がっている。

 中には沢山のギミックが仕込まれているため重くなっているが、これでも軽量化を頑張った方だ。

 ウィズが容赦なく没にしていった機能を全部詰め込んでしまえばそれこそ大砲以上の規格になってしまうだろうから仕方なくはあるが。


「コイツが気になるか? 俺は目立ちたがり屋だ、心配しなくても余すことなく見せてやるさ。まあ、お前がちゃんと立っていればだけどな?」


 俺は準備完了したとの意思を教員に伝える。


「両者準備完了。それでは決闘――――」


 さあ、始めようか。


「――――始め!」


 ドンドン!!


 重く響く重低音。

 それは銃口から弾丸が放たれた音だ。

 そして、爆発。


「グオオオオオ!?」


 盛大に粉塵が舞い上がり、次いで悲鳴が聞こえる。

 

「これは、鬼火ウィルオウィスプか……!?」


 おっ、耐えたか。

 まあ流石にこの程度で倒れられても興ざめだが。


「へえ知ってるのか。腐ってもエリートってか?」


「グッ、馬鹿にするな! 召霊術の存在くらい知っている……! だが、何だこの威力は……!? 身体強化は間に合ったんだぞ!?」


「まだまだ、コイツの攻撃性能はこんなもんじゃねぇ。鬼火ウィルオウィスプはただの弾丸に過ぎねぇんだからな!」


 言いながら俺は銃口を向ける。

 だがまだ撃たない。

 相手に防御の構えを取らせるのが先だ。ただ生身に当てるだけじゃあ威力の証明にはならない。


「ふっ! 舐めるな! 《その尊き輝きは万物を弾く盾となる》『宝石の壁』!」


 吉良の前面に透明な壁が出現する。

 太陽の陽を反射に輝いているその様子はまさにダイヤモンド、宝石だ。


「宝石の壁かぁ……。舐めてんのはお前だな?」


 呟き、発砲。

 今度は少しばかり大目に魔力を籠める。勿論銃の負担は最小限になるように調整している。


「ぐぎゃあああああ!?」


 バリンと派手に壊れる音と共に破片が宙を舞う。


 俺としては特に驚きもない結果だ。宝石の壁は宝石魔法の中の中級魔法。

 俺の魔力量なら破ることは造作も無い。


「生身で喰らってんだからその時点で学習しろよ。んな壁で防げるわけねぇだろ」


「馬鹿を言うな! 僕が使ったのは高純度の徹底して硬さに特化した宝石ダイヤモンドだぞ!? あんな最下級霊獣に壊されるほど脆くはない! ないはずなんだぁ!」


 この時点で流石にコイツも気づいたか。

 いや、もしかしたら最初に気がついていたのかもしれない。

 それでもああ喚いているのは、きっと認めたくないからだろう。


「お前がどう言おうが関係ねぇよ。それよりも早く次寄越せ。俺まだ撃つしかしてないんだけど」


「ぐっ、言われなくとも! 《その紅き輝きは焔となり、敵を焼き尽くす》『紅蓮の宝石』!」


 今度は炎を閉じ込めた宝石ルビーか。

 宝石魔法の特色はそれ単体で様々な属性魔法を繰り出せることにある。

 

 土属性の基本属性に加えて他の属性を上乗せできる多様ぶりが売りの宝石魔法。

 使いこなすには相応の技量と才能(後財力)が不可欠と言われるこの魔法を易々と攻略できればサモンツブッシャーの性能の証明としては十分な結果を得ることができる。

 まさに、初陣には絶好の相手という訳だ。

 

「悪くない魔法だ。けど――――」《SET》


 電子音が鳴り響く。

 それは詠唱というには余りに簡素かつ単純な言葉。

 ただの単語だ。だがこれで十分。


を相手にするにはちと弱い」《CALL:Kelpie》


 浮かび上がる魔法陣。

 その中から出現するのは透き通るような身体を持った馬の霊獣。

 迫る炎を認識したその馬は自身の身体を液状化させ、炎を掻き消した。


「んなぁ!?」


水棲馬ケルピー。湖の中に住んでて、子供を水中に引きずりこむこともある霊獣だ、取り扱いには注意しな?」


「馬鹿な、いつ呼び出した!?」


「ん? お前がルビー使った後だけど」


「馬鹿なことを言うな! 霊術を召霊するには相応の時間が必要だ! まず魔法陣を書いて、そこから慎重に魔力を流さなければならない!」


「知ってるに決まってんだろ。俺だって最初めっちゃ苦労したんだからな」


 驚愕の表情を浮かべて大声をあげる吉良の表情を見ていると痛快な気分になる。

 前世では何でこの手でイきるキャラには全く感情移入できなかったが、今ならわかる。

 馬鹿にしてきた相手を一方的に打ち負かすこの感覚、まさに気分爽快だ。


「確かにお前に言う通り召霊術ってのはかなり難易度が高い。繊細な操作、複雑な魔法陣。その難易度の高さ故に習得自体を考慮にいれない魔導士も多いと聞く。だがな、そこで俺は考えた 手間がかかるっていうのなら、かからなくしちまえば良いってな!」


「はぁ?」


「そのために生み出したのがそう! この『サモンカード』だ!」


 俺はケースから新たに一枚のカードを取り出し、指で挟んで見せつける。


「このサモンカードには各霊獣に対応した魔法陣が刻まれてる。コイツをこの銃にセットして、読み込ませると……」《SET》


 カードを銃の頭部にあるカードリーダーへ差し込み、トリガーを引く。

 そうすると刻まれた小さな魔法陣が巨大なものとして投影された。


「巨大な霊獣でも難なく呼び出せるって訳よ!」《CALL:Salamandile》


 電子音が再び鳴り響く。

 魔法陣の奥から唸り声が聞こえる。そして熱波を放ちながら、その霊獣が姿を現した。


「な、なぁ……? そ、そいつは……上級の……!?」


「おっ、知ってるか? 流石はエリート、勤勉じゃん?」


 まあ有名かもしれないがな、この『サラマンダイル』は。

 見た目を言葉で表現するなら燃え盛る、二足で歩く巨体の鰐といったところか。

 しかし当然それだけではない。


 炎の中を自在に泳ぎ、悪霊を燃やし尽くす聖なる炎の吐き出す極めて強力な霊獣。

 三年ほど前に図鑑で見た時から絶対に契約を取り付けたいと考えていた俺の自慢の一体だ。


 その見た目と攻撃方法も相まって、割と男の間では人気の高い霊獣かもしれない。


「こんな感じで霊獣を召喚しつつ、俺は中に装填された基本装備で戦う。それがこの『サモンツブッシャー』って訳よ!」

 

「さ、さもんつぶっしゃー?」


「最高にイカしたネーミングだろ?」


 吉良の奴はあんぐりと口を開けて硬直している。

 どうやら俺の凄さに驚愕しすぎて脳がフリーズしたようだ。

 

「さて、この俺の凄まじさっぷりがわかったところで……」


 俺は更に一枚カードを取り出す。

 今回のこれは色が違う。霊獣を呼び出すカードの色は白。

 しかしコイツに限っては赤だ。


 コイツも基本的な機能は同じだが、他と明確に異なる点が一つあるのだ。


 俺は銃の側方を開く。

 そこには鬼火ウィルオウィスプのカードが装填されたスロットが一つ。

 そしてその隣にもう一つスロットが存在している。


《SET》


 側方と閉じると待機音が鳴り響く。

 うん、やっぱりこれだけはつけておいて良かった。

 ウィズは絶対にいらない外せと言ってきたがこれだけは譲る訳にはいかない。


 変身音声があるならそれを完了させるまでの待機音は絶対に必要。

 戦いの常識だ。


 上空に魔法陣が出現する。

 周囲の視線が俺一人に集められ、気分は絶頂最高潮。

 口角を最大まで引き上げ、俺は高らかに叫んだ。


「霊装!」《Show・Ray! ヘェーイ!!》


 召喚時の淡々とした音声とは異なるハイテンションな声(CV俺)と共に上空の魔法陣が降りてくる。

 そして魔法陣が俺の身体を通り抜けた時には――――――。


《CHANGE:GO-STAR》


 顔を含めた全身が真っ赤なスーツに包まれていた。

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