024:ヘーンドランド防衛戦⑤

 カトウを勇者たらしめる能力スキル黒狼血コックローチ


 対象の血液によって生み出される黒狼は、狼に似たその姿だけでなく、狼に良く似た性質も併せ持つ。

 

 その一つが狩人としての嗅覚である。

 ただし、魔狼である黒狼がかぎ分けるのを得意とするのは純粋な匂いそのものではなく、敵のである。


 黒狼の鼻による魔力感知は、並みの魔力感知の専門家をも凌駕する精度を誇った。


 そして黒狼が得たその情報は、常に能力者であるカトウ本人にも反映される。


 そのおかげでカトウは、敵の魔力による物体操作や幻覚の類ならばその血に触れた瞬間にすぐに見破る事ができるし、ある程度は敵の種族や状態といった情報も把握できるのだった。


 黒狼血を発動した時、カトウは目の前にいる鬼の少女は決してハリボテなどではない魔物本体であると確信していた。

 そして死者の類でもない、間違いなく生きている魔物であると。


 ならば、必ず弱点となる箇所はある。


 腕が千切れようと、腹が抉れようとも、平然として元の状態に復元できるほどの驚異的な再生能力があったとしても。


 死者でないなら必ず殺す方法がある。


 カトウは知っていた。

 この世界で、その目で、その体でもって学んでいた。


 どんなに強い奴でも、のだと。


「死ね、バケモノ……!!」


 カトウの爪は狙い通りに少女の胸を貫いた。

 肋骨を砕き、筋線維の塊を破壊する確かな手応えがカトウの体を震わせる。


 ――ゴポン。


 と、少女の口から溢れる鮮血を浴びて、カトウは勝利を確信した。


「……実に、惜しいな」


 その確信を、少女の小さな笑みが打ち砕いた。


「狙いは悪くない。心臓、脳漿……オスなら金玉か?」


 ――ズズッ……。


 少女の腕は、再生していた。

 カトウの腕が貫通したままの胸の穴も、すでに塞がろうとしている。


「そんな分かりやすい弱点など、鬼は持たない。この服はお気に入りでな。あまり汚さないようにしていたつもりだったのだが……」


「なん……だと……!?」


「クハハ、もしかして心臓を庇っているようにでも見えたか?」


「このっ……バケモノめ……!!」


「貴様も似たようなものだろう」


 少女の爪がカトウの腕を払う。

 王狼憑依ポゼッションが解けかけたカトウの体は、それだけでいともたやすく切断されてしまう。

 

「ぐあああああああっ!?」


「もう終わりか? 違うよな? その悲鳴も演技なのだろう!? 戦略とは幾重にも張り巡らせるもの!! 戦いとは互いに奏で合うから美しい! 楽しませてくれ、我を、もっと!! 欺き、裏をかき、不意をうって見せよ!!」


 戦闘狂バトルジャンキーとも揶揄される鬼達の戦いの美学。

 その精神に酔いしれる狂気的な表情と共に振るわれる爪は、カトウの首を正確に捉えていた。


「カトウ!!」


 切断される直前、カトウの体がブレた。

 ほんのわずかに移動したのだ。

 少女の爪はカトウの体に届かず、ただ空を切る。


 カトウの姿はさらに消え、いつの間にかヤマモトの横に移動していた。


「ボサっとすんな!! マジで死ぬぞ!?」


「うっ、うぐぅぅ……で、でも、これ以上どうしたら……!!」


「バカ野郎!! 諦めたらそこで試合終了だろうが!!」


 カトウは明らかに戦意を喪失していた。


 切り札であるカトウの王狼憑依でも単純な戦闘能力で上回る事ができなかった上に、急所狙いの策も失敗に終わった。

 ヤマモトの強制歪接キョウセイワイセツは強力な能力だが、王狼憑依のような切り札はない。


 今の二人に、目の前の鬼を討つ手段は残されていなかった。


「ふぅ……その様子だと、本当に今のが最後の切り札だったようだな」


 カトウは敗北の恐怖に震え、ヤマモトは必死に思考を巡らせている。

 その姿に、少女は今度こそこの戦いの終焉を見た。


 楽しい時間は終わったのだと。


「人間にしては、楽しませてもらったか。うむ、楽しかった」


 少女の赤い瞳が、金色に染まる。

 それは鬼だけが持つ固有の魔術『鬼術』の発動を意味する光だ。


 少女の鬼術は『鬼火』。

 紫に燃える魔力の炎を操る鬼術。


 この戦いでは二度目の発動だった。


 この炎によってヤマモトは視界を奪われた。


 ヤマモトの能力の発動には対象の姿を眼で捉える必要がある。

 相手が見えなければ動かせない。


 それは強制歪接の弱点の一つだ。


 鬼の少女はそれを瞬時に見抜き、炎の壁を張り巡らせる事でヤマモトの視界を塞ぎ、能力を制御して見せた。


 そして同時にヤマモトは片目を失う傷を負った。


 だが、今回の鬼火はその時とは規模が違う。


 視界を塞ぐどころではない。

 巨大な火柱は少女の周囲で何本も吹き出した。


 その一本一本が竜の姿を模し、空を駆け、絡まりあう。

 そして、それは一つの巨大な球体になった。


 町を飲み込むほどの巨大な球体に。

 ヤマモトの視界に収まりきらないほどの巨大さに。


「我からの手向けだ。痛みも苦しみもなく……せめて、友と共に逝くが良い」


 それだけ言うと、少女はその結末には興味がないらしく、町に背を向けた。


 小さな太陽が落ちてくる。

 ヘーンドランドの町が鬼火に照らされて、紫色に染まっていた。


「クソが……! デカすぎんだろ……!!」


 真下にいるヤマモトから見ては、巨大な鬼火を完全に視界に収める事はできなかった。

 奥行きも想像ができない今の状態では、穴をあける事すらもできないだろう。


 戦いの傷は深く、逃げられるとも思えない。

 カトウの戦いを視線で追うのもやっとだったのだ。


 そのカトウも、もはや動ける状態ではない。


 このまま焼き尽くされて、自分は死ぬ。

 カトウと一緒に。


 ヤマモトは急に、死を実感した。


『お互いハミダシもんだからな。似た者同士、仲良くやろうや』


 その時、不意に思い出したのは学校の屋上で見た景色だった。

 カトウと出会い、初めてまともに話した日だ。


 その日は沈む夕日がやけに綺麗だった。


 入学してすぐの頃、真面目ぶったクラスメイト達も、周りに流されている自分も大嫌いだった。

 何もかもにイライラしてばかりだった時、些細な事でケンカした相手がカトウだった。


 カトウの境遇なんて知らなかったが、何となく似ている雰囲気を感じていた。

 そしてそれが妙にムカついた。


 いざケンカしてみると、カトウは強かった。

 中学時代には「凶犬」とかダサい二つ名で呼ばれていたらしい。


 ヤマモトはボコボコにされた。


 悔しかったので何度もケンカした。


 そして毎回ボコボコにされた。


 何日も続けていると、ある日、カトウが急に「ハラへった」なんて言い出した。

 ヤマモトはケンカするつもりだったのだが、何となく一緒にラーメンを食べた。


 美味しかった。

 食べた後にケンカするつもりだったが、そんな事はどうでも良くなっていた。


 それから、たまに昼飯を一緒に食べるようになった。

 だんだん一緒にいる時間が増えて、気が付けばいつも一緒だった。


 いつのまにか、イライラは消えていた。


 それも一つの運命だったのだろうか。


 二人が出会う事も。

 こうして、今、最後の時間を共にすることも。


「ったく、なんだよ。らしくねーよな。最後に考えるのが野郎の事なんてよ」


「……あ?」


 ヤマモトの視線は、カトウを捉えていた。

 その意図に、カトウも気が付いた。


「おい、待てよ……」


「あばよ、親友マブダチ


「ちょ、待てよ! ヤマモ――」


 そしてヘーンドランドの町は消滅した。

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