第一章 入学! 星導学園

進級

「遂にこの日がやってきた――――」


 四月。それは始まりの季節。

 春。それは儚い季節。

 満面に咲き誇った桜の花が周囲に舞い、一堂に会するその者達を祝福している。


「――――物語の始まり。そして終わりの始まり」


 自然と口角が上がってしまう。

 それはきっと今俺が立っているシチュエーションが関係しているのだろう。


 俺が立っている場所。

 目の前の少し先に聳える大きな学園の、その手前。


 中等部から進学してきたエリート達、難関試験を突破し入学する資格を手にした編入生たち。

 その全ての背を見つめながら、一人呟く。

 最高にそれっぽく、また悪役らしいシチュエーション。


 始まりを予感させるこの瞬間の高揚感に勝るものが果たしてあるのだろうか。


「俺の名前が歴史に刻まれる始まりの日!」


 その一歩目は自然と踏み出されていた。

 

「――――なーにぶつくさ言ってんの?」


「うおおおお!?」


 踏み出した右足が地面につく直前、俺の背中を押す誰かが居た。

 そいつは悦っている俺を小馬鹿にするように鼻を鳴らす。


 ……何か一気に恥ずかしくなってきた。


「邪魔なんだけど」


「ああん? ……げっ、マノかよ」


「げっ、とはご挨拶だね。一応は幼馴染なのに」


「家の都合でしか会ってなかったろ。大した関係でもねぇ」


 確かにね、と少女は言う。


 彼女の名前は大宮マノ。

 産神とは古くから付き合いのある名家の長女であり、次期当主候補筆頭でもあるほどの天才だ。

 それもただの天才ではない。

 古くから力を持った大宮一族の歴代当主と比較しても、そのポテンシャルは凄まじいの一言だ。


 そして原作にて主人公に好意を寄せるヒロインでもある。

 そんなポジションを宛がわれたのだからその外見は本当に美しい。

 美人なのは当然として、若干15歳とは思えないほどのプロポーション。

 クリーム色の長髪と、その上に生えた犬のケモ耳。

 ガキの頃からほとんど身長が伸びていない俺に対し、コイツは既に男性の平均身長すら越している。


 完全に余談であり、俺も成長してから初めて気がついたのだが、この世界の女性は何か皆やたらと背が高いのだ。

 身体の成長具合は魔力の流れが密接に関わっているらしく、普段から良く魔法を行使している人間はそれだけ成長が大きくなるのだとか。

 そのため優れた魔導士の平均身長は百八十を優に越しているという。

 因みに俺は男子の平均身長よりもかなり下である。

 

 そんな俺のことを、マノは今まで歯牙にもかけてこなかった。こんな風に話をする体勢になることすら極稀だと言っても良いくらいに俺のこと無視し続けてきた女。

 要するにぶっ潰したい奴筆頭ということだ。


「君もここで過ごすつもりなんだ?」


「当然。俺はあの産神の長男だぜ? 日本一のエリート学校に通うことに何の不思議があるってんだ?」


「まあそうだね。確かにおかしくはない。中等部にいたころの君はそれなりに頑張っていたようだからね」


 え? 何コイツ、俺のこと見てたの?

 今まで話かけもしなかったどころか、偶に肩がぶつかった時にデッカイ舌打ちをしてたコイツが?

 もしかして意外に俺のこと気にかけてくれてたり?


「本当に、見ていて吐き気がしたよ」


 あ、そんなこと無いわ。

 これは俺のこと完全に見下してますわ。


 彼女の表情は笑っているが、その目は全く笑っていない。

 瞳の中にあるのは侮蔑と怒り。

 俺に陰口を叩いているモブ共が抱くそれよりも遥かに濃いものだ。


「言いたいことがあるならさっさと言ってくれ。んでとっとと失せろ」


 まあドストレートに言ってくるぶんまだマシな方なのだが。

 こういう輩は相手にしないのが一番だ。

 知識と技術を詰め込んだ今の俺は心の余裕が違う。


「……相変わらずの態度だね。そういうところが本当に気にいらない」


「知るかよ。態度でお前にとやかく言われたくねーし。もう俺は行くぞ」


「知っているかい?」


 何だよもう……。

 マノが俺の背中に強めの声をかけてくる。


「高等部からはランキング制度というものが導入されている。学年関係無く、校内での地位を決めるシステムだ」


「…………それが?」


「ランキング上位十名。私はすぐにそこに名を連ねることになる」


「へー、そりゃ凄い。頑張れよ」


「ランキングトップ10に入れば生徒には色々な特権が与えられる。……見込みのない生徒を退学させるなんて訳ないんだ」


 そう言い捨てた後、マノは俺の隣をすりぬけて去って行く。

 成程、本来であればこの時点の俺に心の余裕というのは無かった。

 そのせいかどうかは知らないが、少なくともある程度の原作との変化が生じているらしい。


 そしてそれは俺の退学の危機という特大のピンチを呼び込んだようだ。


「……ハハッ」


「…………何がおかしい?」


「いや悪い。おかしくて笑ってる訳じゃねぇよ。……上等だって思ってな」


「……何だって?」


 面白い。ああ、実に面白いとも。

 俺はマノのような。原作にて俺を侮蔑してきた全ての奴等を叩き潰すために力を求めた。

 そしてその力は既に完成している。


「良いぜ? かかってこいよワンちゃん。暇な時にいつでも遊び相手になってやる」


 俺は足早に歩き、そしてマノの隣で歩みを止めた。


「着替えは常備しとけよ? 泥まみれになっても良いようにな」


「…………はあ?」


 おお怖い。

 今までにないくらいの怒りを感じる。

 

 だがその怒りも、今や俺を昂ぶらせるための燃料でしかない。


 ああ、最っ高に楽しみだ。

 あの校舎の中には沢山のネームドキャラ達が居る。

 その全てを倒し、俺を見上げさせる。

 それこそが俺が求める景色。俺が求める未来だ。


「ハハハハハハハハハ!!」


 笑いが止まらない。

 さあ待ってろクソヒーロー共。


 俺が纏めて地べたを舐めさせてやる!!



▪▪▪


「何だ、今日は嫌に魔力の集まりが激しいな」


 とあるビル、その一室で男は呟いた。

 既に時刻は午前八時を回っているというのに随分暗い。

 遮光カーテンによって光が遮られているせいだろう。室内の光源は彼が起動しているPCによる僅かなもののみだ。

 

「……そうか、今日はあの学園の入学式だったか」


 カレンダーに書かれた日付を見て、男は納得したように頷く。


「大宮マノを筆頭に優秀な生徒が大勢……。今年の卵共は豊作らしい。一部には出来損ないも居るようだがな」


 ふと、男の持つ携帯通信魔道具が振動する。

 スリープを解除し画面を灯すと、そこには差出人不明のメールが届いている。

 通常なら目も暮れずにゴミ箱に入れて然るべきそれを見た男は、薄く笑った。


「既に運命の歯車は回り出しているようだな」


 携帯を放り投げた男は椅子から立ち上がり、遮光カーテンを開く。

 差し込む陽射しに顔を顰めながらも眼下に広がる景色をその視界に収める。


 視界には通勤や通学のためなのか、はたまた別の用事なのか。

 多数の人間や移動魔道具がまるで蟲の如く蠢いている。


「不快だ。卑怯にも我々の世界を掠め取っておきながら我が物顔で尊き大地に足をつける。貴様らの全ての言動、行動が不醜悪不可解極まりない」


 言葉には腹の中で沈殿、濃縮された怨嗟が溢れ出ている。

 瞳も纏う雰囲気も、徹頭徹尾が黒く濁りきったその中で、唯一表情だけは気味が悪いほどに綺麗な笑みを浮かべていた。


「あの御方の復活は近い。そのための人柱を確保するのが我々の使命…………」


 男は両手を開き、太陽に手を伸ばす。

 身を苛む真っ白な光をその手に収め、そして両手を閉じた。


 一瞬、世界が黒く染まった。


「人類よ。聖戦の日は刻一刻と近づいているぞ」


 男は嗤う。静かに、高らかに。

 

「だが、この世界はとうに狂ってしまっているようだがな?」

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