040:百鬼夜行④

 遥か空から見下ろすマカダミア平原の景色はこの世の終わりのようだった。


 死者が蘇り暴れまわすその様子は、まるで地獄絵図だ。


 それを見下ろす男は、その景色に異様な充足感を覚えた。

 

 これがオレだ。

 この戦場を支配しているのはオレだ。


 今、この場の全てがオレの思うがままなんだ。


 盗賊ギルド『黒犬シュバルツハウンド』の頭であるその男は、今や人間の姿を捨てさった煙のような体で空を漂っていた。


 感じたことのない万能感が魂を包んでいた。

 必ずや目的を達成できると確信している。


 目的はシンプルだ。


 男の兄を殺した獣人を捉え、この世のありとあらゆる苦しみを味合わせてやる事。

 生き物として、獣人として、女として、生まれた事を死ぬほど後悔させてやる事。


 そのために男はこの戦場に紛れ込んだ。


 姿を隠す大布と、獣人の動きを封じるという特殊な捕獲縄。

 どちらも闇のルートでしか手に入らない高額な魔道具だ。


 これが上手くいけば話は簡単だったのだが、その二つを使った奇襲はあえなく失敗に終わった。


 事前にボボタに偵察させていたおかげで見つかった獣人リルの弱点を突く別の手も用意してあった。

 弱点とは、どういうわけかリルに懐いているテリカと言う名の幼いダークエルフである。


 そいつを人質にとる保険の手も打ってあったのだが、それも失敗に終わった。


 まさか人間達が獣人を庇うとは思っていなかったからだ。

 敵対しているハズの魔族を庇うなど、そんな酔狂な人間に何度も遭遇するなど予想できるはずもない。


 その結果、男は切り札ジョーカーを切らされた。

 そうでもしないと部下であるテトとボボタもまとめて豚箱にぶち込まれていただろう。


 最悪の場合、全員がその場で殺される事もあり得た。


 それ・・を使ってしまえば男はもう人間には戻れない。

 魔術ギルドから忠告は受けていた。


 だが、その瞬間にはそれだけが最善の手だった。


 オレはもう終わりだ。

 だが復讐は必ず果たす。


 銀狼の姫を捉え、テトとボボタに渡して逃がす。


 後の復讐は二人に任せる。


 信用できる部下達だ。

 オレの代わりにギルドをバカでかくしてくれれば良い。


 男はそう判断し、躊躇なく魔道具を使う事を選んだのだった。


 禁断の魔道具百鬼夜行パンデモニウムを解放した瞬間から、男は魔道具そのものになっていた。


 まるで一心同体だ。

 男の魔力は魔道具の魔力であり、魔道具の能力は男の能力である。


 煙に包まれた戦場の全てが男に伝わってくる。


 百鬼夜行パンデモニウムの魔力は死体に残る魔力に伝染するように広がっていき、瞬く間に戦場全てを覆いつくした。


 人だろうと魔物だろうと、男の意思一つで死体は起き上がり、そして忠実な兵士となり果てる。


 兵士の目は男の目だ。

 リルの場所などすぐにわかった。


 なのに、邪魔者がいた。


 奇襲を邪魔した妙にカンの良いガキ。

 戦場だと言うのに常に幼い少女を背負っている頭のおかしい奴だった。


 頭はおかしいが、頭が切れる。


 すぐに死者達の狙いがリルだと見抜き、その防衛に専念する動きをし始めた。

 同時にオリビンが生き残りの兵士達を率いて隣町へ撤収するが、男にはそんな事はどうでも良かった。


 今更、少し死体を増やしたところで大した戦力にはならない。


 このまま数でガキを押しつぶしてしまった方が早い。

 男はそう判断した。


 だがそれにも邪魔が入った。

 どこからともなく現れたのは鬼の少女だ。


 百鬼夜行パンデモニウムの力で蘇った死者なのに、なぜか支配できない。

 

 妙な結界に阻まれて死者たちはリルへ到達できなくなった。


 だがその結界が長くは続かないことは分かる。

 戦場の魔力の気配は手に取るようにわかるのだ。


 押し潰せ。

 蹂躙しろ。


 男は持てる限りの魔力を解き放ち、死者の軍勢を結界へと向かわせた。


 結果が力を失くしていくのが分かる。

 勝利は目前だ。


 そして結界が収縮した。

 守る範囲をリルの付近だけに絞ったのだ。


 それはもう魔力が続かない事の何よりの証明だった。


 男は勝利を確信した。


 妙なガキが相変わらず人間離れした力で兵士を蹴散らすが、そんな事をしても無駄だった。


 体はただの入れ物にすぎない。

 入れ物が壊れても魔力は壊れず、何度でも詰め直せばいいだけだからだ。


 そのハズが、様子がおかしい。

 魔力が戻らない。


 された。


 良く見ればガキの背中に乗っている少女が増えている。

 あの鬼の少女だ。


 その鬼が何かしたに違いない。

 このままでは力が奪われる。


 やはり邪魔だ。

 このガキ共はオレの邪魔をする。


 殺すしかない。

 時間をかけてでも殺す。


 そのために男は力の使い方を変えた。


 このガキは強い。

 殺すには数じゃない、もっと強大な個の力が必要だ。


 百鬼夜行パンデモニウムの使い方は全て理解している。

 その力で何ができるのか分かっている。


(生みだせ……我が力の化身を……)


 男は戦場に充満している魔力を一点に集中させた。

 魔力を纏っていた死者のパーツたちも同時に寄せ集められていく。


 そう、アレを生み出せば良い。

 最初からそうすれば良かったんだ。


(えっ……?)


 一瞬、男はそれを理解できなかった。


 なんだ?

 今、オレは何をしようとしたんだ?


 同時に断片的な記憶が次々に頭の中に流れ込んできた。

 電流のような衝撃は激痛となって体を走り抜ける。


 それはいくつもの同じ景色だった。


 場所は違う。

 時代も違う。


 だが、景色は同じだ。

 どれもが紫色の炎に包まれて壊滅した世界の景色だった。


 これは……?

 これが、この魔道具の記憶だとでも言うのか?


 道具に意思がある。

 そんな事があるのだろうか。


 ただわかるのは、今この瞬間にとんでもない怪物が生まれようとしている事。


 これはオレの意思か、それとも魔道具の意思なのか?


 そんな事は男にとってどうでも良くなっていた。


 オレはオレの目的を果たすだけだ。


 兄貴の仇はオレがとる。

 それだけだ。


 そのためなら、世界の一つや二つ滅ぼしてやる。


 ドラゴン。

 魔族の最高位に君臨する圧倒的な存在。


 世界に数体しか確認されていないというが、その気になれば単体で世界を滅ぼす事ができるような規格外の怪物である。


 死者の体を借りて、その怪物が蘇る。

 ドラゴン・ゾンビ。


 男はドラゴンの体を手に入れたのだ。

 男の魂が圧倒的な万能感と優越感に震えた。


(おぉ、全て殺そう!)


 今なら、帝国の騎士共すら皆殺しに出来る。

 世界を滅ぼす事など造作もない。


 これがオレの力だ。


 竜となった男がゆっくりと口を開く。

 冷めた魔力が喉元に収束する感覚に魂がゾクゾクと震えた。


 未来が見える。

 まるで欠伸でもするかのような自分の行為一つで、目の前にあるマヌカ三国が跡形もなく消し飛ぶのだ。


 マヌカとその隣国はオリビンが兵を率いて向かった町だ。


 興が乗って来た。

 オリビンもオレの邪魔をしたゴミムシの一人だ。


 ついでに消すか。


 軽く息を吹きかけるように、ドラゴンとなった男が魔弾を放つ。

 人間の魔術師で例えるならば数百人分の魔力が凝縮したような超高密度の魔力の弾丸だ。


 それは圧倒的な速度をもって、ほとんどレーザービームのような残光を纏って町を目指す。


 古い記憶が蘇るように男の脳裏に湧き上がる。


 結果は知っている。

 自分自身の力を知っている。


 誰にも止められないその魔弾を、一人の男が粉砕した。


 受け止めたわけでもなければ、逸らしたわけでもない。

 いつの間にか回り込み、真っ向から破壊して見せたのだ。


 霧散して衝撃波を起こした魔力の先に見えたのは、二人の少女を背負う奇妙な子供の姿。


 このガキはやっぱり、邪魔だ。


 冷たい死者の体が、じわりと熱を持ち始める。

 ツギハギの体から溢れる紫煙が熱気と共に渦を巻いた。


 次はで撃つ。


 長い眠りから覚めたドラゴンは、最初の獲物をその眼の先に見据えた。

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【勇者Lvマイナス999】底辺を究めし俺、どうやら1周まわって最強無敵の存在らしいです~覚醒した真の勇者は仲間も世界もどっちも救うし、もちろんスローライフも満喫する~ ライキリト⚡ @raikirito

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