039:百鬼夜行③


「……というわけじゃ!」


 修羅場の結果、オサムはブルーを背負い、そしてドリーと手を繋いで立っていた。

 まるで休日の父親代わりに幼い妹二人の相手をする兄の図であるが、もちろん理由があっての事だ。


「オサムのサポートは私がする。あなたの入り込む余地はない。そもそもあなたは敵。信用できない」


「サポートできておらぬから我が助けに入ってやったのじゃろう? 結界の一つでも張ってみるが良い。できるものならのぅ?」


「ぐぬぬ……」


「クハハ!」


「……結界なんて無くてもオサムは強い。それに結界を一つ張った所で根本的な解決にはなっていない。相手が負傷者や町の人間を人質にとる可能性もある。結界の中で待つだけではだめ」


 それはオサムも考えていた事だった。

 結界を破れないと分かれば、結界を解かせるための策くらいは考えてくるハズだ。


「ほう? ならば結界だけではない我の力を見せようぞ。そしてどちらがオサムに相応しい女か教えてやろう!」


 口論の末のそんなブルーの言葉が始まりで、しかしそのおかげで話の本題に戻る事ができた。

 収束しかけた戦場をゾンビで埋め尽くした魔道具をどうやって止めるのか、その方法についての話だ。


 その結果、ブルーがオサムの背中に乗り込もうとして、接触を避けたドリーはオサムの背中からオサムの横へと移動した。


 そして今の姿である。

 オサムはブルーを背負い、ドリーと手を繋いでいる。


「我ら鬼の一族は戦いのスペシャリストじゃ。どんな敵が相手でも戦うし、そして勝つ。そのための力を代々培ってきた。その相手が例え、肉体を持たぬ死者であってものぅ」


「あのゾンビ兵達に有効な攻撃手段があるのか?」


「うむ! 鬼である我にかかれば、魔力を対霊仕様アンチ・ゴーストに変化させる事など造作もない事よ! オサム、お主の力を変化させる。お主はただ我の力を受け入れよ。後は今まで通りに戦うだけで良い」


 オサムの背中で平らな胸を張るブルーの言葉は自信に満ちていて、嘘を言っているようには聞こえなかった。


「ドレインデッド、お主もここに来ぬか。そのままではオサムが戦えぬじゃろう」


「……あなたに触れる気はない。オサムはこのままでも戦える」


「まったく、強情な娘よのぅ……よっと!」


 ブルーは何を思ったか、オサムの背から飛び降りると、ドリーの頬を両手で挟み込むようにガシッと掴んだ。


「ブルー!?」


「……っ!?」


 唐突なその行動に、オサムとドリーは言葉を失った。

 その行動の意味を分かっているのかいないのか、ブルーはそのままドリーの柔らかな頬をむにむにと弄びながら笑う。


「クハハ! よっぽど力を使うのが怖いようじゃな。代償を恐れておるのか? 例え相手が魔族だとしても、もう自分の力で誰かに死なれるのは嫌か?」


「あ、あなた……自分が何をしてるのかっ……あれ?」


 眼を見開いたドリーの表情が、別の困惑に代わっていく。


「力が……契約が……発動していない?」


「お主の事は知っておる。有名な魔道具だからのぅ。だが、その力は鬼には作用せん。我らは様々な魔道具とも戦ってきたからのぅ。一部の効果に耐性がついてしまっておるのじゃ」


「魔道具の効果に耐性……? そんな話、ヌシも知らない」


 ヌシは魔道具の収集を趣味としている。

 おかげで魔道具の効果にも詳しいハズなのだが、そのヌシからもそんな話は聞いた事がなかった。


「ヌシ? 誰か知らんが、当たり前じゃ。鬼の一族の秘伝ぞ? ここだけの秘密じゃ。同じ男を好きになった者としてのよしみでのぅ」


 最後の方の言葉はドリーの耳元でささやかれ、オサムには聞こえなかったが、ドリーの頬が赤らむ様子だけは見て取れた。


「わかったら来い! ほれ、一緒に戦うぞ!」


 後はもう完全にブルーのペースだった。


 ブルーに手を引かれて背中に戻って来た二人をオサムは背負う。

 少し動きにくくなるが、そんな弱音が吐けるわけもない。


 なにせ、ドリーが触れられる二人目の存在だ。

 仲良くなって欲しいに決まっていた。


「今回だけは力を貸す。あなたは敵だけど、オサムが望むなら」


 ドリーはまだ対抗意識を燃やしているようだが、ブルーはそれをカラカラと笑って受け流していた。

 案外、相性の良い二人なのかもしれない。


 オサムはそう思いながら、二人を背負う手に力を込めた。


「話はこの戦いを終わらせてからだよ!」


「そうじゃのぅ。オサム、結界はあの獣人娘達を守るための最小限の大きさに固定する。我々は外で戦うぞ」


「あぁ、頼む!」


「それでも結界は長くは持たんからな。一気に決めるぞ!」


「わかった! 行こう、ドリー!」


「……うん。任せて!」


 オサムは大地を蹴って結界の外へ飛び出した。


 ドリーの力をオサムが受け、そのオサムの力をブルーが変質させる。

 三位一体のように、力がつながる。


 ドリーと繋がっている時よりも、その一体感は落ちているとオサムは感じた。

 まだブルーとの繋がりが弱いためだろう。


 それでも、三つの力が混ざり合って変化していくのを感じて、オサムはどこかでワクワクしていた。


 結界を飛び出して、リル達を狙って殺到していた兵士の亡骸たちに軽く蹴りを入れていく。

 両手が塞がっているので、使えるのは足だけだ。


 だがそれだけで、その亡骸は力を失ったように動かぬ死体に戻っていった。


「すごい! 効いてる!」


「クハハ! 当然じゃ!」


 その事態に気づいたのか、兵士達がオサム達をめがけて襲い掛かって来た。

 オサム達を排除するべき敵だと認識したらしい。


「すごい数じゃのぅ。だが結界を増やす余裕はないぞ? オサム、しっかり守ってくれよのぅ!」


「もちろんだ!」


 戦いの中で開眼する全方位の目でもって、オサムは背中の二人には指一本触れされない。


 単体では脅威ではない。

 不死身でなければ、恐れる事もない。


 むしろ殺意などなくとも倒せるのだから、オサムにとっては好都合だ。

 敵が向こうから倒されに来てくれるなんて、むしろ楽なくらいである。


「クハハ、誰かを守るための戦いと言うのも悪くないのぅ。守ってもらうというのも、悪くない!」


「……敵だったくせに、急に心変わり?」


「クハハ! 手厳しいのぅ、ドレインデッド。だが我にも自分の気持ちが分からんのだ。ただ、オサムに負けて、多分、我は一度死んだ! だが幸運にもこうして蘇った! そしたら、世界が変わっていたんじゃ。我の意思は、鬼の一族としての意思に支配されていた。それに気が付く事ができた」


 オサムにはブルーの言っている意味が分かる気がした。


 言葉遣いも変わっているが、なによりもブルーのその雰囲気が違ったのだ。


 以前のブルーには、成熟された徹底的な戦いの美学のようなものが備わっていた。

 今はその気高さがより天真爛漫な子供のような心に置き換わっているように見える。


 見た目に相応の子供のように、まるで押し付けられていた戦いの美学から解き放たれたみたいに。


「きっとオサムが変えてくれたんじゃ。一族の意思に支配されていた事に気づきもしなかった我の世界を変えてくれた! だから我は我のために生きるぞ! 好きな人と好きな事をする! クハハ、なんとも楽しい世界じゃ! だから感謝するぞ、オサム。お主は我の恩人じゃ。我にこの本当の世界を教えてくれた」


 オサムには戦いに酔っていたブルーよりも、今のブルーの方が生き生きして見える。

 その変化が少し羨ましく思えるほどに。


 でも、まだこれからだ。

 鬼の少女はまだ本当の自分に目覚めたばかりだ。

 

「まだ早いさ。これからだよ、君の世界はもっと変わる。知らない事はもっとあるんだ。だからきっと、君の世界はもっと楽しくなる!」


 ブルーはその言葉に目を見開いた。

 鱗が落ちたような気分を初めて味わったのだ。


 驚きはすぐに喜びに代わった。


 死から目覚めた時、脳内で囁き続けていた戦いを求める言葉が消えて、見える世界が一変した。


 目覚めた時のその興奮は言葉にしようもない。


 ずっと戦いの果てに死ぬことしか考えていなかった。

 それを止めた時、今をどう生きるかを初めて考えた。


 楽しい事をすれば良いのだ。

 やりたい事を、望むままに。


 まさに生まれ変わったような気分だった。


 だから自分を変えた男に会いたいと思った。

 あってこの興奮を分かち合いたかった。


 その願いは簡単に叶って、なんとも言えない幸福感が鬼の少女を満たしていた。


 あぁ、これが生なのだと実感する。


 初めてだ。

 戦っても戦っても満たされたなかった心に充足感を感じたのは。


 もう死んでも良いかもしれないと思えるほどの幸福。

 だがこの男は、それすらもまだ始まりに過ぎないという。


 もっと楽しい事が待っているのだと、そう言うのだ。


 そしてそれを容易く信じている自分がいる。

 もう未来の事ばかりを考えてしまっている。


 この男は、こうも簡単に自分の世界を変えてしまう。

 それがなんとも愉快で仕方がない。


「無論、そうでなくてはな! オサム、我と共に生きよ! そのために、こんな戦いはすぐに終わらせるのじゃ!」


「あぁ、もちろんだ!」


「戦いは終わらせる。でもオサムは私と生きるから。あなたじゃないから」


 まだブルーと張り合っているドリーの声も、どこか楽しそうに聞こえた。

 戦いの最中だというのに、少し不謹慎だとは思う。


 でもオサムにもその気持ちが分かった。


 世界が変わったというブルーの気持ちに共感しているのだ。

 なぜならドリーも同じだからだ。


 オサムと言う異質な存在に出会い、人に触れる喜びを知った。

 そして外の世界に再び踏み出したのだ。


 ブルーに向けたオサムの言葉は、そのままドリーにも向けられたものだった。


(ドリー、君の世界もきっともっと楽しくなる。だからオレが、もっとその笑顔を増やして見せるよ)

 

 今のオサム達は三位一体である。

 故にその思考は互いに筒抜けだった。


 そのことに気づいてオサムは赤面した。

 もちろんドリーも同じだった。


「これ、心の中でいちゃつくな! 我もまぜんか!」


「部外者は黙ってて」


「我は未来のヨメであるぞ。部外者なワケがなかろぅ?」


「そんな事は決まってない。魔族は思い込みが激しくて困る」


「いや、我には分かる。オサムは我の魅力にメロメロじゃ」


「そんなことない。オサムの好みは私の方が理解している」


「いいや、我じゃ」


「私!」


「我!!」


「二人ともケンカは後でね! 今はこの戦いを終わらせよう!」


「うん。わかってる」


「クハハ! まぁ、手ごわい相手でもないからのぅ」


 確かに手ごわくはない。

 もはや戦いと言うより、数を減らすだけの作業だ。


 ゾンビ兵は対霊の力に触れればそれだけで元の死体に戻っていく。

 兵達の動き自体は無茶苦茶だが、だからと言って素早いわけでも力が強いわけでもないのだ。


 操り人形のようにたまに妙な動きはするが、最早それだけの敵だ。

 手ごわくなど……


「……なんだ?」


 ゾンビ兵達の動きが変わった。

 闇雲に襲い掛かって来ていた兵士達は一目散に平原の中央へと集まっていく。


「これは……」

 

 動く死体たちは竜巻のように捻じれては塊のように形を変えていき、そして一つの異形へと変わっていった。


 それはまるで死体で出来た巨大な不死の龍である。

 ドラゴンゾンビだ。


 不死の肉体を持ったドラゴンに姿を変えたのである。


「……うむ。少しだけ、手ごわいかも知れんのぅ」

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